第17話:「ゼヴォルスの正体」

 ガルドたちは、ゼヴォルスの崩れ去る姿を見届けた。激しい戦いの末、ようやく邪悪な気配が消え去り、森には静けさが戻った。だが、そこに漂う感覚は、ただの終わりではなく、何か新しいものが芽生えたようだった。


「……本当に終わったのか?」


 ガルドは深い息をつきながら、剣を収めた。戦いが終わったことを実感しながらも、何か違和感を感じていた。倒したはずのゼヴォルスの気配が、まだどこかに残っているかのような感覚だ。


「ガルド、あれを見て!」


 エリシアが指差す方に目をやると、そこにはゼヴォルスが消え去ったはずの場所に、淡い光が漂っていた。黒い霧は完全に消え、代わりに柔らかな緑色の光が漏れ出していた。


「これは……?」


 ガルドはその光に近づき、慎重に手を伸ばした。すると、光の中から小さな生き物が現れた。かつての威圧感あるゼヴォルスの姿はどこにもなく、かわいらしい、まるで精霊のような小さな存在がそこにいた。


「……ゼヴォルス?」


 ガルドが驚きの声を上げると、その小さな生き物はニヤリと笑みを浮かべた。


「ふん、そう呼ぶのはもうやめてくれ……私は本来、精霊の一種だった。だが、闇の力に取り込まれ、あの姿となってしまっただけだ。精霊の力で打ち倒されたことで、本来の姿を取り戻したのだ」


 ゼヴォルス――いや、本来の姿であるその精霊、セリアンティスは、体を小さく揺らしながら言葉を続けた。


「お前たちのおかげで、私は元に戻った。だが、今は力が弱まっている……。とりあえず、これからしばらくはお前たちに同行させてもらうとしよう。私を大事にすることだな、ふふふ」


 ガルドは少し困惑しながらも、そのかわいらしい姿に肩の力が抜けた。


「……まあ、悪い感じはしないな。これからは俺たちの仲間として、よろしく頼むよ」


 その瞬間、空気が和らぎ、仲間たちも笑顔を浮かべた。シェリアも「まさかこんなことになるなんて」と苦笑しながらも、仇であるゼヴォルスと精霊のゼヴォルスは別物だと理解を示す。



 ゼヴォルスとの激しい戦いが終わり、ガルドたちは森の最深部からララシルの村へと戻る準備を整えていた。ゼヴォルスが精霊としての本来の姿を取り戻し、今は小さな姿でガルドの肩に乗っている。


「……ふん、こんな姿に戻るとはな……まあ、悪くはないが」


 ゼヴォルスは少し照れくさそうに呟いた。かつての闇の魔王としての威圧感は消え、今では愛嬌すら感じさせるほどの姿になっている。


「ともかく、まずはララシルに戻って、このことを報告しよう。ゼヴォルス……いや、セリアンティスが精霊として戻ったことは重要なことだ」


 ガルドはゼヴォルスを軽く撫でながら、仲間たちと共に森を抜け、エルフの村へと向かう道を歩き始めた。


 エルフの村、ララシルは、古代の木々と豊かな自然に囲まれた静かな場所だ。村の入口には見張りのエルフたちが立ち、ガルドたちが戻ってくるのを出迎えた。


「お帰りなさい、エリシア様。そしてガルド様、ご無事で何よりです」


 見張り役のエルフが深々と頭を下げ、ガルドたちを村の中心へと案内する。村の中心には、エリシアの父であり、エルフの長老であるシルヴィオが待っていた。


「戻ったか、エリシア。そしてガルド、よくぞ無事に……」


 シルヴィオは静かに言葉を紡ぎ、ガルドたちを出迎えた。その瞳には深い感謝と安堵の色が浮かんでいる。彼は長らくこの森と世界樹を守ってきたが、ゼヴォルスの闇が去ったことで、村全体に平和が戻りつつある。


「ゼヴォルス……いや、本来の名はセリアンティスか。精霊であったとはな」


 シルヴィオは小さく浮遊するゼヴォルスを――セリアンティスを見つめ、静かに頷いた。長老たちもその名前に反応し、森の精霊としての存在を認識している様子だった。


「我がエルフの森にかつて仕えていた精霊が、長き闇から解放されるとは。だが、彼が闇に堕ちたことを考えれば、今後もこの森や世界樹には慎重な監視が必要だ」


 シルヴィオの声には深い重みがあった。エルフたちは精霊と共に生きる種族であり、世界樹はその中心となる存在だ。ゼヴォルス――セリアンティスが再び精霊の姿に戻ったとはいえ、その影響がどのように広がるかはまだ分からない。それに、ゼヴォルスが闇に堕ちた理由も不明だ。


「世界樹と交信して、その状況を確認する必要があるわ」


 エリシアが静かに提案した。彼女はエルフとして世界樹と深い繋がりを持ち、その声を聞くことができる力を持っている。


「そうだな。エリシア、お前なら世界樹の声を聞けるだろう。今すぐに確認してくれ」


 シルヴィオの言葉に頷き、エリシアは精霊たちの力を借りながら、森の奥深くへと進んでいった。彼女はそこで、世界樹との交信を試みる。


 世界樹の根元にたどり着いたエリシアは、神聖な静けさの中で深く息を吸い込んだ。彼女は静かに目を閉じ、心を澄ませる。精霊たちが彼女の周囲に集まり、風のような柔らかい声が耳元に届く。


「……静かだわ。世界樹に異変はないみたい」


 エリシアはほっとした表情で目を開けた。ゼヴォルスが精霊に戻ったことで、一時的に森の精霊たちが混乱していたが、今は安定を取り戻しているようだった。


 エリシアが村に戻ると、シルヴィオが静かに頷いた。


「そうか……異変がないのならばひとまず安心だ。しかし、今後も油断はできない。引き続き、世界樹の見守りは怠らないようにする」


 シルヴィオは厳しい表情のまま、ガルドに目を向けた。


「お前には感謝している、ガルド。しかし……話すべきことがあるな」


 その言葉に、ガルドは少し身構えた。エリシアとの関係が長年続いていることもあり、彼女の父であるシルヴィオに対して話すべきことがあるのは明白だった。


「エリシアとの関係について……」


 ガルドはシルヴィオの前に立ち、決意を込めて言葉を口にした。


「俺はエリシアを支えていきたい、これからも。……俺の生き方はCランクの冒険者として、地道に依頼をこなしていくことだが、彼女と共にいることが俺の生きる意味でもある」


 シルヴィオはしばし沈黙し、ガルドの言葉を噛み締めていた。やがて、彼は静かに口を開いた。


「……お前の覚悟、確かに受け取った。エリシアの選択を尊重しよう。だが、これからも私の娘を守ることを忘れないでくれ」


「もちろんです、シルヴィオさん」


 ガルドは深く頭を下げ、エリシアを見つめた。彼女も微笑みながら、ガルドに寄り添った。


 こうして、ガルドとエリシアの関係がシルヴィオに認められた。村での報告と対話が終わり、ガルドたちは少しの間、エルフの村での休息を取ることにした。次の冒険に向けて、しばらく穏やかな時間が流れるのだった。

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