第2話 SMのM


「ああ、もうダメです。止めてください」

 手で振り払いたいのをこらえて僕が言う。


 気持ちよく射精させてもらっておいて、振り払うのは失礼だと思ったのだ。


 彼女の手がやっと止まった。


 僕の精液をたっぷり吸ったティッシュを、彼女は開いて見ている。


「精液も特に異常なさそうですね。中折れすることもなかったし、まったく正常みたいですよ。よかったですね」

 まったく正常と言われては、僕が嘘を言ったみたいじゃないか。

 こんな風になることを期待して……。そう思われるのは嫌だ。


「いや、でも、嘘じゃないですよ。嫁さんとするときは……」


「ということは、マンネリ気味で刺激が足りなかったってことですよ。今はすごく興奮したでしょ。めったにないことだと思って」


「そうですね。確かに」


「奥さんから、こんな風にされたことはないんですか?」


「いえ、無いですね。嫁さんとはごく普通に抱き合うだけだし」


「でも、女性の方からされることに興奮すると。真田さんって、少しMの気があるかもしれないですね」

 Мというのは、SMのМだろうか。僕が聞くと、


「そうです。誰でもどちらかの、あるいわ両方の素質を持ってるものですよ。真田さんはMの方でしょうね」

 言われてみれば、そうなのかなと思ってしまう。


「手足を縛られてみたいとか、思ったことないですか?」

 またも、突っ込んだ質問だ。

 しかし、ここまで来たら行くとこまで行ってやれと思った。


「たまに、そんな風にされること考えて自分でシコッたことならあります」


「じゃあ、ちょっとやってみましょう」

 彼女は立ち上がると、いったん奥の部屋に消えた。


 すぐに戻ってきた彼女の手には、カラフルなベルトが何本か握られていた。

 ジーンズとか履く用の腰のベルトだった。

 

 一度射精して気だるい状態で、これ以上エッチなことはしたくなくなっていた。

 だから、拒否したい気持ちの方が大きかったけど、妙に積極的な彼女に、僕は押し切られてしまう。


 ソファーの上ではやりにくいとのことで、和室の方に場所を移した。

 狭い六畳の和室には、本棚と小さな衣装ダンスが置いてあるだけだった。


 言われるままに、僕はその畳の部屋で、バスタオルを敷いた上に横になった。

 和室の壁に掛けてある時計を見ると、すでにこの部屋を訪問してから一時間が過ぎていた。


「では、縛ってみますね。まず、両手を万歳してみてください」

 僕は仰向けのまま両手をあげる。彼女は僕の手首をひとまとめにしてベルトで縛る。


「汚れたりしたらまずいから、もう脱いじゃいましょうね」

 膝まで下げていた僕のジャージと下着を、彼女はまとめて脱がしてしまう。


 そのあと、両足首も同じようにひとまとめに縛られてしまった。

 こうなってしまうと、抵抗したくてもできない。まったく無防備の状態だ。


 そう思うほどに、僕の股間は、さっき放出したにもかかわらず元気になってしまう。

 屈辱的な状況なのに、それを興奮の材料にしてしまう、自分自身の感覚に不信感を持ってしまうのだ。


 僕は、最初からこういう性癖だったのだろうか。

 着衣の女性の前で、自分だけ裸にされて手足を縛られている。

 恥ずかしい気持ちはもちろんあるけど、羞恥心が大きいほど、何とも言えない甘美なものも感じてしまう。


 抵抗したくても全く動けない。相手のしたいように、されるがままの状態。


 この状況に、僕の心臓はドキドキし始め、どこまでも興奮が高まっていく。

 息も荒くなり、なんだか気分がうっとりしてしまう。


 そして、彼女は僕の足をぐいっと引き寄せた。

 身体が丸まる。ついには、僕の手首と足首を一つのベルトで縛り、僕は両手両足を一つにまとめられた格好で固定されてしまった。 


「どんな感じですか?痛いところはないですか?」

 見下ろす彼女に、僕は大丈夫ですとひと言答える。


 しかし、こんなことをする彼女の目的は何だろう。

 どうしてここまで熱心なんだろうか。


 そんな疑問を持ちながらも、僕の股間の物はぐんぐん硬度を増していく。


「やっぱり、M気質が高そうですね。すっかり元気ですよ」

 横にしゃがんだ彼女の手が、笑いながらその屹立した物を握って、軽くさすってくる。


「ついでに、前立腺の検査もしてみましょう」

 彼女の指が僕の肛門をつるんと触った。


「え?いや、それは」

 さすがにそれはないだろ、遠慮しますという僕に、前立腺の心配してたんでしょ、彼女はそう言いながらキッチンの方に行った。


 キッチンから何を取ってくるんだろう。キッチンという言葉から、包丁とかフォークみたいな連想が働いて不安になってくる。


 今、僕は全く抵抗できないのだ。



 彼女が実はサイコパスの殺人鬼で、僕はクモの糸につかまった哀れな子猫、みたいな想像もわいてきてしまう。


 わきの下に冷や汗を感じるころ、彼女が戻ってきた。 


 幸い包丁は持っていなかった。

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