第4話:「エリシアに絡む冒険者」
ベルガルドの冒険者ギルドは、いつも通りの喧騒に包まれていた。冒険者たちがクエストを求めて集まり、賑やかな会話が飛び交う。その一角で、万年Cランクの冒険者、ガルドはいつものように淡々と仕事をこなしていた。
しかし今日は、いつもと少しだけ違った雰囲気が漂っていた。ギルドのカウンターに立つ美しいエルフの受付嬢、エリシアに、一人の別の街から来た冒険者が熱心に話しかけていた。
「エリシアさん、よかったら今日の仕事の後、食事でもどうですか?」
彼は派手な鎧を着込み、立派な剣を腰に下げた若い男で、ギルドの一角で目立つ存在だった。彼は最近、ベルガルドのギルドに登録したばかりの冒険者で、話によると隣町のギルドでBランクに昇進したばかりらしい。
「ごめんなさい。今日は忙しいので……」
エリシアは控えめに断ったが、男は引き下がらなかった。彼は自信満々に笑いながら、さらにエリシアに近づいた。
「そんなこと言わずに、たまには息抜きも必要ですよ。僕の活躍について、もっと話を聞いてほしいな」
そのやり取りを目にしたガルドは、少し離れたところで眉をひそめた。エリシアにしつこく絡む若い冒険者の態度が気に入らなかったが、ガルドは言葉を飲み込んだ。
しばらくその様子を見ていたガルドだったが、ついに堪えきれず、ゆっくりとカウンターに向かって歩き出した。彼の姿が視界に入ると、エリシアはほっとした表情を見せたが、若い冒険者はガルドに気づかずに話を続けていた。
「なぁ、エリシアさん。ベルガルドにはいい店がいくつかあるって聞いたんだが、一緒に行こうよ。今度のクエストも成功させたし、これはお祝いだ」
その時、ガルドがカウンターに辿り着き、エリシアのすぐ横に立った。そして、一言、冷たい声で言った。
「エリシアは忙しいって言ってるだろう。聞こえなかったのか?」
その一言に、若い冒険者は一瞬驚いたように振り返り、目の前に立つ年配の男を見て眉をひそめた。ガルドの無骨な姿は、Bランクの若い冒険者にはただの「万年Cランクのおっさん」にしか見えなかったのだろう。
「なんだよ、あんた。関係ないだろう? エリシアさんに声をかけてるだけなんだから、邪魔しないでくれよ」
若者は挑発的な口調でそう言ったが、ガルドは冷静だった。彼は若者をじっと見つめたまま、ゆっくりとした動きでカウンターに腕を乗せた。
「俺が邪魔してるってんなら、もう一度聞いてみろ。エリシアが本当にお前と一緒に行きたいかどうかをな」
エリシアは少し驚いた顔をしながらも、すぐにガルドに感謝の視線を送った。それでも彼女は丁寧に、だがきっぱりと若者に答えた。
「本当にすみません。でも、今日は忙しいのでお断りさせていただきます」
若者は不満げに口を閉じたが、ガルドの威圧感に何かを感じ取ったのか、最終的には諦めてその場を去った。去り際に何かぼやきながらも、もうエリシアにしつこく絡むことはなかった。
その様子を遠巻きに見ていた他の冒険者たちは、少しクスクスと笑い始めた。
「まただよ……ガルドさんが出てくると、ああなるよな」
「そりゃあ、誰もエリシアにしつこくする奴なんていないさ。あの二人が……って、まぁ、知らんふりしてるけどな」
「言わない約束だろ。ガルドさんがCランクなのは形だけだって、みんな知ってるんだから」
冒険者たちは皆、表向きには言わないが、ガルドとエリシアの関係をそれとなく知っていた。ガルドがエリシアに特別な存在であり、またその逆もまた然り。彼らが夫婦であることは、公然の秘密のようなものだった。
ガルド自身はそのことにあまり触れようとしなかったが、エリシアに絡んでくる連中にはいつもこうして一言二言を発して追い返していた。
カウンターの奥で書類を整理していたエリシアは、ガルドにそっとお礼を言った。
「いつも助かります、ガルドさん。ありがとう」
「気にするな。お前が困ってるのを見るのは嫌なんでな」
ガルドはそう言って、エリシアから新しいクエストを受け取った。クエストの内容は、街の近郊に現れた小型の魔物を討伐し、その巣を見つけ出してほしいというものだ。
「こいつは面倒なクエストになりそうだな。まぁ、やるしかないが」
ガルドは新しい依頼を受け取り、すぐに準備を整えて街の外へ向かった。今回のクエストは、森の奥深くに住み着いた魔物の群れを討伐するというものだ。報告によると、最近急に数が増え始めており、村の家畜や畑が被害を受けているらしい。
「小型の魔物とはいえ、集団で来られると厄介だな」
ガルドは剣を軽く点検しながら、森の中へと足を踏み入れた。風が木々を揺らし、静かな自然の音が広がる中、彼は慎重に進んでいった。やがて、森の奥から獣のような唸り声が聞こえてきた。
ガルドはその方向に目を向け、剣を抜いた。木々の影から、何匹かの小型の魔物が姿を現した。彼らは見た目は狼のようだが、目が赤く輝き、凶暴な雰囲気を漂わせている。
「なるほど、こいつらか」
ガルドは素早く距離を詰め、魔物の群れに飛び込んだ。剣を振り下ろし、一匹目を瞬時に倒す。次々と襲い掛かる魔物たちも、ガルドの鋭い動きに翻弄されていた。剣さばきは的確で無駄がなく、一撃ごとに確実に魔物の命を奪っていく。
「これくらいの相手なら、手こずることはない」
ガルドは次々と魔物を倒しながら、彼らが住み着いている巣を探し始めた。森の奥深く、岩陰に小さな洞穴を発見した。中にはさらに多くの魔物が潜んでいる可能性がある。彼は慎重に洞穴に近づき、入口で立ち止まった。
「このまま全てを片付ければ、街も村も安全になるだろう」
ガルドはゆっくりと洞穴の中に入り、残りの魔物を一掃する準備を整えた。
洞穴の中は暗く、冷たい空気が漂っていたが、ガルドは慎重に歩を進めた。洞穴の奥からは、魔物の気配が漂ってくる。やがて、目の前に複数の魔物が現れた。彼らはガルドの存在に気づき、鋭い唸り声を上げて襲い掛かってきた。
「これで終わりにしようか」
ガルドは剣を握り直し、一気に突進してきた魔物をかわしながら反撃に出た。次々と正確な斬撃を加え、魔物たちを倒していく。小型とはいえ、数が多いため、一瞬の油断が命取りになる。しかし、ガルドは冷静に状況を見極め、確実に彼らを追い詰めていった。
戦闘が終わる頃には、洞穴の中には魔物の姿はなくなっていた。ガルドは少し息を整え、剣を鞘に収めた。
「これで一件落着か。あとは戻るだけだな」
彼は洞穴を出て、再び森の出口へと向かった。
無事にクエストを終えたガルドは、街へと戻り、ギルドに報告をするためカウンターに向かった。エリシアはガルドを迎え、無事の帰還を確認すると、微笑んで言った。
「お帰りなさい、ガルドさん。魔物の討伐は無事に終わりましたか?」
「ああ、片付けてきた。もう森での被害は出ないだろう」
ガルドは淡々と報告書にサインし、エリシアに提出した。彼女はそれを受け取ると、報酬を手渡した。
「さすがですね。これで安心できます」
「俺の仕事だからな。気にするな」
二人の間に短いやり取りが交わされ、ガルドは再びギルドを後にしようとしたが、カウンターの向こうから他の冒険者たちがニヤニヤしながら話しているのが耳に入った。
「今日もまたガルドさんがエリシアさんを守ったんだな。さすがだ」
「まったく、あの二人の関係を知らずに絡むなんて、バカな奴だよな」
ガルドはその会話を聞き流しながら、街を後にした。エリシアとの間に漂う微妙な空気がありつつも、彼はいつも通りに日常を過ごし、新たなクエストを待つ日々へと戻っていった。
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