第5話:「フォルターレクス討伐」

 ベルガルドの冒険者ギルドは、今日も多くの冒険者たちで賑わっていた。しかし、ギルドの掲示板に新たに貼り出されたクエストに注目が集まっていた。それは、ベルガルド近郊に出没した強力な魔物「フォルターレクス」の討伐依頼だった。


 フォルターレクスは、異常に大きな狼の姿をした魔物で、その体は黒い甲殻で覆われており、通常の武器ではほとんど傷をつけられない。また、赤い瞳から放たれる閃光で冒険者たちの視界を奪い、その隙に素早い動きで襲いかかる。さらに、狡猾な知能を持ち、罠や奇襲を得意とする非常に危険な魔物だった。


 そんな中、若手の冒険者パーティーがこの討伐依頼を受けることを決めていた。パーティーは、剣士でリーダーのラグナ、弓使いのアリーシャ、盾役のゴードン、回復魔法を使うヒーラーのカレンの4人組。彼らは最近Bランクに昇格したばかりで、この討伐を通じてさらなる名声を得ようと考えていた。


「よし、これで俺たちの実力を見せつけてやろう! フォルターレクス討伐は、俺たちにピッタリだ!」


 リーダーのラグナは自信満々に話し、他のメンバーもその言葉に頷いたが、その中で一人、弓使いのアリーシャだけが少し不安げな表情を浮かべていた。


「ラグナ、本当に私たちだけで大丈夫なの? フォルターレクスはかなり強力な魔物って聞いているけど……」


 ラグナは軽く肩をすくめて答えた。


「心配するな。俺たちはBランクだぞ? しっかり作戦を立てれば問題ない。これは俺たちにとって絶好のチャンスだ」


 その言葉に他のメンバーも同意し、彼らはクエストを受けることを決めた。しかし、そのやり取りをカウンター越しに聞いていたガルドは、少し眉をひそめていた。彼はこのパーティーの実力をある程度知っており、彼らが実力を過信しているのを感じ取っていた。


 エリシアが心配そうにガルドに囁いた。


「ガルドさん、彼らは確かに実力はありますけど、経験が足りないわ……。フォルターレクスは手強い相手です。何かあったら……」


 ガルドは少し考え込みながら、彼女に答えた。


「そうだな。魔物の強さは見た目以上に危険だ。奴は狡猾だし、罠を仕掛けてくるだろう。あの若造たちだけであいつに挑むのは、無謀だな……」


 エリシアは頷き、ガルドに提案した。


「ガルドさん、あなたも一緒に行った方がいいんじゃないかしら? 彼らだけでは心配です。もし何かあれば……」


 ガルドはしばらく考えたが、最終的にはエリシアの提案に同意し、若手パーティーに声をかけることを決めた。



「おい、少し話がある」


 ガルドが近づくと、ラグナたちは驚いた様子で振り返った。彼らはガルドのことを「万年Cランク」として認識しており、特に目立つ存在とは思っていなかったためだ。ガルドが何を言うのか興味を持ちながら、ラグナが返事をした。


「なんだ、ガルドさん? 何か用ですか?」


「その討伐依頼、俺も同行させてもらう。フォルターレクスはただの魔物じゃない。お前たちだけでは危険すぎる」


 ガルドの申し出に、ラグナは驚き、困惑した表情を浮かべた。彼は最近Bランクに昇格したばかりであり、自分たちがCランクの冒険者と共にクエストに行くことを良しとしなかったのだ。


「えっ……? ガルドさん、俺たちはBランクですよ。経験も十分だし、この依頼は俺たちだけで十分対応できます。Cランクのあなたが同行する必要はないと思いますが……」


 他のメンバーも同意して頷き、特に盾役のゴードンは小さく鼻で笑いながら言った。


「俺たちは十分に強いし、パーティーのバランスも取れている。正直、足手まといになるんじゃないかって心配だな」


 ガルドは彼らの挑発的な態度にも動じず、冷静に答えた。


「お前たちの実力は認めるが、フォルターレクスの強さはお前たちが想像している以上だ。過信するな。俺が同行すれば、不要なリスクを減らせる」


 それでもラグナたちは納得せず、ガルドの提案に首をかしげていた。その時、エリシアが前に進み出て、冷静な口調で話し始めた。


「みなさん、この討伐は非常に危険です。フォルターレクスはただの力任せの魔物ではありません。ガルドさんは経験豊富で、危険な状況を冷静に対処する力を持っています。私からお願いです、彼を同行させてください」


 エリシアの言葉は、彼女の信頼の厚さを物語っていた。ギルドの受付嬢として、多くの冒険者たちの働きを見てきた彼女がそう言うからには、何か理由があるのだとラグナたちも感じ取った。


「そ、そうですか……エリシアさんがそこまで言うなら……」


 ラグナはエリシアの説得に少し気圧され、最終的にガルドの同行を渋々受け入れることにした。


「分かりました。ガルドさん、お願いします。ただし、俺たちがリーダーですから、指示は俺たちが出します。それでいいですね?」


 ガルドは淡々と頷き、了承した。


「もちろんだ。お前たちがリーダーだ。俺は必要な時に助けるだけだ」



 パーティーは準備を整え、フォルターレクスの潜む森へと向かった。道中、ラグナたちは自信に満ちた様子で、フォルターレクス討伐の作戦について話し合っていた。彼らは自らの戦術に自信を持っていたが、ガルドは彼らの会話に特に口を挟まず、ただ静かに聞いていた。


 森の奥に進むにつれ、次第に周囲の空気が重くなっていった。そしてついに、目的地である広場にたどり着いた時、そこには黒い甲殻を持つ巨大なフォルターレクスが待ち構えていた。


「よし、作戦通りにいくぞ! 俺たちが前衛を務めて、アリーシャとカレンは後方支援だ!」


 ラグナの指示に従い、パーティーはそれぞれのポジションに就いた。彼らは戦術に従って冷静に行動しているように見えたが、実際の戦闘が始まると、その難易度は予想以上だった。


 フォルターレクスの赤い瞳が光り、突然強烈な閃光が発せられた。ラグナたちはその光で一瞬視界を奪われ、動きが鈍くなった。その隙に、フォルターレクスは素早い動きでラグナに襲い掛かる。


「くっ……!」


 ラグナは必死に防御しようとするが、その強大な力に押し切られ、盾役のゴードンもまた対応が遅れてしまう。


「まずい!」


 アリーシャの弓がうまく狙いを定められず、カレンも混乱して回復魔法を準備することができなかった。パーティー全体がフォルターレクスの狡猾な動きに翻弄され、次第に追い詰められていった。



 その時、ガルドが前に出て冷静に指示を出した。


「アリーシャ、フォルターレクスの目を狙え! 目を潰せば閃光は防げる。ゴードン、盾を構えて全員を守れ。カレン、回復は後でいい。まずは魔法で足を止めろ!」


 ガルドの的確な指示に、パーティーは一瞬驚いたが、すぐにそれに従い始めた。アリーシャは冷静にフォルターレクスの赤い瞳を狙い、矢を放つ。見事な一撃でフォルターレクスの目に命中し、視覚を奪われた魔物は一瞬動きを止めた。


「今だ!」


 ゴードンは全力で盾を構え、仲間たちを守りながら、カレンが魔法でフォルターレクスの足元を固める。そして、ガルドは素早くその隙を突いて、魔物の甲殻が薄い部分に正確な一撃を加えた。


「終わりだ……!」


 ガルドの剣が深く突き刺さり、フォルターレクスはついにその巨体を崩して動かなくなった。



 戦闘が終わり、ラグナたちは息を整えながらガルドを見つめた。彼らは自分たちの過信を痛感し、ガルドの冷静な判断と経験がなければこのクエストは成功しなかったことを理解していた。


「ガルドさん……本当に助かりました。正直、俺たちだけじゃ無理でした……」


 ラグナは頭を下げ、ガルドに感謝の意を示した。ガルドはそれに対して軽く肩をすくめただけだった。


「俺はお前たちを助けたんじゃない。お前たち自身が乗り越えたんだ。今後はもっと慎重に戦え。実力はあるが、過信するな」


 彼の言葉に、ラグナたちは真剣な顔で頷いた。彼らは今回の経験を通じて、ただの力だけではなく、冷静な判断と協力がいかに重要かを学んだ。


 こうして、ガルドと若手パーティーは無事にギルドへと帰還した。エリシアはガルドの無事を確認し、彼に感謝の微笑みを送った。


「お疲れさまでした、ガルドさん。彼らも一回り成長しましたね」


 ガルドは少し笑いながら答えた。


「まだまだガキだが、見込みはある。あとは自分たち次第だな」


 こうしてまた一つ、ベルガルドのギルドでの物語が幕を閉じ、ガルドは新たな依頼を待つ日々へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る