第44話 本来の力

「おいおい、マジかよ」


 ニックが顔をひくつかせながら腰に佩いた剣を抜く。

 ハイドも迎え撃とうとして、ふと思った。


「……ヘレネーさん。俺は前にも言いました。ヘレネーさんのスキルはすごいスキルだって。そのことを、ここで証明してみませんか」

「い、一体何を」

「本当はヘレネーさんだってわかっているはずです。ヘレネーさんは、【吸収】の本来の力を抑えているって」

「――ッ」


 ヘレネーが瞠目する。


(やっぱり、心当たりはあったみたいだ)


 ヘレネーの【吸収】は、本人が意識せずとも周囲のマナを吸い取る。

 ヘレネー自身がマナを消耗すれば、それを補うようにスキルはより周囲のマナを取り込む。


 では、それらを意識したなら・・・・・・


「ヘレネーさん。俺が隣にいます。何があっても俺がいます。だから何も恐れないでください。――あの三人に、俺のパーティメンバーはすごいんだってとこを見せつけてください」

「――――うん」


 意を決したように、ヘレネーは弓を構える。

 ハイドたちはその後方へ下がり、戦いを見守ることにした。


 その様を見て、アデラは鼻で笑い飛ばす。


「はっ、あんただけであたしたちに勝つつもり? 【精霊の導き】も持たない呪われ子のあんたが?」

「……確かに、私にはみんなみたいにマナの動きを読むことができない。……だから、弓も最初は上手くなかった」


 エルフの【精霊の導き】は周囲のマナの流れを感じ取れる。

 まるで大気の流れを可視化するかのように。


 ゆえに、エルフは種族規模で弓を好んだ。

 ただ視える光景のままに、矢を放つだけで標的を射抜けるのだから。


(でも、だからこそ――)


 ハイドもまた【全知神の目】でマナの流れを視る。

 徐々に、しかし確かに、周囲のマナがヘレネーへと流れ込んでいき――まるでブラックホールのようなマナの消失点が生まれていた。


「……っ、ヘレネー、あんたまさか……っ」


 異変に気づいた三人が慌てて弓を引き絞る。

 そうして、三人は矢を放った――だが、


「ちぃ――ッ」


【精霊の導き】で矢を放つことに慣れきったエルフは、【吸収】によってマナの乱れたこの空間で精密な射撃は行えない。

 三人の放った矢はヘレネーの横に逸れ、背後の地面に突き刺さる。


 そして。

【精霊の導き】を持たないヘレネーにとっては、この状況はいつもと何も変わらない。


 キリキリと弓が引き絞られる。

 ヒュンッと音を立てて放たれた矢は、ハイドが何度も見た美しい放物線を描き――アデラが手に持っている弓を弾き飛ばした。


「っぅ、いい気に、なるんじゃないわよっ!!」


 この距離での勝負に勝機を見いだせないと悟ったのか、アデラたちは懐から短刀を取り出して襲い来る。

 さしものニックも加勢しようと身を低くしたが、ハイドはそれを制した。


 迫り来る三人へ向けて、ヘレネーはゆっくりと手をかざす。


「――【吸収】」


 肉薄するかの距離で、ヘレネーがスキルを行使した。

 三人の勢いは見るからに衰え、精彩を欠いた短刀が空を切る。


「ヘレ、ネー、あんた、なま、いきな……ッ」


 そうして、アデラたちは力ない言葉を残してその場に倒れ込んだ。


「はぁ……っ、はぁっ、い、今の、私が……」


 街道に倒れ伏す三人を見下ろして、ヘレネーが譫言うわごとのように呟く。

 ほとんど無我夢中で戦っていたのだろう。

 極限状態を脱して荒くなった息を整えながら、彼女は振り返った。


「ヘレネーさん、流石です。やっぱりあなたは強いですよ」

「っ、ううん、ショウがいなかったらこんなことできなかった。……でも、そっか。私がアデラたちを倒したんだ」


 ぎゅっと握った手を眺め、噛み締めるように零す。

 そして、満面の笑顔を咲かせた。


「ショウ。私のスキル、すごかったでしょっ?」

「ええ、すごかったです」


 力強く頷き返す。


 そう。【吸収】の本来の性能を引き出せば、多くの冒険者は彼女に手も足も出ない。

 そのスキルで対象のマナを吸いきれば、マナの枯渇症状で卒倒する。


 弓を操る彼女の射程は中遠距離。

 そして今日、そこに【吸収】を用いた近距離も追加された。


 あるいはこの戦術は、モンスターにも有効かもしれない。

 もしそうなら、文字通り彼女は最強になれる。


「うっし、よぉ、ショウ。こいつら縛って連れてくぞ。こんだけの罪を重ねたんだ。冒険者資格の剥奪だけじゃすまねぇ。ギルドに突き出した後は監獄行きだろうよ。なに、証言は任せろ。――エール、もう一杯追加な」


 そう言って、ニックは懐から取り出した縄でアデラたちを縛っていく。

 ハイドもそれを手伝い、三人を抱えながら一行はセントリッツへ帰還した。





 ◆ ◆ ◆





「離せ! おいヘレネー! あんたこのあたしたちにこんなことしていいと思ってるのか! おい!!」


 夜更けのギルド会館に絶叫が轟く。

 ギルドカードを没収され、正式に冒険者資格が剥奪されたアデラたちは、駆けつけた衛兵によって連行されていた。

 正当防衛だのなんだとの叫んでいるが、ニックの証言がある以上、監獄行きは免れないだろう。


 ようやく静けさを取り戻したギルド会館で、受付嬢が《ねじれ森》の依頼を精算していた。


 ハイドとニックが受けた依頼は完遂認定。

 ヘレネーは第三階層の討伐依頼は未達成に終わったものの、事情を考慮してペナルティは免除された。


「じゃあな、お二人さん。俺は帰って寝ることにするぜ」


 依頼の報酬を受け取って、ニックはひらひらと手を振りながら帰って行く。

 彼の背中を見届けたハイドたちは、早速パーティ登録を行うことにした。


「《比翼の止まり木》はすでに解散していますので、別のパーティ名を考えていただく必要があります」


 受付嬢にそう言われ、ハイドたちは手続きを中断する。


「パーティ名、どうしましょうか。またヘレネーさんが考えてくれますか?」

「……うん、わかった」

「あ、そういえば」


 受付を離れながら、ハイドはふと思い出す。


「《比翼の止まり木》ってどういう意味だったんですか?」


 パーティ名が決まる際にヘレネーに訊ねても、なぜか頑なに教えてくれなかった。


 ハイドの問いに、ヘレネーはわずかに頬を赤らめる。


「それは、後で教えてあげる」

「後で?」

「話、あるんでしょ?」


 ヘレネーの碧眼にジッと見上げられて、ハイドはごくりと唾を飲み込む。

 話題が話題なだけに、ハイドは場所を移すことにした。

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