第7話 大谷翔平、四歳。
『精神科を紹介されたわ……』
「まぁ、そうだろうな……」
電話越しで、葉月は力なく報告してくる。
あの後はいろいろと大変だった。
病院に行こうにも生徒会室の外には当然生徒達の目がある。あれだけ生徒の服装を厳しく指導していた副会長が下腹部とスカートをめっちゃ光らせているところなんて見せられるわけもない。
結果的に、俺が葉月をおぶっていくという手段をとった。光っていたのは下腹部と骨盤部前面、そして股の間だったので、おんぶをすれば俺の体で隠すことができたわけだ。顔が火照っている葉月に体調不良の演技をしてもらうことで、介助中だというテイもとれる。
と思ったが、葉月が「だっこがいいの。私のべっちょと会長のお金玉を仲良しさせたいの」だとか「でもやっぱりおんぶもいいの。会長の広くて分厚いオス背中を堪能するの。おほっ、おほっ」だとか呟きながら腰をカクカクこすりつけてきたせいで、怪しさ満点だった。
めっちゃ奇異の目向けられたし、何なら夏目に見つかって心配そうに駆け寄られもしたが、まぁ文字通り、背に腹は代えられん。別に文字通りじゃないな、うん。
変な噂とか立ったら困るなぁ、マジで……。あと背中がめっちゃ濡れてた。ワイシャツを通り越して肌まで何かの汁でビチョビチョになった。良い匂いがしてなぜか頭が沸騰しそうになったからすぐにお風呂で流した。
それはそれとして、本当に大変だったのは、もちろん葉月の方だろう。
俺が家まで送り届け、そこからはお母上に病院まで送迎してもらった葉月であったのだが……、
『実際に光っているところを見せられなかったのだから、仕方ないわよね……』
「まぁ治ったってんならよかったが……とは、言えねーよな……?」
俺と別れた後、葉月の体が光ることは、二度となかったらしいのだ。
もしかして、本当に俺と葉月の精神がおかしかっただけなのだろうか。集団幻覚というやつだったのだろうか。
いや、それはない。葉月自身が下腹部に熱を感じていたと言っているし、俺の脳にもあの光の妖しさは深くこびりついている。今思えば、何というか……葉月の良い匂いと相まって、魅力的で、惹きつけられるような光だった。
『違うの、会長。治ったというより、実は一つ仮説があって……あ』
「ん? どうした」
『いえ、その仮説を出してきた張本人に呼ばれてしまって。実は帰国中の叔父と叔母、あ、文の両親なのだけれど、彼らが今、うちに顔を出しに来ているのよね。あと文も。そこでついさっき、私の今日の奇行の話題になってしまって』
「そうだったのか。悪いな、そんなときに電話しちまって」
確か、進化心理学? だとかいう分野の専門家なんだよな。どう考えても体が突然光り出す現象は専門外だと思うが……まぁ少なくとも俺よりは頼りになるはずだろう。
*
「光ってるじゃねーか! めっちゃ光ってるじゃねーか!」
「そうね。でもスカートから漏れる光は抑えられているでしょう? 実は黒おパンティでべっちょ周りの光を隠しているの。モサモサお毛っけが透けたりなんてしたら困るものね。ただ、ブラウスの下のインナーは校則で色の指定があるからドスケベ淫紋は隠せないのよ。下品な言葉遣いは控えてください、会長」
「何でそんなセリフをそんなキリッとした顔で吐けるんだ?」
翌朝の生徒会室。俺と顔を合わせるや否や、またもや葉月の下腹部はピンク色に光り出した。
だというのに、もはや彼女の顔には
確かに、改めて見ると模様っぽくなってるのか? ハート型? っぽい中央部から、二本の角みたいなのが伸びて……近鉄バッファローズのロゴみたいだな、うん。ところで、いんもんってなに。
「とにかく、体調は大丈夫なんだな?」
「ええ、心配いらないわ。むしろ普段より活力に溢れているぐらいよ」
確かに普段以上に血色が良く、心なしか肌もツヤツヤしているように見える。そして昨日と同様、頭がクラクラするくらい良い香りがする。うーん、フローラル。
「ところで昨日言ってた仮説ってのは、もしかして、」
「それは私達の勘違いだったわ。叔父と叔母がまた変なことを言っていただけ。忘れて」
「もしかして、俺と一緒にいるときだけ光るって仮説だったんじゃねーのか? うん、まさに今証明されちまったな……」
「…………ええ、まぁ」
「……わけわからんな」
「そう! そうなのよ。分からないの、結局何も。だからこんな仮定にも意味がないと思って。しょせん、べっちょが熱くなってムズムズするくらいのことだし、気にし過ぎても仕方ないのよ」
「それで済ませられるわけねーだろ……とりあえず、今日は俺も診察室までついてくわ。そうすりゃ光るところも診てもらえるだろうし。べっちょって何」
「いえ、いいの、本当に。数日もすれば治ると分かっているから! とりあえずその間は人前で近づかないようにしましょう、私達。それで済む話だわ! では、報告はこれで! べっちょが蒸れちゃう……! おほっ」
「あ、おい、葉月!」
そう言って生徒会室を飛び出していってしまう葉月。追いかけようとも思ったが、人目がある場所で近づいて光らせるわけにもいかない。結局見送ることになってしまった。おほって何。
「……どう思う、文」
「厚手のハイウエストタイツでも穿けばいいのではないか。厳密には校則違反だが、淫紋光らせている方がよっぽど風紀乱しているわけだしな」
「確かに。その発想はなかった」
対面のソファに座り、いつも通り真顔で俺たちを眺めていた文。従姉妹がめっちゃ光っていてもまるで動じないその肝っ玉、羨ましい。
「とはいえ、京子曰く、相当熱がこもって蒸れるようだからな。ただでさえ、今日から最高気温も25度を超えて、誰もタイツなんて穿いていないわけだ。立ち居振る舞いにも影響が出るだろうし、副会長の服装としては不適切ではあるのかもな」
「こんな時にまで葉月は葉月だな……謎の言葉以外は」
「謎ではないな。べっちょは女性器を指す東北方言だ。淫紋は淫らな紋様のことだろう。京子の造語なのかどうかは知らないが。おほっ、は謎だ。力になれず申し訳ない」
「いや、貴重な情報提供助かる。マジでどうしちまったんだ、葉月……女性器連呼するような奴じゃなかっただろ絶対。そもそもここ関東だし……」
「京子の体は難波の精子を求めてアピールしているんだ。あの光は排卵期のシグナルということになる。淫語と『おほっ』もそれに不随するものなのかもしれないな」
「は?」
「と、進化心理学者のうちの両親が嬉々として仮説を立てていた。淫語と『おほっ』についても報告しておこう。あ、そうだ。これ、両親からロサンゼルスのお土産。わたしとお揃いだ」
「え、お、マジか! 野茂英雄のユニフォームじゃねーか!」
「ああ、去年、野茂が移籍してしまう前に買っておいてくれるよう頼んでいたんだ。君とのペアルックがどうしても欲しくてな」
文が手渡してくれたのは、白地に青のロゴが入った、ロサンゼルスドジャースのホームユニフォームだった。
これは嬉しすぎる。特別野球に興味があるわけじゃない俺にとっても、野茂英雄だけはまさに英雄だ。日本人がこんなに大リーグで活躍することなんて二度とないだろうからな。
「ありがとう、文。今度ご両親にも会わせてくれ。これは飾っておくぜ。最初で最後の日本人ドジャースレジェンドのユニフォームを汚すわけにはいかねぇからな」
「いや、着てくれ。お揃いパジャマにしよう。挨拶ということなら、是非いつでもうちに来てくれ。両親も、昨日京子の話を聞いて、君には興味津々でな。むしろこちらからアポイントメントを取ろうとしていたくらいなんだ」
「そっかそっか。じゃあ手土産を用意しねーと――って、待て待て待て! 野茂のユニフォームで逸らされていいワードじゃなかったぞ、俺の耳に入ってきた言葉!」
まるで野茂のトルネード投法のように話の方向を捻ってしまった。言ってる場合じゃない。
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