第8話:「ゼヴォルスの影」

 リューンカリエンの森を救ったガルドたちは、一時の平和を取り戻した。しかし、ガルドはどこか落ち着かない気持ちを抱いていた。森を浄化したはずなのに、何かがまだ森全体を覆っているような感覚が彼を捉えていた。


「……終わったはずなのに、何かが違う」


 ガルドは静かに森を見つめながら呟いた。彼の鋭い直感は、リューンカリエンの森に潜むさらなる闇を感じ取っていた。


「ガルド? 何か気になることでもあるの?」


 エリシアがガルドの横に立ち、優しい声で尋ねた。彼女もまた、森の異変が完全には解消されていないことに気付いていた。


「森を救ったはずなのに、どうも完全に浄化されたとは思えないんだ。何か……もっと大きな存在が背後にいる気がする」


 ガルドは眉をひそめ、森の奥深くに目を凝らした。


 その時、森の空気が急に重くなった。冷たい風が吹き抜け、木々の間から何者かの気配が漂ってきた。


「……何だ?」


 ガルドが警戒を強めた瞬間、突然、森の奥から黒い霧が立ち上り、それはゆっくりと形を成していった。


「ようやく気付いたか、人間よ……」


 低く響く声と共に、霧の中から現れたのは、漆黒のマントを纏った長身の男――ゼヴォルスだった。その姿は不気味なまでに冷酷で、目は赤く光り、周囲の空気すら歪めるような異様な存在感を放っていた。


「貴様が……邪蟲を操っていた黒幕か!」


 ガルドは剣を抜き、ゼヴォルスに向けて構えた。彼の直感が的中し、森を蝕んでいたのはこの強大な魔族の王であることが明らかになった。


「そうだ、私はゼヴォルス。邪蟲はただの前哨戦に過ぎない。私はこの森の力、そして世界樹アルヴァリエンの力を手中に収めるために動いていた。だが……貴様らが私の計画を邪魔してくれたようだな」


 ゼヴォルスは冷笑を浮かべ、手をゆっくりと掲げた。彼の指先からは黒い魔力が放たれ、空気をさらに重くしていく。


「俺たちは森を守るためにここにいる。お前の企みなんて、絶対に許さない」


 ガルドは冷静に構えを保ちながら言い放った。彼の体からは緊張が感じられたが、それでもゼヴォルスに対する恐れは微塵もなかった。


「森を守る? フフフ、面白い。だが、貴様らごときが私に立ち向かうつもりか?」


 ゼヴォルスは冷たく笑いながら、さらに手を掲げた。


 その瞬間、地面から黒い触手のようなものが現れ、ガルドたちに向かって襲いかかってきた。ガルドはすぐに剣で触手を切り裂き、エリシアとエイリスに警戒を呼びかけた。


「エリシア、エイリス、気をつけろ! こいつはただの魔族じゃない!」


「分かってる!」


 エリシアはすぐに風の魔法を発動させ、触手を吹き飛ばした。


 エイリスも神聖術を発動し、ガルドにバリアを張った。


「ガルド、何とか持ちこたえて!」


 ゼヴォルスはその様子を見て、冷たい笑みを浮かべながら言った。


「ふむ、悪くない。だが、まだ本気を出す時ではない」


 突然、ゼヴォルスの姿が霧のように消え去り、森の中に響く声だけが残った。


「また会おう、ガルド・バイエルン。次に会う時こそ、貴様らの命を貰い受ける……」


「待て! ゼヴォルス!」


 ガルドが叫ぶが、その声は虚しく森の中に消えていった。ゼヴォルスは去り、再び森は静寂に包まれた。


「……ガルド・バイエルン、ですって?」


 エリシアは驚いた表情でガルドを見つめた。彼が普段は苗字を使わないため、彼の本名を知っている人物がいることに彼女も驚いたのだ。


「俺の名前を知ってるなんて……どうしてだ?」


 ガルドは自分でも驚き、思わず呟いた。ゼヴォルスが彼の苗字を知っているということは、彼の過去、あるいは何か大きな秘密がまだ隠されているのかもしれない。


「とにかく、今は奴が再び現れる前に森の守りを固めないといけないわ」


 エリシアは気を取り直し、ガルドに向かって決意の表情を浮かべた。


「ゼヴォルスが狙っているのは、この森だけじゃないかもしれない。次に何を企んでいるか分からないわ」


「そうだな……奴はまだ本気じゃなかった。次に何を仕掛けてくるのか分からないが、森の精霊たちと力を合わせて守りを固める必要がある」


 ガルドは深く息を吐き、次の戦いに向けて心を決めた。


 森の危機が去っていないことを悟ったガルドたちは、シルヴィオやフィリーネと再び合流し、これからの対策を話し合った。その中で、エリシアの両親もゼヴォルスの脅威に気付き、より慎重に行動するようガルドたちに助言を与えた。


 そして、ガルドたちは次なる手がかりを求め、エルフの古代の地へと旅立つ決意を固めた。そこには、新たな出会いが待っている――。


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