第4話 街で
誕生日会の翌日の朝。
俺は起きてから長い金髪と似合う薄黄色のワンピースに着替え、父親の部屋に向かう。
2階の自室から1階に降りて父の部屋に着き、部屋の扉をノックする。
「父さん〜」
「サーレか。入りなさい」
扉の向こうから眠たそうな声が返ってくる。
まだ寝てるのかな?
そう思いながら扉を開けてみれば、そこには部屋の中央に置かれた長机のもとに座る父の姿があった。
片肘をつきながら書類をペラペラめくっている。
「どうしたんだい、サーレ?」
「これから街に買い物に行こうと思うの。行ってもいい?」
「ああ、構わんが…どうしていきなり?」
「それは内緒」
「そうかそうか。では使用人を連れて行きなさい」
「はーい」
父は俺のことを溺愛している。
だから外に行く時は必ず報告してから行かないといけないし、更に誰かしら付き添いを連れて行かないと外出を許可してくれない。
父は仕事で忙しいし母もいろいろとあるみたいで、大抵の場合は使用人の誰かがついてくる。
俺は父の部屋を出て、廊下で窓を拭いていた使用人の1人に声をかける。
「シュバルツ、これから街に行こうと思うの。着いてきてくれる?」
「かしこまりました、お嬢様。すぐに準備致します」
「ありがとう」
シュバルツはイケメン高身長男子だ。
確か今年24歳になるんだったか。
スラッとした長い脚にオールバックの茶髪。
モテそうな雰囲気をいつも漂わせている。
そんな彼はすぐに掃除をやめ、支度をするべく部屋に戻った。
そして玄関で数分待っていれば、バスケットを持ったシュバルツが小走りで戻ってきた。服装は給仕服のままだ。
「私服じゃなくていいの?」
「はい。お嬢様の付き添いも仕事ですから」
「なるほど」
キリッとした笑顔でそう言われてしまえば返す言葉もない。もっともな意見だ。
「じゃあ、行きましょう」
「かしこまりました」
準備ができた俺たちは早速玄関を出た。
それにしても、俺も女子っぽい喋り方というか、お嬢様っぽい話し方というか、そういうのにも慣れてきた気がする。
伊達に10年もこの体で生きてきてないからな。
ちなみに、まだこの体には女の子特有のアレが来ていない。前世の知識ではそろそろ来てもいい頃合いのはずだし、正直ワクワクしている。
まあ、胸もほとんど無いし下の毛も全く生えてないから、もう少し先かもしれないけどな。
そんなことをぼんやり考えながら俺はシュバルツと街に続く草原の道を歩いて行く。
俺の家は目的の街から30分ほど歩いた所にあるが、どうしてそんなに離れているのか以前父に質問したことがある。
曰く、「反乱が起きたら大変だから少しでも人がいる所から離れたい」とのこと。
反乱を怖がるなんて可愛らしいところがあるじゃないかと最初は思ったけど、領主というのはそんな心構えでいるくらいの方が良いのかもしれない。まあ、そのせいでうちの使用人は住み込みで働くことになってるんだけどね。その方が出勤の時間を短縮できるし、部屋も余っているからだ。
「ところでお嬢様、どうして朝から街に?」
無言が耐えられないとばかりにシュバルツが尋ねてくる。
俺は彼の前を歩きながら答えた。
「リンゴが欲しいの」
「リンゴですか…?」
「そう、リンゴ」
「リンゴなら屋敷にもあると思うんですけど…」
「そうね。だけど、私は新鮮なやつが食べたいの。ウチにあるのは買って数日経ったやつでしょ?」
「なるほど…」
うーん、と不思議がるシュバルツを尻目に、俺はどんどん街の方に進んでいく。
そうしてしばらく歩いていれば、やがて街の入り口が見えてくる。
外壁に囲まれた街に入るための大門だ。
そうそう、この世界には魔物と呼ばれる危険な生物がいるらしい。俺は一度も見たことがないけど、そんな奴らからの被害を抑えるための外壁だ。
大門の所に辿り着くと門番に一度止められるが、シュバルツが通行手形を見せるとすんなり街に入ることができた。
「お〜、相変わらず賑わってるわね」
街の商店街は朝だというのに大変賑わっている。いや、朝だからこそかもしれないな。
大きな一本道に立ち並ぶ出店はどの店にも立ち見をしている客がいる。行き交う人々の表情も明るく、その喧騒がむしろ心地良いような、活力に満ち溢れた空間だ。
しかし、晴々とした空と同じように明るい雰囲気に包まれているこの場所も、見方を変えればまた違うものが見えてくる。
「お嬢様、青果店はあちらです」
シュバルツは俺と手を繋いで案内してくれる。体の小さい俺が人混みに攫われないようにしようとするシュバルツの姿勢は素晴らしいな。
そう思いつつ、俺は歩きながら道の隅から隅まで視線を飛ばす。そうすれば気付けるというものだ、奴隷の存在に。
行き交う人々は誰1人として目を向けることはないが、この商店街には一定数の奴隷の姿が確かにある。
うずくまりながら店の入り口を掃除していたり、大荷物を持たされていたり、暗い路地裏で倒れていたり……。
結局、この街には明るい面もあれば暗い面もあるのだ。
「お嬢様、どうされたので?」
「何でもないわ。それより、もう青果店が見えてきたわ」
俺は澄まし顔で言葉を返し、道沿いに出店を構えるおっちゃんに挨拶した。
「こんにちは」
何事も挨拶が基本だ。ただの買い物でも挨拶すればお互いに気分がいい。
…と思ったのに、当のおっちゃんは顔面蒼白でプルプル震え始めた。
「こっ、これは領主様の御息女ではありませんか!?」
「え、私を知っているの?」
「その胸元のエムブレム、ブラニス家の家紋を見れば分かりますとも!ど、どうしてあなた様がこのような見窄らしい店に?」
「そんな風に卑下する必要はないですよ。私はただリンゴを買いに来ただけです」
「そ、そうでしたか…」
そういえば、俺は分かりやすい位置に家紋の刻まれた白いエムブレムを着けている。今のこの瞬間まで誰からも気づかれなかったけど、分かる人には分かるらしい。
分かるどころか、このおっちゃんはビビり散らしているけどな。
いくら領主の娘とはいえそんなに怖がる必要はないと思うんだけど…。
よし!ここは一つ、天使のような笑顔で頼んでみるとしよう!
「じゃあ、おいしいリンゴを5つ選んでもらえるかしら?」
「ひいっ!! は、はいっ!! 今すぐに!!」
あ、逆効果だったかぁ……。
おっちゃん、さらに震え始めちゃったよ…。
紙袋にリンゴを詰める腕がブルンブルンに震えている。
それでも彼はシュバルツの持つバスケットにリンゴの入った紙袋を入れ、シュバルツから代金の銅貨3枚を受け取った。
「あ、ありがとうございましたっ!!」
長居してもおっちゃんに悪そうだったので、用事を済ませた俺たちは足早にその場を去った。
そしてその帰り道、街を出て再び草原の道を歩く俺は後ろに続くシュバルツに訊いてみた。
「ねえシュバルツ、どうしてさっきの店主は私に怯えていたの?」
「あー、どうしてですかねぇ…」
シュバルツは斜め上の空を見上げながら後頭部をポリポリ掻き、ばつの悪そうな感じで答える。
「…急に偉い人が来たからびっくりしただけじゃないですかね?」
「それにしては狼狽えすぎだったわ。きっと何かあるはず…」
「……あるとしたら、それはきっとお嬢様にはまだ分からないことですよ」
お、やっぱり何かあるんじゃ〜ん。
シュバルツは俺のことを「お嬢様は賢いですね」とか以前言っていた。いや、俺の身の回りの人はみんな俺のことを〝年齢の割に頭が良い子〟程度にしか思っていない。
だけど、実際はみんなが思っている以上に俺は賢い。
前世じゃ進学校と言われる高校に通っていたし、その知性をそのままこの体に引き継いでいるのだから。
だから、これだけ状況証拠が揃えば何か事情があることくらい分かる。
これは思ってた以上に難しい問題かもな…。
「…どうかしました?」
「いや、別に」
「そうですか」
シュバルツは俺の変化に敏感だ。少しでも俺が考え事をしているとすぐに察知してくる。良く言えば頼り甲斐があるが、悪く言えば鬱陶しくもある。主人が考え事をしていたら黙って邪魔にならないように努めるのが従者の仕事だろうに…。まあ、今後に期待だな。
もっとも、俺が大きくなるまで彼が俺の家で働いているかは分からないが。
「もうすぐ屋敷ですよ」
「そうね」
しばらく歩いていれば視界の奥に屋敷の屋根が見えてくる。
さて、ここからが本番だ。気を張っていこう!!
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