アルヴァリエン編

第1話:「アルヴァリエンの囁き」

 穏やかな日差しがベルガルドの街に降り注ぐ中、ガルドはいつものようにギルドでCランク冒険者としての仕事を淡々とこなしていた。小さな依頼を片付け、街を守り続けることに何の疑問も抱かない。彼にとって、それが日常であり、誇りでもあった。


 だが、その日だけは違っていた。


 ギルドの受付に立つエリシアの顔には、どこか不安げな表情が浮かんでいた。ガルドはそれに気づき、無言のまま彼女のもとへ近づいた。


「エリシア、どうした?」


 彼女は一瞬躊躇したが、次の瞬間には静かにガルドを見つめ返す。その瞳には、深い決意が宿っていた。


「ガルド……私は……アルヴァリエンの声を聞いたの」


「アルヴァリエン……? 世界樹か?」


 エリシアは頷く。彼女はエルフ族であり、世界樹との特別な繋がりを持っていた。アルヴァリエン――それは、エルフの故郷であるリューンカリエンの森にそびえる神聖な大樹で、古の時代からエルフたちを見守り続けてきた存在だ。


「世界樹が私を呼んでいる……森に何かが起こっている。邪悪な力が、森を侵食し始めているのかもしれない……」


 エリシアの言葉には、焦燥と不安が混じっていた。彼女は常に冷静で、穏やかな微笑みを絶やさない女性だ。しかし今、彼女の目にはその冷静さが消え、何か強大な危機が迫っていることを感じさせる。


「なるほどな……」


 ガルドは静かに頷き、エリシアの言葉を受け止めた。彼は自分の役割をすぐに理解した。エリシアを守り、この危機に立ち向かう。それがガルドにとって当然の選択だった。


「俺も一緒に行く。お前が何かに巻き込まれるなら、俺が守る」


 エリシアは少し驚いた表情を浮かべる。ガルドはいつも淡々としているが、こうした時には迷わず行動に移す。彼がCランクであろうと、その冷静さと決断力にはいつも感謝している。


「ありがとう、ガルド。でも、これは簡単な旅にはならないかもしれない。世界樹がこれほど強く囁いてくるのは、何か本当に恐ろしいことが起こりつつある証拠よ」


「それでも行くさ」


 ガルドの声は力強かった。彼は自分が万年Cランクであることを気にしたことは一度もない。Sランクや英雄などに憧れたこともない。ただ、エリシアや街を守ること、それだけが彼の生き方だ。


 エリシアはそんなガルドの覚悟に感謝の笑みを浮かべた。そして、彼女はギルドの奥から一枚の書状を取り出す。


「実は、もう一人同行者がいるの」


 ガルドは眉をひそめた。


「誰だ?」


「聖女エイリスよ。彼女も、リューンカリエンの森に何か不吉な力を感じ取っているみたい。彼女が加われば、森での戦いでも私たちの助けになるはず」


「なるほど、聖女か……」


 ガルドは少し考えた後、納得したように頷いた。聖女エイリスは、その強力な神聖術で多くの冒険者を助けてきた。彼女が同行することで、今回の旅がさらに重要な意味を持つことは明らかだった。


「じゃあ決まりだな。準備が整ったらすぐに出発するぞ」


 ガルドは静かに席を立ち、エリシアの隣で旅支度を整える決意を固めた。


 その日の夕刻、ガルドとエリシアはギルドの前で旅立ちの準備を整えていた。しばらくすると、聖女エイリスが姿を現した。彼女は美しく、そして神聖なオーラをまとった女性だった。


「お二人とも、お待たせしました。世界樹の声を聞いたという話を聞きました。私も、この異変を無視することはできません。どうか、私もお力添えさせてください」


 エイリスはガルドとエリシアに向かって深々と頭を下げる。


「頼もしいな、エイリス。お前がいれば、俺たちの旅も心強い」


 ガルドは静かに微笑み、彼女に軽く手を挙げた。エリシアも感謝の意を示すように頷いた。


 そして三人は、リューンカリエンの森を目指して旅立った。


 リューンカリエンの森――エリシアの故郷であり、世界樹アルヴァリエンがそびえ立つ場所。その静かで神秘的な森が、今、邪悪な力に侵されようとしていた。


 ガルドはCランクの冒険者として、ただエリシアを守るために歩みを進める。彼にとって、この旅は特別なものではない。ただ、いつも通り、自分の信じるものを守るための旅であった。

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