三年前の夏の日でした。今でも日付は覚えていますよ、七月の二十九日。朝から随分と蒸し暑い、嫌な日でした。

 カナは大学への入学をきっかけに、N県にアパートを借りて、一人暮らしをはじめたんです。なにしろ、実家から大学まではとても通学できる距離じゃなかったから。でも、国立大に行きたいって、本人の希望を優先して送り出しました。

 頭の良い子だったんです。おまけに明るくて、なんでもよく気遣いのできる子でした。大学でもすぐ友達が出来たみたいで、それなりに楽しい学生生活だったんじゃないかな。友達同士で遊びに行ったりすると、写真を送ってくれたりしてました。

 ただ、やっぱり、若い女の子の一人暮らしでしょう。親も心配するから、何ヶ月かに一回、仕事が休みの日に、私が様子を見に行ってたんです。親の作った料理とか持って行ったりして。カナにとっても、口うるさい親が来るよりは、私が行ったほうがいいだろうと思ってました。姉妹仲は結構良かったと思います。メッセージでのやりとりもよくしていましたし。

 おかしいな、って思ったのは、前日のことです。いつもみたいに、明日、様子を見に行くからよろしくねってメッセージを送ったのに、一向に既読がつかなくて……でも、そのときはたいしたことないなって思ってたんです。一週間ぐらい前に、訪問する日を約束したときは、普通に返事があったから。夜だったし寝てるのかなとか、いつものことだしきっと大丈夫だろうって、そう思ったんです。

 でも、次の日の朝になってもまだ未読のままで……さすがに少し変だなと思いました。それから電話をかけたんだけど、それも出なかった。私は、予定より早く家を出て、すぐに妹のアパートに向かいました。電車が遅いと感じたのは、あのときが初めてだったなあ。車内で何度も何度も、メールやメッセージを送っていましたが、未だに未読のままです。

 駅に着いてからも何回も電話をかけたけど、なしのつぶて……あの日、駅で聞いたうるさい蝉の声がまだ耳にこびりついてるんです。

 それから、タクシーを使ってアパートについたんですけど……郵便受けに広告がたまっているのを見て、心臓が止まりそうでした。そのときは、ひょっとして部屋で倒れてるんじゃないかと思いました。もしものときの合鍵がありましたから、それでドアを開けて、慌てて中に入ったら――もぬけの殻。親に連絡して、すぐ大学に電話してもらったんです。

 返事があるまで、部屋の中を見て回りました。いつも通り綺麗でしたよ。よく、刑事ドラマで争った形跡はない……って台詞がありますけど、本当にその通り荒れてる様子はまるで無くて……もう少し待てば、カナが帰ってくるんじゃないかと思ったくらい。ただ妙に静かで……落ち着かなかった。

 それからすぐ、親から電話があって、ここ最近は大学にも出席していないことがわかりました。それから、すぐに警察に電話をして……それから、いろんなことがありました。警察の人が来て、色々話をしました。すぐに失踪届を書いて……警察も必死に捜索してくれたんですが……結局、なにも掴めずに今に至ります。

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