第7話:「邪蟲の巣」

 アルヴァリエンの力が徐々に蘇り、世界樹は再びその神聖な輝きを取り戻しつつあった。しかし、ガルドたちはまだ気を緩めることはできなかった。森全体に広がっている邪蟲の根が完全に浄化されていないため、腐敗の力が依然としてリューンカリエンの生命を脅かしている。


「世界樹の力が戻りつつあるのはいい兆候だが……まだ森全体が救われたわけじゃない」


 ガルドは周囲の変化を見極めながら、次の行動を決めようとしていた。アルヴァリエンが光を取り戻しつつあるものの、その根に絡みついていた邪蟲の巣が残っていることを感じ取っていた。


「ガルド、私たちで……森全体を完全に浄化しないと……」


 エリシアは精霊たちの囁きに耳を傾けながら、まだ苦しんでいる森の声を聞き取っていた。彼女の表情は決意に満ちていたが、その目には強い不安も垣間見えた。


「そうだな。だが、敵が潜んでいる場所がまだ分からない。どこかに邪蟲の巣があるはずだ」


 ガルドは剣を構え、さらに深く進む準備を整えた。


 アルヴァリエンの根元から森の奥へと続く道は、ますます暗く、腐敗の影が色濃く残っていた。黒ずんだ木々や、乾ききった大地が広がり、精霊たちの声はほとんど聞こえなくなっていた。


「ここまで深く進んでも、精霊たちの声がこんなに遠く感じるなんて……何かがまだ森を蝕んでいる」


 エリシアは心配そうに呟いた。彼女の中にある精霊との繋がりは、アルヴァリエンが復活したにもかかわらず、完全には回復していなかった。


「おそらく、邪蟲の本拠地がこの先にあるんだろう。そこを断たなければ森全体は元に戻らない」


 ガルドは冷静に推測し、周囲の気配に敏感になっていた。彼の直感はすでに、何か強大な敵が彼らを待ち受けていることを感じ取っていた。


「邪蟲の巣……そこが、すべての根源ね」


 エリシアは険しい表情で前を見つめた。


「ええ、そこを叩かないと。私たちの使命です」


 エイリスも決意を新たに、杖をしっかりと握り締めた。


 しばらく進むと、森の奥に異様な雰囲気が漂い始めた。空気が重く、湿った悪臭が漂い、地面からは黒い霧が立ち込めている。その先には、無数の腐敗した木々がまるで触手のように伸びている巨大な洞窟が見えてきた。


「ここが……邪蟲の巣か」


 ガルドは剣を構え、慎重にその入り口を見据えた。洞窟の奥からは不気味な気配が漂い、何か強大な力がそこに潜んでいることを明確に感じさせていた。


「……行きましょう。ここを通り抜ければ、きっと森を救う方法が見つかるはずよ」


 エリシアは勇気を振り絞り、洞窟の入り口へと一歩を踏み出した。彼女の心の中には精霊たちの声が微かに響いており、その声が彼女を導いていた。


「気をつけろ。何が待っているか分からないが、ここが最後の戦場になるはずだ」


 ガルドは仲間たちに向けて警戒を促し、慎重に前進した。


 洞窟の中は、まるで異次元にでも入り込んだかのような異様な空間が広がっていた。壁には黒い苔のようなものがびっしりと生え、空気は異様に冷たかった。地面からは腐敗した匂いが立ち上り、時折、地鳴りのような音が響く。


「……ここは、完全に邪蟲に支配されている」


 エリシアは身震いしながら周囲を見渡した。彼女の目には、腐敗しきった精霊たちの影がぼんやりと見えていた。


「ここに邪蟲の根源がある。そこを断ち切れば、森全体が救われるはずだ」


 ガルドは剣を握りしめ、仲間たちと共に洞窟の奥へと進んだ。


 その時、突然、洞窟の奥から低い唸り声が響いた。空気が震え、地面が揺れ始める。


「来るぞ……!」


 ガルドはすぐに剣を抜き、敵の気配に備えた。


 洞窟の奥から現れたのは、邪蟲の王とも呼べる巨大な存在だった。その姿は、無数の触手と腐敗した肉塊が絡み合い、黒い粘液を垂らしながら這いずり出てきた。目は真っ赤に光り、口からは毒々しい息を吐き出していた。


「こいつが……邪蟲の根源か!」


 ガルドはすぐに敵の強大さを感じ取り、気を引き締めた。


「これは……ただの魔物じゃない!アルヴァリエンとこの森全体の命を吸い取ってきた存在……!」


 エリシアはその光景に息を呑んだが、すぐに覚悟を決めた。彼女は杖を握り締め、精霊たちの力を借りるための魔法を唱え始めた。


「ガルド、気をつけて!この敵は今までのものとは違う……!」


 エイリスは後方から神聖術を発動し、ガルドに光の加護を与えた。彼女の力は、邪悪な力に対抗する聖なる盾となるはずだった。


「行くぞ……!」


 ガルドは敵に向かって突進し、鋭い剣で一撃を加えた。しかし、その体はあまりにも巨大で、傷口からは黒い液体が溢れ出し、再びすぐに再生しようとしていた。


「くそ……手強い!」


 ガルドは再び剣を振り下ろしたが、敵は強大な触手で彼を押し返してきた。その一撃はあまりにも強く、ガルドは地面に叩きつけられた。


「ガルド!」

 

 エリシアが叫んだ。


 しかし、ガルドはすぐに立ち上がり、再び剣を構えた。


「俺は平気だ……だが、こいつを倒すにはもっと強力な力が必要だ」


 エリシアは頷き、精霊たちの力を最大限に引き出すためにさらに魔法を強化した。彼女の体から放たれる風と光が、洞窟全体を包み込むように広がった。


「精霊たち……どうか、私に力を貸して……!」


 エリシアの呼びかけに応えるように、洞窟の奥から純白の光が差し込んだ。それは、アルヴァリエンの力だった。


「今だ、ガルド!」


 エリシアの声に応じて、ガルドは最後の力を振り絞り、剣を高く掲げた。彼の剣はアルヴァリエンの光を纏い、邪蟲の根源に向かって突き刺さった。


「これで終わりだ……!」


 ガルドの一撃が邪蟲の根源を貫いた瞬間、巨大な悲鳴が洞窟全体に響き渡り、邪蟲の体は崩れ落ちていった。その体からは黒い霧が立ち上り、やがて完全に消え去った。


「……やった……!」


 エリシアはほっとした表情で、世界樹の力が完全に戻ったことを感じ取った。精霊たちの声も再び彼女の中に響き始め、森が再び息を吹き返したことを確信した。


「これで……森は救われた……」


 エイリスもほっとした表情で微笑み、杖をゆっくりと下ろした。


「ガルド、あなたがいなければ……」


 エリシアが感謝の言葉を口にした時、ガルドはただ静かに頷いた。


「お前がいたからこそ、ここまで来れた。俺一人じゃ、どうにもならなかったさ」


 彼らはその場に立ち尽くしながら、ついに森を救うことができたという安堵感に包まれていた。しかし、次なる危機がいつ訪れるか分からない。だが、今は一息つく時間が必要だった。

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