第6話 主従契約と展望
父と別れ、俺と奴隷は俺の部屋に向かうことになった。
俺の部屋は結構広い。奴隷12人を詰め込むくらいは簡単にできるくらいには広い。
そんな部屋に奴隷を連れて来た俺は、彼らを床に座らせて待機させる。
一方俺は彼らの前に椅子を置いてそこに座り、隣の机に2つの物を置いた。
1つは主従契約を結ぶための液体が入った皿。もう1つは筆だ。
父から借りた取扱説明書には、この液体に自分の血を混ぜ、それを対象に塗ることで奴隷と主従契約を結ぶことができるとあった。ちょうど人差し指にささくれがあったので、それを無理矢理むしって、そこから漏れて来た血を数滴液体に垂らす。
すると紫色だった液体がなぜか黄色くなり、うっすら煙を発し始めた。
成功、したんだよな……?
よし、とりあえず始めるとするか。
「こほん」
彼らは奴隷という立場。そして俺は貴族であり主人だ。
個人的には対等に扱ってあげたいけど、それはこの世界では異質な考え方である。
だからあえて上下関係をハッキリさせるような話し方でいこうと思う。
「さて、私はサーレ。知っているとは思うけど、ここブラニス家の長女よ。あなた達は今から私の物。これから契約を結ぶから、みんな右腕を出して」
俺が椅子に腰掛けながらそう言うと、床に正座する奴隷たちは右腕を力なく突き出した。
男6人女6人の若い男女計12人、みんなそろって痩せ細った腕をしている。
その様子に少し心を痛めつつ、これがこの世界の現実なのだと己に言い聞かせる。
「じゃあ、始めるわ」
俺は筆を取り、先ほど出来上がった黄色い液体に毛先を浸してから彼らの右手の甲に模様を描いていく。
取扱説明書によれば、契約紋は3種類あるらしい。複雑になればなるほど契約力が高まるらしいが、そこまで強力な契約にはしたくないし、描くのも大変そうだから1番簡単に描けるやつを俺は選んだ。
「くっ…」
「え、痛いの?」
「い、いえ、これくらいなら…」
俺が1人目に契約紋を描いていると、途中で彼が痛がりだした。だが、俺にはどうすることもできない。
本人も我慢できると言っているし、ここは我慢してもらうしかないな。
早く描き上げるからちょっと耐えててね…!
「————よし、終わり」
やがて俺は12人分の契約紋を書き終えた。
彼らの右手の甲には薄い黄色の契約紋がタトゥーのように刻み込まれている。
俺は再び椅子に座り、彼らの顔を見渡す。
皆んな痛みに耐えていたせいで顔が汗ばんでいる。だが、それ以上に全員痩せこけていて頬骨が出ているのがやはり目についた。
せっかく俺の奴隷を手に入れたんだ。彼らには長らく健康に働いてもらわねば。
これは、できる限り早く栄養不足を解決しないとだな。
「さて、全員契約を結べたわね。これがある限りあなた達は私に逆らえない。逆らえば自動で魔法が発動して、あなた達を苦しめることになるわ。分かっているかしら?」
そう尋ねると、みんな一斉に頭を縦に大きく振り出した。
え、そんなに身に染みてるの…?
「…分かっているならいいわ。じゃあ、今後の話をするわね。まず最初に、使用人に空き部屋を掃除させているから掃除が終わり次第そちらに住み移りなさい。2部屋、男女6人ずつよ。狭いかもしれないけどそれで我慢して。今後の働き次第ではもっと別の住処を与えてあげてもいいかもね。そして、今日はそこで1日休むこと。明日からは働いてもらうから、今日は体力を回復させて。後でご飯も持って行かせるわ。分かった?」
俺は一通り言い終える。だが、誰1人として頷くことも返事することもない。
みんな目を丸くして俺のことを見つめてくるばかりだ。
「分かったか聞いているんだけど…?」
やはり、返事はない。
茫然自失というか、奴隷たちの頭の上には5個くらいハテナマークが浮かんでいそうだ。
……ああ、そういうことか。
ここに来てようやく彼らの言いたいことが分かった。
「…どうしてそこまでしてくれるのか、って顔ね。理由は単純。あなた達は私の道具。私は道具は大切にする主義なのよ。確かに使い捨ての物を使い潰していくのも1つのやり方だろうけど、私は長持ちする物をしばらく使っていく方が良いと思っているわ。だからあなた達にはしっかり働いてもらうべく元気になってもらいたいわけ。これで分かった?」
「…はい、サーレ様。そのお優しいお気持ちに全力で応えさせていただきたいと存じます」
奴隷たちの中で一番年長そうな男が代表して答えた。俺は小さく頷いた。
40歳くらいかな?目に光が宿っていないが、その表情からは少しの安堵を感じ取ることが出来る。そして少しの疑いの色も。
まあ、気持ちは分かるよ。けど、信じてくれとしか言いようがないな。
「じゃあ、そういうことだからこの後は移動よ。支度…といっても何も持つものはないか。じゃあ心構えだけ準備しておいて。私は使用人に掃除が終わったか確認してくるから」
そう言い置き、俺は自室を出て行った。
* * * *
サーレの部屋に残された12人の奴隷たち。
生まれも育ちもバラバラな彼らだが、あの場所で辛い思いをしてきた経験は皆同じだ。だから、自分たちがあの貴族の娘の物になると知った時は殆どの者が落胆した。
落胆せずにむしろ喜んだ数人は、サーレとラルフの話し合いを盗み聞きしていた者たちだ。彼らはサーレがラルフのために献身的に動いていたことを知っている。だからサーレの元に自分たちが送り出されることを知り、心から安堵していた。
特に女性は「あの部屋に行かなくて済むのか」と心の底から安心し、こっそり涙を流していたほどだ。
そんな彼ら12人の中、先ほど代表してサーレに答えた男が仲間の方を振り返って語った。
「君たち、彼女のことはどう思う?」
訝しむようなその言い方に、サーレの行動を見てきた若い女奴隷が反論した。
「あの子、いや、あの方は慈悲深く聡明なお方よ。あなたの気持ちも分かるけど、私はあの方を心の底から信頼して良いと思うわ」
「しかし、あまりにも話がうますぎるとは思わないか?それに、あの男の娘だぞ。ああ言っておきながら、裏では恐ろしい計画を立てているかもしれないぞ」
「そうかもね。だけど、少なくとも今は何もされていないじゃない。なら、とりあえずは信じてみましょうよ」
「うーん……」
男奴隷は腕を組んで唸る。
その間に女奴隷は他の奴隷たちを見回した。
「みんなはどう思う?」
「僕も彼女のことは信頼して良いと思うな」
「わたしも、信じて良いと、思います」
「微妙だな。だけど、俺はあいつを信じたいな。あんなちびっ子が打算を基に行動してたら世も末だぜ」
「打算を基に行動してるからこそ、僕たちは彼女の物にされてるんじゃないんですかね…」
「むむ、確かに」
「まあ、全体的にはみんな信じたいと思っているのかな。ほら、やっぱり信じるべきじゃない?」
「ふむ、ならば俺も信じてみるとするか。もっとも、信じなかったところで何かに反抗出来るわけでもないんだしな」
「そうそう。せっかく優しくしてくれてるんだから、その恩恵に与っておくのが1番よ」
「そうかもな」
2人の会話はそれで終わり、ちょうどその数秒後にサーレが戻ってきた。
サーレは部屋の扉を開け、そこに立つ1人の女の使用人を皆に紹介した。
「はーい注目。ここにいるのはビビアン。これからしばらくあなた達の面倒を見てくれることになったから、ビビアンに言われたことは私に言われたことだと思って従ってね」
「「「はい」」」
「よろしい。じゃあビビアン、後はよろしく」
「かしこまりました、お嬢様。ではお前たち、私について来なさい」
ビビアンは冷たい視線で奴隷たちを一瞥し、そのまま部屋の外に出て行った。
奴隷たちも急いで彼女の背中を追ってサーレの部屋を出て行く。
そして1人残されたサーレは、ベッドに寝転がって大きなため息をついた。
* * * *
「はぁ〜」
さてさて、中々難しくなってきたな。
奴隷達との契約はしっかり完了したから問題なしだ。問題なのは仕様人たちの奴隷に対する感情だ。
うちの使用人は基本的にプライドが高い。
だから奴隷が自分たちが働く空間に存在しているだけでも結構嫌がっている感じなのだ。
一方、父はそこら辺は気にしていない。
奴隷という存在を本気で人間だと思っていないからだ。
ほとんどの人間が蚊は嫌いだと思うが、蚊と同じ空気を吸うことでさえ耐えられないというレベルで蚊を嫌っている人間は稀だろう。父からすれば奴隷は蚊と同じようなものなのだ。
だが、使用人はそのように割り切れていない。彼らはこの家でいろいろな仕事をしている。つまり、誰かの下で働いているのだ。
その点、突き詰めていけば奴隷もそれは同じで、主人と契約を結んで半強制的に働かされる奴隷と、雇われて働く使用人にはそれほど大きな差はない。
だからこそ、使用人たちは部分的にとは言え自分たちと共通するものを持っている奴隷を必要以上に意識してしまうのだ。
ビビアンに奴隷たちの世話するように頼むのも一苦労だった。彼女にそれを約束させるに当たって、俺は1つ彼女と約束することになったんだ…。
こんな時に「命令です。やらなければクビです」とでも言えれば良いんだろうけど、下手に関係を悪くしたくないし、俺が折れることで解決した。
「あーあーあー」
なんか、疲れたな。
俺はベッドでゴロゴロ転がりながら最後に考えなければいけないことを考える。
今後の方針についてだ。
父親には「畑で奴隷を働かせる」と説明したから、当面はその方針でいく。
彼らに農作業をさせ、その先にはその経験を生かしてこの領地の収穫量減少問題を解決できたらいいな、とか思っている。
じゃあ、その後は?
それが解決したらどうする?
奴隷は用無しになったら捨てるのか?
「うーん…」
…………!
ひらめいた!
この世界の奴隷に対する価値観をひっくり返すような、そんな大きなことを成し遂げたい。それこそ、俺がこの世界に転生した意味な気がする。
人権の普及、とでも言うべきか、啓蒙活動とでも言うべきか、そんなことをしてこの世界をより良いものにしてみたいな。
その為には、奴隷の立場を高めるために、奴隷を利用した画期的な何かを生み出す必要があるか…。
ふむ、奴隷を利用する画期的な何か、か…。
奴隷の利用価値はやはり経済活動の面にあ
るから、俺は奴隷を駆使して市場経済を牛耳るような存在になることを目指そう。
うん、結構面白そうな気がする。
「よし、決めた。俺は市場経済を支配するカッケェ女になる!」
異世界奴隷売買少女 〜少女に転生したので異世界で奴隷メイド屋はじめようと思います〜 餅わらび @hide435432
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