階下の女王様

放射朗

第1話 出会い

 

 近くの弁当屋さんで唐揚げ弁当を買って、僕はマンションのロックを外し、エントランスに入った。


 夏のきつい日差しから、やっと逃げられて少しホッとした。


 その時、左側で人の気配がした。宅配ボックスのところだ。

 見ると、女性が一人、宅配ボックスから重そうな荷物を取り出そうとしている。


 その女性は、僕の部屋の階下に住んでいる、確か吉田という名前の人だ。

 年のころは僕と同じか少し上、たぶん30代半ばというところだろう。


 看護師をしていると言っていた。仕事帰りだろうか。

 ということは、夜勤明けかな?


「重そうですね。持ちましょうか?」つい声をかけてしまった。

 それが、僕の道を踏み外すきっかけになろうとは、もちろん知る由もないことだった。


「いいんですか、助かります」

 吉田さんはにこやかに僕にそう言った。


 特に美人ってわけではないけど、朗らかな感じに好感が持てる人だ。


 じゃあ、代わりにこれお願いしますと言って弁当の包みを渡す。

 そして、僕は宅配ボックスの中の荷物を取り出した。


 大きさと重さから推定すると、たぶん350㏄の缶ビール一箱というところだろう。

 お中元の、のし紙が張り付けてあった。


 二人でエレベーターに乗り込む。彼女が八階と九階のボタンを押してくれた。

 僕の部屋が903、彼女の部屋は803だ。


「いつも自転車通勤がんがばってますね。偉いですね」

 彼女が話しかけてきた。


 時々、朝の通勤の時に、エレベーターで一緒になることがあった。


 ロードバイクは部屋置きしてるから、自転車と共に乗り込んでいる僕に、いやな顔することもなく接してくれる人だった。


 いやあ、別に、などと返事をしていると、八階についた。

 じゃあ、と言って荷物を交換しようと彼女がしたけど、僕はそのままエレベーターを下りることにした。


 部屋まで持ちますよ、と言って。

 僕の後ろで、僕を乗せないままのエレベーターのドアが閉まった。

 

 玄関ドアを彼女が開くと、僕は一足だけ中に入り、一段高くなった廊下に荷物を下した。

 そこで自分の荷物を受け取って帰るつもりだったけど、彼女はそうさせてくれなかった。


「せっかくだから、お茶でもどうぞ」

 彼女が僕のためにスリッパを出してくれた。


 とはいえ、女性一人住まいに男が上がりこむのは気が引ける。


 そう言って辞退しようとするも、まったく知らない仲でもないんだから大丈夫ですよ、彼女に引かれて、僕は部屋に上がらせてもらう。


「これ、お弁当ですよね。今からお昼ですか?どうせなら、ここで食べていかれませんか?それとも、上で奥さんが待ってるのかな?でも、これ一人分ですよね」

 なんか見透かされてる。


 僕は在宅勤務だけど、嫁さんは通常勤務なのだ。


「私もこれからお昼だから」

 僕をリビングに通すと、麦茶をいっぱい出してくれて、彼女はレトルトカレーを電子レンジで温めた。

 僕も唐揚げ弁当を開いて、一緒にいただきますをする。


「そうだ。この後、車で出かけたりされますか?」

 そう聞かれた僕は首を振った。


「いえ、もう今日の分の仕事はすんだし、後は家でのんびりしてますよ」


「だったら、いいですよね。私も飲みたいし」

 彼女はひょいと立ち上がって、冷蔵庫から冷えた缶ビールを二本持ってきた。


 とりとめのない話をしながらランチタイムが終わる。

 缶ビールのアルコールも手伝って、だいぶん打ち解けてきた。


「看護師さんでしたよね。病院は、どちらなんですか?」

 僕が聞くと、彼女は僕も知っている近くの泌尿器科の割と大きな病院の名前を教えてくれた。


 僕の表情で何か感じたのだろうか、今度は彼女が聞いてくる。


「何か気になることでもあるんですか?泌尿器科関連で」

 実は少し気になることもあったのだけど、ここで持ち出すべきか迷った。

 今ここで下ネタはさすがにないだろう。


「自転車よく乗られてますからね、ひょっとして……」

 彼女が促すように言う。まあいいか、気まずくなっても、二度とこういう機会もないだろうし。


「先日、ネットで気になる記事読んだんですよ。ロードバイクの細いサドルにあんまり乗ってると前立腺によくないって」

 前立腺は、男性だけにある臓器で、膀胱の下あたりに尿道をとり巻くように位置している。


 ちょうど会陰部になるわけで、自転車のサドルであんまり圧迫されるとよくないらしいのだ。


 前立腺は泌尿器科の領域になる。


「そうですね。前立腺肥大の原因になるようなこと、私も聞いたことはありますけど、何か、そういう症状でもあるんですか?」

 下ネタ大丈夫かなという僕の心配をよそに、彼女は屈託なく答えてくれた。


「症状というと?」


「おしっこの出が悪いとか、残尿感があるとか、あるいは一時間に何度もおしっこに行ってしまうとか」


「それは、ないと思います」


「じゃあ、勃起がしにくいとかかな?」

 流石というのかな。勃起なんて言葉が普通に出てくるのは医療従事者ならではなのか?


「あ、失礼しました。でも、別に恥ずかしいことじゃないですよ。男の人にとっては一番重要な事と言ってもいいくらいだし」


 こうなったら恥ずかしいなんて思ってられない。こんな機会めったにあることじゃないんだし、向こうが積極的に聞いてくれてるんだから、男がしり込みしてどうする。


 なんか妙な意地が出てしまった。


「そうですね、実は最近嫁さんと、夜のアレするとき、一応立つんですけど、途中で柔らかくなったりすることがあって」

 思い切って言ってみた。


「なるほど、中折れ気味というやつですか。ちょっと診てみましょうか」

 彼女は先に立ってダイニングテーブルから、リビングのローソファに場所を移した。

 いや、でもまさか。こんな展開って、ありえないだろ。


「じゃあ、ここに座って、脱いでみてください」

 あっけらかんと彼女が言う。


「ここで、出すんですか?」思わず聞き返してしまう。


「そうですよ。出さないと診れないじゃないですか」

 わかりました、僕はそう言って、ジャージと下着を膝まで下げた。


 ビールの酔いもあって、なんだか夢の中の出来事みたいに思えてきた。

 ローソファーに座って下半身さらす僕に、彼女は覆いかぶさるようにして手を伸ばしてきた。


 彼女の手が、僕のペニスに触る。


「大きさは普通サイズですね。でも、勃起してみないとわからないか」

 彼女の掌が僕の亀頭をゆるゆると刺激し始める。


 すぐに僕のものは大きくなる。ぐんぐん血液が集まって、フル勃起状態だ。


「なかなかですね。大きさも硬さも、年齢相応だと思いますよ。じゃあ、ゆっくり刺激しますね。行きそうになったら行ってもいいですよ。ティッシュ用意しましたからね」

 テーブルの上のティッシュの箱を手元に寄せて彼女は言う。


 僕の興奮はいつものセックスの何倍だろう。こんな風に女性から一方的に刺激されるのは初めての経験だった。普通のセックスよりもずっと興奮してしまう。



「ああ、行きそうです。もうすぐ……」

 僕が言うと、彼女は手の動きをぐっと早めてきた。一気にフィニッシュさせようと思っているのだ。


 僕は無抵抗にその刺激に呼応してしまう。頭の中で火花が散って、腰がぐんと痙攣するように動いた。


 尿道をひと固まりになった精液が、二度、三度と通り抜ける。 

 自分が水鉄砲にでもなった気がした。

 あ、ああ。自然に声が漏れてしまう。

 それと同時に、亀頭のくすぐったさが尋常じゃなくなってくる。


 彼女の手がまだ止まらないのだ。腰が引ける。逃げたくなってくる。


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