第9話 片側だけ垂れ下がっている理由には諸説あるらしい
「めっちゃ光ってる……!」
俺は頭を抱えていた。
「会長、私、その『めっちゃ』というの本当に嫌いだわ。おほっ。あとその石鹸みたいな甘い匂いも、やはり香水と勘違いされてしまうと思うの。他の女子も私のようにべっちょがジュンジュン
俺は膝から崩れ落ちていた。
「おい、この状況でどうやって夏目との討論会に臨むんだ……?」
とりあえず葉月の体調に気を配りつつも、排卵期が終わるまでは人前で近づかないようにしよう。それで大きな問題は避けられるはず――そう思っていたがそんな甘い話ではなかった。全然なかった。
俺たち、生徒会執行部だったんだよなぁ……! 大事な政争の真っ只中だったんだよなぁ……! まさに今日これから、重要な討論会があるんだよなぁ……!
昼休み開始早々、生徒会室に集まった俺たち執行部メンバー四人。その中心で体の中心を光らせる黒髪ロングの清楚美女。何だこの状況。
「は? なにそれ、どーゆー仕組み? 何で葉月ちゃんのお腹光ってんの。ホタルの求愛みたいになってんじゃん。べっちょってなに」
麻衣も怪訝そうに眉をひそめている。なに一目で本質突いてきてんだよ。こいつはこいつで、たまに妙な勘の鋭さ発揮するんだよなぁ。
「まぁ、説明は後だ。とりあえず……葉月は欠席するしかねぇな、討論会」
「な、何でよ!? こんな大事な討論に会長の右腕である私が出ないだなんて……どうして!? 私何か、会長の気を損ねるようなことしたかしら!?」
「光ってるからだ。あと相変わらず良い匂いさせてるし……体育館中がジャスミンの香りで満たされちゃうだろ」
「ジャスミン? ってか、哲也の甘い匂いって?」
と、俺の匂いをスンスン嗅いで「いつも通りじゃん。童貞の匂い」と首を捻るのは麻衣だった。香水つけようかな……。文も真顔のまま小首をかしげている。
もしかしてこの香りも葉月からのシグナルで、だからオスの俺にしか感じ取れないってことなのか? それこそ動物が出すと言われるフェロモン的な……。そういや、排卵期だとオスが出すフェロモンへの感受性も高まるって話も聞いたことあるな。
ん? え? その理論でいくと、つまり俺も葉月と同じでフェロモン出してるってこと?
いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃねーな。マジでヤバい。時間がねぇ!
「とにかく葉月は謹慎だ」
「納得いかないわ! 会長の右金玉であるこの葉月京子が! なぜこんな仕打ちを!?」
「右金玉だからだ」
「間違えた、左金玉だったわ。会長の金玉はきっと左の方が重くて垂れ下がっているものね。見たことがなくても匂いで分かるわ。左側の方がドスケベ臭が強いの。私は思想的には右寄りだけれど金玉としては極左なの」
「じゃあ極左金玉だからだ。めっちゃ光ってムレムレの極左金玉を有権者の前に晒せるわけないだろ」
「ダメよ、会長。めっちゃ、なんて品のない言葉。おっほっ」
「ねぇ、マジでどうしちゃったの、葉月ちゃん!? グレちゃったの!?」
「体調不良だ。麻衣は看護を頼む。この光る清楚系極左金玉を絶対体育館に近づけさせないでくれ。討論会は俺と文で乗り越えよう」
いやマジで葉月なしじゃ、どうにもならないんだけどな。俺が口喧嘩で夏目に勝てるわけねーもんなぁ……。
*
「は……? 葉月先輩が欠席……?」
体育館のステージ袖にて。ボーイッシュな後輩美少女、夏目が目を丸くする。いや、こいつのお目々は元からクリックリではあるんだけど。
ちなみに文と、夏目派の幹部(と自称している)三年の男女コンビは、ステージ上で司会役の選挙管理委員長と最終打ち合わせをしている。
つまり、この薄暗い空間で、夏目と二人きりで向き合っているということだ。
何気に久しぶりだよな、二人で話すの……こうしてみるとやっぱり小せぇなこいつ。
「ああ、体調不良だからな、仕方ねぇ。しかし、参ったぜ。こりゃ今日のところは俺たちの完敗に終わるだろうな!」
精いっぱい強がって肩をすくめてみせる。まぁ、だが実際、葉月が不在という理由で逃亡するよりは、有権者からの印象もよっぽどマシになるはずだ。
勝ち目がないなりに、今日は必死にあらがってやるぜ!
一方の夏目は小さな顔を曇らせ、そしてポツリと、
「……延期にしますか」
「は?」
「今日の討論会、取り止めにしましょう」
「……なに言ってんだ、お前」
そんなこと、できるわけがない。体育館にはもう、ざっと600人ほどの生徒が集まっている。激しい議論が始まるのを今か今かと待ちかねている。
「安心してください。延期理由はこちら側の都合ということにしますから。ってか、実際、あたしの都合ですしね。戦意が失せてしまいました。口喧嘩であなたに負けるわけないんですから。葉月先輩に勝って、正しいのはあたしだということを見せつけなければ意味がありません」
もしかして、これではフェアじゃないから、だとかいうカッコいい理由なのか? ……と一瞬思ったが、全然違った。夏目はその言葉通り、目からあの爛々とした光を失わせていた。
本当に戦意を喪失してしまったのだ。意外と気分屋なところがあるのは昔から変わっていない。
「お前な……女人禁制廃止ってのは、生徒達のためを思っての主張だったはずだろ。こんだけ周り巻き込んでんだから一時の感情で最終目標をブラなすなよ」
「うるさいです。先輩のくせにあたしに指図しないでください。ナンセンスです」
「いじけるなよ……俺はな、
「姫って呼ぶな! 頭撫でるな! ただの政敵のくせに!」
「あ、すまん。つい……」
顔を真っ赤にして叫んでくる姫、もとい夏目。未だにその名前にコンプレックスが……いや、むしろさらに強まってるんだろうな。これは完全に俺が悪い。
「……すみません。あたしとしたことがついカッと……哲也先ぱ――難波会長がおっしゃっていることが正しいですね」
コホンと咳払いをして、夏目は続ける。
「有意義な討論会にしましょう。では。もう始まるようですよ」
「え、あ、おう……」
そうして始まった臨時討論会は――本質的な議論のない、空虚で無意味な、有り体に言えば盛り上がりに欠ける――引き分けに終わるのだった。
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