第3話:「エリシアの故郷、リューンカリエンの森」

 霧が薄れ、ガルドたちの前に広がったのはエリシアの故郷――リューンカリエンの森だった。しかし、その森はかつてエリシアが語っていた神秘的な美しさとはかけ離れ、不気味な静寂に包まれていた。


「……ここがリューンカリエンの森か」


 ガルドは歩みを止め、目の前に広がる光景を見渡した。木々は古代からの力を宿し、その静けさはただの自然の静寂ではなく、森そのものが何かに怯えているかのような異様な空気に包まれていた。


「こんなに静かなこと……今までなかった……」


 エリシアは眉をひそめ、少し戸惑った様子で呟いた。普段、精霊たちが活気に満ちているこの森は、彼女にとって安らぎの場所だったはずだ。しかし、今はまるで息を潜めているようだった。


「何かが確実に起きているようだな。だが、俺たちは世界樹まで無事にたどり着ける」


 ガルドは確信を持って言い、エリシアに向かって力強く頷いた。


 エリシアはわずかに微笑んだが、その笑顔にはまだ不安が残っていた。


 歩を進めると、木々の間にいくつかの木製の建物が見え始めた。そこはエリシアの生まれ育った村、ララシルの村だった。エルフの文化と自然の調和が感じられる美しい村だが、その静けさが不気味さを増していた。


「ここが……私の故郷、ララシルの村よ」


 エリシアは、遠い目で村を見つめた。ガルドは慎重に周囲を観察しながら、村の中央へと向かった。通常であれば、精霊や村人たちが集い、活気ある場所であるはずだが、今は人影もまばらで、村全体に重い空気が漂っていた。


「村も変わったようだな」


 ガルドがそう呟くと、エリシアは無言で頷いた。


「まずは、父に会いましょう。彼なら何か知っているはず」


 エリシアは、村の中央にある大きな木へと歩を進めた。その下には、エリシアの父であり、リューンカリエンの長老であるシルヴィオが佇んでいた。シルヴィオは長い銀髪を持つ壮年のエルフであり、その目には深い知恵と経験が宿っていた。


「エリシア……よく戻ってきたな」


 シルヴィオは、穏やかな表情で娘を迎えた。


「お父様……」


 エリシアは静かにシルヴィオに抱きついた。父の無事を確認し、ほっとした表情を浮かべるエリシアを見て、ガルドはその後ろで立ち止まった。


 シルヴィオはエリシアを優しく抱きしめた後、ガルドに視線を向けた。


「……そちらの者は?」


「ガルドです。エリシアの旅の同行者です」


 ガルドは軽く頭を下げた。シルヴィオはしばらく彼を見つめ、ゆっくりと頷いた。


「ありがとう、ガルド。娘を守ってくれたようだな」


 ガルドは少し肩をすくめて答えた。


「俺の仕事です」


 その瞬間、聖女エイリスが一歩前に出て、丁寧にスカートを持ち上げ、美しいカーテシーを披露した。


「私もエリシア様と共に参りました。聖女エイリスと申します」


 シルヴィオは、その優雅な動作と彼女の美しさに目を奪われたように見つめていた。


「あ……ああ、聖女殿が……わざわざ……」


 エリシアが、見惚れる父に「ごほん」と咳払いをすると、シルヴィオは我に返り、少しばつの悪い顔をして微笑んだ。


「お父様、森で何が起きているのか教えてください。こんな静けさ、今まで見たことがありません」


 エリシアが質問すると、シルヴィオの表情は一気に厳しいものへと変わった。


「森が何かに侵されている。最初はわずかな異変だったが、徐々に広がってきた。精霊たちも姿を見せなくなり、森全体が恐れているようだ。これは……邪蟲が関係している可能性が高い」


「邪蟲……!」


 エリシアの顔が青ざめた。ガルドも無言でシルヴィオの言葉に耳を傾けた。


「邪蟲は、自然そのものを腐らせる邪悪な存在です。かつて、我々エルフはその封印に成功したはずだった。しかし、その封印が今、弱まりつつある」


「つまり、森全体が危険に晒されているということか」


 ガルドは静かに問いかけた。


「その通りだ、ガルド。だが我々だけではどうすることもできん。森は力を失い、世界樹アルヴァリエンですら完全には力を発揮できていない」


 シルヴィオは重い声で答えた。


「……何が必要ですか?」


 ガルドは短く問うた。


「まず、アルヴァリエンとの交信を強め、世界樹の力を取り戻す必要がある。エリシア、お前ならそれができるだろう」


「はい、お父様。やってみます」


「だが、森の奥に進むには危険が伴う。邪蟲の手下たちがすでに森を侵食している。気をつけろ」


「大丈夫です。ガルドとエイリスもいますから」


 エリシアは父に向かって強い決意を示した。


 その時、森の奥から姿を現したのは、エリシアの母であり、リューンカリエンの賢者であるフィリーネだった。彼女は穏やかで優雅な歩みでガルドたちに近づいてきた。


「おかえりなさい、エリシア」


 フィリーネの声には温かみがあり、長く銀色の髪が風に揺れていた。


「お母様……」


 エリシアは母親に抱きつき、久しぶりの再会を喜んだ。


「あなた方が来てくれたことが、森にとっても大きな力となるでしょう」


 フィリーネはガルドとエイリスに向かって微笑み、深く頭を下げた。


 ガルドは彼女の優美さに少し驚いたが、すぐに軽く頷いた。


「俺たちでできることは何でもやります」


 フィリーネはその言葉に感謝の笑みを浮かべながらも、エリシアにだけは少し真剣な表情を見せた。


「後で、二人だけで話をしましょうね」


 エリシアはその言葉に一瞬驚いたが、すぐに頷いた。彼女には、母親フィリーネにだけ打ち明けた大きな秘密があった――。

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