第3話 奴隷との対話
俺はこの世界で奴隷というものを何度か見かけている。
それは俺が前世でイメージしていた奴隷の像とほとんど同じだったが、実際に目にしてみるとインパクトが違った。
奴隷はヒトではなくモノである。奴隷は売買できる。奴隷の生殺与奪の権は持ち主に全て握られている。
この世界の奴隷の立場というのはこんなところだ。
実際、俺が街中で見たことのある奴隷もボロボロの布切れを着たみすぼらしい姿で、肉付きは悪く今にも死にそうな、そんな風貌だった。
そして今俺の目の前にいる奴隷たちもそんな見た目をしている。
「一体どこから…」
分からないことはいっぱいある。
だから今は少しでも情報を知りたい。
「……」
俺は牢屋の中を覗きながらぽつりぽつりと部屋を進んでいく。
俺が歩く道の左右は全部牢獄だ。一定間隔で壁に区切られた牢屋の中には奴隷が入っていたり入っていなかったりとバラバラだが、みんな死にそうな雰囲気を発しているのは同じだ。
できれば元気そうな人から話を聞きたい。
そう思いながら道を進んで行くと、やがて1人の奴隷が目に止まった。
他の奴隷に比べて大きな体をした、まだ目に生気が宿っている彼は俺の姿を一目見ると一目散に鉄格子に駆け寄ってきて俺に助けを求めた。
「なっ! じ、嬢ちゃん!! どうか俺を、いや、俺たちを助けてくれ!!!」
「ひっ!」
俺はあまりの勢いに変な声をあげてしまった。
その声を聞いて我に返ったらしい彼は、コホンと咳払いしてから再び話し出す。
「わ、悪かったな、驚かせちまってよ。だけど、俺たちも生き延びたくて必死なんだ」
「そう言われても状況が分からないんですけど…?」
「そ、そうだよな! すまねぇ、やっぱり焦っちまってるな、俺は。いやいや、ここに嬢ちゃんみたいな人間が入ってくるのは珍しくてよ、つい興奮しちまったんだ」
「はあ…」
セリフからして、ここに普段来るのは怖い人だったりするのかな?
なら、俺みたいに可憐な少女が突然やってきて驚いちゃうのも分かる。
そもそも10歳の少女に助けを求めるというのも不思議な話だが、それだけ追い詰められているということだろう。
藁にもすがる思いってやつだ。
でも、良かったな兄ちゃん。
俺は藁よりもう少し頑丈だぜ。木の枝くらいはあるだろう。
「ふう〜〜。よし、大丈夫だ」
彼は深呼吸してから落ち着いた様子で話し始める。
俺も彼と同じようにその場に座って話を聞くことにした。
石の床は流石に冷たいな。
まあ、しばらく座っていれば慣れるか。
…おっと、スカートの中が見えちゃうな。
俺はあぐらをかきつつ下着が見えないように左手でスカートの裾を抑える。
一方右手では炎の玉を光源として維持している。
「まず嬢ちゃん、君は何者だ?」
「私はサーレ。ここの家の長女です」
「やっぱりか…。俺はラルフだ。んで、サーレちゃんよ、魔法が使えるならそれなりに賢いはずだよな。俺らがどんな存在かは分かるだろ?」
「…奴隷、ですか?」
「その通りだ。俺たちは奴隷としてこの屋敷に連れてこられたんだ」
「…つまり父がラルフさんたちを買ったと?」
「流石、賢いな。そーゆーことだ」
「そんな…」
まさか俺の家でそんなことが行われているとは…。
今まで平和に暮らしてきた裏でこんなことが起きていたと考えると衝撃が大きい。
だが、動揺する俺に構わずラルフさんは続ける。
「見てくれサーレちゃん」
ラルフさんは牢屋の隅の方を指差した。
今まで暗くて気づかなかったが、目を凝らして見てみると3人の奴隷が隅に固まってうずくまっているのが分かった。
「あそこにいるのは俺の家族だ。両親と妹だ。俺は体が強くてまだ元気だけどよ、あいつらはそこまで強くないから見ての通り虫の息だ。だからサーレちゃん、どうか俺たちを助けてくれないか?」
「そう言われても…」
「サーレちゃんはあの貴族の娘なんだろ!?
頭もキレるみたいだし、何とか俺たちを救って欲しいんだ…!!」
「うーん……」
俺は頭悩ませながら周りの牢屋にも目を向けてみる。
俺たちの会話を聞いていたのだろう、多くの奴隷が力なく鉄格子を握り、俺に救いを求める目を向けている。
助けたい気持ちは勿論ある。
俺の立場を利用すればなんとかできるかもしれない。
だけど、そもそもこの部屋は鍵がされていたような部屋だ。
もし俺が父さんに「あそこにいる奴隷を助けてあげて!」とか言おうものなら、それは俺がこの部屋に勝手に入ったことを自白するのと同じだ。
もしかしたら俺が大変な目に遭ってしまうかもしれない。
そう考えると迂闊な行動はできない。
だけど、ここで彼らに馬鹿正直に「無理です。助けられません」というのも可哀想だ。
「………」
「サーレちゃん! 頼むっ…!!」
俺は数十秒悩んだ末、1つの答えを絞り出す。
「…分かりました。やれるだけのことはやってみます」
「本当か!? ありがとう! ありがとうサーレちゃん!!!」
結局、出た言葉は無難なものだ。だけどこの言葉は嘘じゃない。
身の安全を確保しつつ出来るだけのことはやってみようと思う。
それに、この言葉でラルフさんは泣いて喜んでくれている。これで彼らに少しでも希望を与えることができたのなら、これから彼らがここで過ごす時間も少しは精神的にマシなものになるだろう。
「じゃあ私はそろそろ行きますね。今ここに来れたのもたまたま扉が開いてたからで、誰かに見つかったらまずいことになりそうですし」
「そうだったのか。なら急いでここを出た方がいいな。ありがとうサーレちゃん。期待して待ってるよ」
「…はい。では、私はこれで」
俺はそう言って立ち上がると、足早に入り口の扉へと向かう。
「『期待してる』か…」
なかなか重い言葉だが、俺は彼の気持ちに答えるべく何とかしてみようと決意した。
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