第2話 謎の部屋
鏡の前に立つ1人の美少女。長く艶のある金髪をサラサラたなびかせ、白いワンピースのスカートをふわりと揺らす。
透き通った蒼い瞳。もちっとした頬。
この世の可愛いを詰め込んだ少女がそこに立っている。
そう。俺だ。
自分の可愛さに惚れ惚れし終えた俺は、天蓋付きのベッドに仰向けに寝転がる。
…もう10年か。
流石に10年も暮らしていると、この世界のことも色々と分かってくる。。
せっかくだし一度整理し直してみよう。
この世界には5つの大陸があって、そのうちの1つ、アリシオン大陸に俺は住んでいる。
ここは温暖な気候で、5大陸で1番人口が多い大陸だ。
そんなアリシオン大陸には、スフィア王国、アーレン王国の2つの王国があり、俺の家はアーレン王国の貴族だった。同時に、地方の田舎にも領地を持っている領主でもある。
俺たちが今住んでいるのもその田舎にある屋敷だ。
そんな金持ちの家に産まれた俺は裕福な暮らしをさせてもらってきた。
一般的な家庭では滅多に肉なんて食べれないらしいが、俺の家では2日に1回は肉が出る。
そうそう、この世界にも牛や豚などの動物がいるのだ。
…もっとも、火を吹いたり空を飛んだりする個体が生まれることもあるらしいが。
そんな風に貴族として悠々と暮らしてきた訳だが、決して退屈な日々ではなかった。
ゲームも漫画もアニメもないこの世界で、オタクな俺は何を楽しみに生きていけばいいんだと最初は思ったけど、そんな心配はなかった。
なぜなら、この世界には魔法があるからだ。
この世界の生命体は魔力と呼ばれるエネルギーを体に宿していて、それを体外に放出することで魔法を使うことが出来る。
当たり前だが、前世でそんな経験をしたことがなかった俺は、最初はその原理を理解するのに時間を要した。
だけど、魔力運用をずっと練習した結果、初級魔法だけは何とか使えるようになったのだ。
魔力に意識を向けると体が少し熱くなって、意識が鮮明になる。そんな少し不思議な感覚も新鮮で楽しかったし、魔法の練習するのは全然苦じゃなかった。
「
俺は天井に右手を掲げ、詠唱する。
すると、手の先に直径10センチ程の小さな水の塊が生まれた。
打ち出す意識を向けなければ、フヨフヨ空中に留まらせることだって出来る。
こんな風に、今では簡単に魔法が使えるになった。
ま、使えるのは数種類しかないんだけどね。
俺が開いた右手をギュッと握りしめると、水の塊も圧縮されて霧散する。
ちょうどその時、部屋の扉が叩かれた。
扉の向こうから聞こえてくるのは使用人の声だ。
「お嬢様、夕食のお時間でございます」
「はーい」
俺は軽く返事をして、食堂に向かうべく自室を後にした。
* *
シャンデリア輝く食堂の長い机には、今までに見たこともないほど豪華な食事が並んでいた。
大きな牛のステーキに、トマトを煮込んだスープ。バスケットにはいろんな種類のパンが詰められ、野菜がふんだんに使われたサラダもある。
それらを、父ヴィーレンが椅子に座りながら満足気に眺めている。
その対面には母サーシャが座っていた。
2人は俺が部屋に入ったことに気がつくと笑顔で手招きする。
「おお、来たかサーレ! ささ、早くおいで」
「ふふふ。あなたは今日の主役なんだから」
「はーい」
俺は言われるがままに誕生日席に座った。
なぜって?
今日は10歳の誕生日だからだよ!
キリのいい数字だし、だからこそみんな張り切って料理の準備をしてくれたのだろう。
気持ちがこもっているのを感じで嬉しいね。
俺は誕生日席からみんなを見渡す。
手前左右には父と母がいて、その奥に屋敷の使用人10人が左右に5人ずつ座っている。
いつもなら使用人は俺たちと別々にご飯を食べるけど、今日はみんなで食べるのだ。
誰が言い出したのかは知らないが、せっかくの祝いの席だ。みんなでワイワイ出来た方がいいに決まっている。
…まあ、使用人ズは若干緊張しているようにも見えるけども。
そんな彼らに構わず、父親が酒の入ったグラスを持って乾杯の音頭を取る。
「よし、サーレも来たことだ。誕生日会を始めるとしよう。知っての通り、我が愛娘は今日で10歳になる。サーレの健やかな成長を願ってカンパーイ!」
「「カンパーイ!!」」
緊張していた使用人たちも一緒にグラスを掲げて乾杯してくれた。
俺も水の入ったグラスを掲げ、声高々に一緒に乾杯する。
酒はあるのにジュースはないんだよなぁこの世界。
まあ、いっか。とりあえず、この優しい時間を楽しむとしよう。
* *
「ゲプッ…。もう飲めないよサーレ…」
「はぁ。父さん飲み過ぎだよ…」
小一時間ほど経って誕生日会は終わった。
机は空になった皿と酒の瓶で散らかり、大人たちは悉く机に突っ伏して寝ている。
まったく、誕生日会なのに主役を放って寝てしまうとは何事かね?
まあいいよ。
だって俺、精神年齢17歳だもん。
この世界の基準で言えば15歳で成人だから、俺、大人だもん。
ってことで大人な俺は大人しく自分の部屋に戻って読書でもしようと思う。
さっき父親から誕生日プレゼントに貰った薬草に関する本を読むんだ。
きっといつか役に立つに違いない。
…10歳の娘にこんなものをプレゼントする父親のセンスもどうかしていると思うけど、大人である俺からすれば嬉しい代物だ。
俺はみんなを起こさないように静かに扉を閉めて食堂を出る。
そして廊下を進み、突き当たりを右に曲がって階段を登ろうとした時だった。
「…ん?」
一瞬違和感があった。
このT字路の形をした廊下は、右に曲がれば階段が、左に曲がれば少し先に扉がある。
その扉はいつも閉まっていて、開けようとしても鍵が掛かっていて開けられない。
そんな扉が、一瞬、開いているような気がしたのだ。
俺は急いで階段を降りる。
そして視線の先の扉に目をやれば、確かにその扉は開いていた。
「まじかよっ!?」
おっと、女の子らしからぬ素の反応が出てしまった。
だけど、この10年間ずっと気になっていた扉が開いているんだ。その事実に興奮しないはずがなかった。
こりゃあ神様がくれた誕生日プレゼントかもしれないなぁ、なんて考えながら扉のもとに小走りで向かう。
チラッと扉の中を覗き込むと、中は真っ暗で何見えなかった。
微かに冷たい空気を感じる。
「…暗いな。
俺は手元に小さな炎を発現させ、手のひらの少し上にフワフワ浮かせる。
蝋燭の代わりを準備した俺はその炎で視界を確保しながら暗い扉の中へと足を踏み入れた。
そして、驚愕する。
「………え?」
窓一つない石造りの冷たい部屋は、まるで牢獄だった。
否。
事実、それは牢獄だった。
部屋は大きく、まだ視界の奥に壁は見えない。
そして、奥まで続く長い道の左右には天井から鉄格子が伸びていて、その中に人がいる。
ボロ布1枚だけを身につけた、今にも死にそうな人間が何人もその牢獄の中に閉じ込められている。
彼ら?彼女ら?
性別もわからないほど痩せこけたそれらは、俺のことを力無い瞳でただ見つめてくる。
その目は死にゆく者の目をしていた。
「もしかして……」
俺は、こんな存在を数年前に街で目にしたことがある。
だから、瞬間的に理解できてしまった。
俺の家には、奴隷の牢獄があった。
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