第6話 清楚系黒髪ロング美少女がめっちゃ光る

「やはり夏目さんのことは徹底的に潰さなければいけないと思うの。可及的速やかに」


 真剣な顔で物騒なことをのたまう葉月。もちろん物理的な話ではなく、勢力を、ということではあるが。


 放課後の生徒会室。

 ちなみに、麻衣は無断でうちに泊まった罰としてパパに厳しい門限を課せられ、即帰宅。文はロサンゼルスから帰国したという両親を出迎えに行ってしまった。


 実はある理由でいつになくソワソワしてしまっている俺なのだが、こんなときに限って二人きりとは……。


 ソファで姿勢を正し、葉月が入れてくれたお茶を一口。いったん気持ちを落ち着かせてから、向かいで過去の総会議事録を読み込む副会長に答える。


「ってなると、やはり明日の公開討論会が重要になってくるか」


「ええ。夏目さんがこれ以上調子づく前に、会長と私の力で完膚なきまで叩いておきましょう」


 夏目派(という呼び方は嫌いだが、校内では定着してしまっている)から正式に申し込みがあった、昼休みの臨時討論会。

 女人禁制廃止の是非について、公式の審議&生徒による投票が行われるのは生徒総会においてなわけだが、それまでに非公式の討論会を行うのは生徒たちの自由だ。自由というか、議案を提出した生徒側から申し入れがあった以上、対立する俺たち生徒会執行部がそれを拒否するのは実質的に不可能だ。逃げたと捉えられて、イメージダウンは避けられない。


 基本的には昼休みに体育館で行うことになり、一般生徒の見学もまた自由なわけだが、今回の議題はかなり注目度も高いので、少なくとも全校生徒の六割は見に来るだろう。投票の行く末を大きく左右する勝負になることは間違いない。

 ま、ああいう場での夏目は単身で特攻してくるときに比べりゃ怖くないんだけどな……何というか……まぁ、いい。とにかく葉月がいれば何とかなる。


 明日の討論会、再来月の総会本番、その間には27時間強歩大会や、ライバル校である二高との伝統の野球部定期戦もあるし、生徒会が最も忙しい二ヶ月間になりそうだ。


「そのために私達も一層気を引き締めていかなければいけないわけだけれど……」


「ああ。……ん?」


 遠慮がちに見つめてくる葉月。いつも凜としている彼女には珍しい、どこか気まずげな目つきだ。


「ど、どうした、葉月。もしかして、やっぱ俺の髪型マズいか? 今どき七三じゃ生徒からの印象悪いかな……」


「いえ、七三分けはとてもお似合いだから絶対変えないでほしい……そうではなくて、その、まさかとは思うのだけれど……会長、香水をつけてはいないわよね……?」


「は……?」


「それか、もしかして、麻衣さんからの移り香……? 女子の香水も当然校則違反だし、それに何より……匂いが移るような接触を、異性と、ましてや校内でなんて……」


「は……?」


 思いもよらぬ、葉月からのご指摘。いや、マジで予想外すぎる。俺が香水なんてつけるわけないし、そして何より……!


「会長、失望させないでほしいの……いえ、ただの幼なじみというのは分かっているのだけれど、たとえ単なる幼なじみだとしても、幼なじみに過ぎないはずの麻衣さんの方は愚かな勘違いを、」


「いやいやいや! え? 違うだろ。え? は? このジャスミンみたいな良い匂いって、葉月から漂ってるよな!? さっきからずっと気になってソワソワしてたんだぞ、俺!」


「え。ジャスミンって、そんな香り全く……もちろん私は香水なんて使っていないし、会長からしているのは、石鹸……というか、ほのかに甘い感じの……」


 そう呟きながら立ち上がり、俺の隣へと席を移す葉月。そのまま体をにじり寄らせて、俺の首元に顔を近づけてくる。


「は? え、おい、何だよ、葉月」


「やっぱり。とても良い匂い。官能的。動物的。良くないわ、こんなの。ハレンチだわ」


「――――」


 ゾクリ、としてしまった。


 葉月の高い鼻先が、俺の首筋に触れていて。サラサラの黒髪が、俺の左肩を撫で。生ぬるい吐息が、首に吹きかけられて。


 葉月がこんなに距離を詰めてくるのなんて、初めてのことだった。


「ちょ、ちょ、ちょ、マジでどうした葉月。え? 何かお前、熱っぽくね? もしかして風邪でも……」


 彼女の細く薄い肩を、できるだけそっと押して、その体を引き離す。

 距離が生まれたことで視認できるようになった小顔はやはり熱を帯びたようにポーッと赤く――は?


「それはこっちのセリフよ。会長、いつになく色気のある雰囲気を出して……こんなの、ハレンチだわ。生徒会長ともあろうお方が女子を誘惑だなんて……許せないわ」


 ポーッと赤く――なってはいたが、そんなことどうでもよかった。

 うん、顔の色なんてこの際マジでどうでもいい。

 なぜなら、


「は……葉月!? お前……っ、お前、何で光ってんだよ!? 眩しっ」


 なぜなら葉月の下半身がめっちゃ光っているからだ。


 正確に言うと、下腹部と骨盤部だ。おヘソから鼠径部までの範囲がピンク色に光っている。色味は淡いが光度は高く、ブラウスとライトグレーのスカートが透けるほどだ。膝丈スカートの下からもピンク色の光が漏れ出て、床を照らしてしまっている。


「え? な、何なの、これ……!」


 葉月もやっと自分の下半身の状況に気付き、驚愕している。目を見開き、体を震わせている。

 当たり前だ。突然自分の体が光り出すなんて、恐怖でしかない。誰だってパニックを起こす。

 ここは俺が冷静に対処するべきだ。


「お、落ち着け、葉月。これ光ってるの制服じゃないよな? 下はキャミソールか? ちょっと脱がせてチェックしてもいいよな?」


 全然冷静じゃなかった。何言ってんだ俺。


 当然落ち着きなんて取り戻せていない葉月は、襟元から自分のお腹をのぞき込み、


「な……! ド、ドスケベだわ!」


「すまん、葉月。俺が悪かった。しかしやはり一旦……は? ど、どすけべ……?」


 葉月の薄い唇から飛び出したのは、俺の予想に反する言葉だった。あの凜とした大和撫子からはとても出ると思えない音が、俺の鼓膜を揺らしていた。


「こ、こんなのまるで淫紋いんもんじゃない……! 私の子宮が男の精液を求めてアピールしているだなんて……」


 おもむろにウエストホックを外そうとする葉月。俺は慌てて、その肩をつかむ。


「待て待て! 確かに脱いで確かめろとは言ったけど、俺が一旦部屋を出てからにしようぜ!?」


「いえ、どうしても会長に見てもらいたいの。私のドスケベ淫紋を。見せなきゃダメなの」


「何でだ!? いんもんって何だ!?」


「淫紋は……何でしょう、自然に口から出てきた言葉なのだけれど……見たところ、妊娠中の私の子宮の位置をアピールしていると思うのよね。会長のドスケベおちんぽセンサーでチェックしてみて」


「救急車!!」


「待って待って、会長。大丈夫だから。自分の体のことぐらい、自分で分かるわ。会長のゴツゴツとしたお手々えっろ。おほっ」


「1、1、0、っと」


「通報しないで」


 ポケットから取り出した携帯電話を、葉月にそっと奪われてしまう。ダメだ、手が震えてまともに力も入らん。


「だ、だが葉月、お前明らかにおかしいし、それにやっぱ体が光ってるってことなんだろ!?」


「ええ。そうなの。特に会長に触れていると、下腹部がジュンジュンしていく感覚があって……自分のべっちょ周りが光っているうずきや温かさを確かに感じられているわ。体調が悪いどころか、むしろ気分は高揚していて……とても幸せなの。おほっ」


 顔を紅潮させ、目をトロンとさせていながらも、立ち居振る舞いや声音はすっかり平静さを取り戻している葉月。発言内容とのギャップでむしろ危険な状態に見える。

 おほって何だ。そんな幸せに包まれたような表情で出る「おほっ」ってどんな感情の発露なんだ。そしてさっきから何で目線が俺の股間に向いているんだ。


「おほっ。べっちょべちょべちょ」


「べっちょが何なのかはわからんが、熱がこもってるなら、なおさら病院で診てもらった方がいいだろ。そもそも、めっちゃ光ってるのは事実なんだから。うん、何科なんだこれ」


「会長、『めっちゃ』だなんて品のない言葉遣いは感心しないわ。でも、分かった。光を発しているのは皮膚だと思うのだけれど……ひとまず、かかりつけの内科に行ってみるわね。昔からお世話になっている信頼できるメスの先生だし、何より診察とはいえ、万が一にも会長以外のオスに私のドデカお下品乳輪とモサモサお毛っけを見せたくないもの」


「おい、やっぱり変だぞ、お前!?」

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