第5話 ミニスカートとルーズソックス

 四月も下旬に入り、新入生の服装も乱れてくる頃合いだ。抜き打ちでの服装検査には、悪くないタイミングだろう。


 というわけで早めに登校した俺と葉月は、朝の校門前に立っていた。

 うーん、めんどくさい。めんどくさいが、葉月からの信頼度をキープさせるためだと思えばお安い御用とも言える。


 実際、隣に立つ葉月は朝っぱらからとてもご満悦そうだ。


「さすがだわ、会長。規律の守護者として、やはり服装指導は大切な仕事よね」


 パリッとしたセーラー服に、膝丈のスカート、そして白のハイソックス。まさにお手本といった感じの着こなしをする黒髪ロング美少女。背筋が伸びた素晴らしい姿勢がその抜群のスタイルを際立たせている。平均的な身長でありながら、他の女子よりも大きく見えるのもそれ故だろう。


 例えば、あのバスケ部の女子なんて俺と同じ175cmくらいはあるはずなのに――


「あら、田中さん。何なの、その短いスカートとだらしのないソックスは。バスケ部のキャプテンとして、後輩達の見本になるべき立場でしょう?」


 俺が女子の体型に注目している間にも、葉月は刺すような声音で、彼女のミニスカとルーズソックスについて指導を始めていた。


 相変わらず、服装の乱れには鋭いなぁ。そんで相変わらず流行ってんなぁ、ルーズソックス。

 正直、悪いイメージしかねーんだよなぁ。麻衣が「あはっ、哲也のおちんちんとそっくりだよね……♪」とかいうあまりにも残酷な例えしてくるせいで。

 ルーズちんぽ……いや、違うな。俺のちんぽの方が先に生まれたんだから。ルーズソックスが、大量皮余りちんぽソックスなんだ。


「ほら、会長も険しい顔で見ているわよ。明日までには直してくること」


 危ねぇ。険しい顔しててよかった。


 一方の包茎ソックス田中は、大仰に額を押さえて天を仰ぎ、


「うっわー、今日、葉月デーかよぉー! ついてねー!」


 周囲で笑い声が上がる。


「田中さん。ついてる、ついていないではなくて、これは学校のルールなのだから、この学校の生徒であるあなたは常に守っていなくてはならないのよ」


「はいはーい。ダサスカートとダサ靴下でも男にモテるお上品お嬢様の説教いただいちゃいましたー」


 またもやドッと沸く周囲。

 一年生らしき生徒達はオドオドと体を縮こまらせながら通り過ぎていくが、二、三年の、特に服装や言動が派手目な生徒は、田中を囃し立てるかのように盛り上がっている。


 対して、葉月は表情を崩さぬまま。再度口を開こうとするも、「イケてる連中」の騒がしい笑い声に圧されたように、細い息だけ漏れる。それでもやはり、副会長の威厳は保ったまま、背筋をピンと伸ばし続けている。


 これは……うん。何ていうか……


「田中。それと石井、斉藤、原さん、峰元」


 俺の呼びかけに、下品な笑いがピタッと止む。


 よし、俺の数少ない特技の一つが炸裂したぜ。その名も、大声。シンプルな大声。

 決して怒鳴ったり叫んだりするわけではない。あくまで落ち着いたトーンでありながら、俺が腹から出した声はよく響く。中身がない発言にも妙な説得力を持たせることができる。と、麻衣が言っていた。褒めるときまでいちいち失礼だ。


「な、何だよ、難波。お前まで説教かよ」


「お前らは社会のクズだ。なぜなら制服を着崩しているからです。不純異性交遊しているからです」


「は……はぁ……!?」


 田中を中心としたチャラ目の男女グループ全員が目を丸くする。

 ついでに、というかそれ以上に、葉月も瞠目していた。

 クズ共も葉月も、俺がまともな服装指導をするものとでも思っていたのかもしれない。


 うん、俺も思ってた。それでこの場を収めるつもりだった。一番合理的な方法だし。だというのに、ついつい口が、体が動いてしまったのだ。


 だってこいつら不快なんだもん。


 俺は数歩前に出て、チャラグループに詰め寄る。

 格闘技をやっているという石井と野球部エースの斉藤は体格もかなりデカい。が、関係ない。

 なぜならこいつらは神聖な校則を破っているからだ。つい昨日の夜、神聖な校則を破って幼なじみを泊まらせたことなど関係ない。なぜなら誰にもバレていないからだ。


 麻衣の寝顔が可愛くて朝っぱらから癒やされた自分を棚に上げ、俺は説教を続ける。


「ルールを破ってるのは自分たちだという自覚はあるよな? それを指摘されたんだから素直に反省しろよ。間違いを犯したこと自体は仕方ない。だが、これだけは言わせろ。正義を茶化すことで、自分の非から目を背けるなよ。うん。うちの! 世界一正しくて世界一かっけー副会長様を! バカにすんな殺すぞ!」


「ええー……お前の私情かよ……校則どころか法律破ろうとしてんじゃん。殺すなよ」


「確かに」


 ドリチンソックス田中にドン引きされてしまった。正論だった。正論だったので俺は素直に自分の過ちを認めて反省する。それができる男、俺。


「俺の言葉遣いは間違ってたな。ごめんなさい。だが、葉月に非は一切なかった。いつだって葉月は正しい。正しすぎるくらいに正しい。服装については直せばいいとして、発言と態度については謝ってもらおうか」


「か、会長。私は、」


「あぁ? 何でテメェにそこまで言われなきゃなんねぇんだよ」


 しばらく固まっていた葉月が、ようやくハッとして、俺のワイシャツをつまんできたのと同じタイミングだった。

 身長185cmはあろうかという大男、この高校には珍しくヤンキーっぽい見た目の強面野郎、石井が声を上げる。


「何でってそりゃ、俺が生徒会長だからだ。そういう役割があるからだ。葉月。今日のところはお前は教室行ってろ。こいつらには後で謝罪させよう」


「ちっ! だからオレはテメェみたいな生真面目ダサ男に指図されんのが――」


「そこまでです! 時代錯誤な服装指導など、この夏目が止めてみせます! 独裁生徒会を論破します!」


 青筋立てて詰め寄ってきた石井、それをなだめようとする斉藤・田中、綺麗な顔を青ざめさせる葉月、どんどん集まってくる野次馬たち。


 ――それら全てを蹴散けちらすように、小さな体を無理やりねじ込み、俺らの間に飛び入ってきたのは――


 この高校の活動家、ファイヤーストーム女人禁制廃止派の急先鋒、俺の唯一にして最大の政敵、ボーイッシュな見た目の元気っ子、夏目であった。クリクリお目々がギラギラ輝いていやがる。


「な、何だこの女……!?」と狼狽うろたえる石井など見えていないかのように、俺と葉月につかみかかってくる夏目。150cmに満たないであろうその体躯をぴょんぴょん飛び跳ねさせながら訴えてくる。


「難波会長、葉月先輩! いつも言ってますけど、時代はもう昭和じゃないんです! 21世紀を控えた新しい時代なんです! これからインターネットが普及していけば、価値観もますますグローバルになっていくはずです。それなのに、うちの学校はまだ昭和のまま。こんな古い校則に縛られてるなんておかしいと思いませんか? これからの社会は、個性と自主性が大事になってくるのです!」


 いや夏目、お前空気を読もうぜ……?

 と、呆然とする俺とは対照的に、葉月は活力を取り戻したかのように目を爛々とさせていき、いつもの不遜な態度で、


「確かに、新たなメディアの台頭は私達を取り巻く環境にも影響を与えていくことでしょう。しかし、それを『校則を変えるべき』という結論に結びつけるのは論理が飛躍しているわ。学校は社会のルールを学ぶ場であり、個人の自由と秩序のバランスを取ることが重要なのよ」


「その社会の方が変革し始めているという話です! わたしたち高校生も携帯電話を持つようになって、学校という箱庭の狭さがより際立つようになりました。若者にとってのコミュニティはもはや学校だけじゃないんです。学外では、すでにみんなが自由に自己表現してるんです。昔みたいにみんなが同じ制服を着ていればいいっていう発想自体が、今の時代には合わなくなってるんじゃないですか? こんなルールのせいで学校に来るのが辛いって人もいるんです! そういう人を見捨てないでほしいんです!」


「なるほど、通信手段の発展により生徒達のコミュニティの範囲が広がっているという事実は認めましょう。しかし、外での自由と、校内での規律は別問題だわ。自由という名の下で、ルールを無視することが許されるわけではありません。むしろ、個人が負う責任はより重くなり、自分を守るためにもルールの重要性が高まっていると言えます。こんな時代だからこそ、学校は、均一性と一体感を学ぶ貴重な機会を生徒達に提供するべきなのよ。それに、ミニスカートやルーズソックスが本当に自己表現なのか、それとも単なる流行の模倣なのか、考えたことがある? 彼女達のファッションは果たして個性や自主性と呼べるのかしら」


 よどみのない葉月の反論。美しい。俺はこの揺るぎのなさに憧れたんだ。

「ぐぬぬ……!」と歯噛みする夏目。しかし微塵も諦めることなく「自己表現がー!」「多様性がー!」とカウンターを続けている。熱い。それがみんなのためになると思うのなら、夏目は何も恐れない。臆さない。

 この真っ直ぐさに、俺は闘争心を刺激され続けている。目的云々だとか抜きにして、こいつに負けたくないと思わされている。まぁ葉月がいなかったら普通に負けるんだが。


 そして、この二人が、学校中を巻き込んだ戦いを生み出しているのだ。

 それこそが、伝統行事ファイヤーストーム女人禁制の廃止か存置かという議論であり、俺もそこに矢面やおもてとして参加させてもらっている。


 二人の即席討論会の熱気に、ギャラリー達も注目し、生徒会支持派と夏目支持派からの野次も飛び始めている。

 そんな雰囲気に気圧されたように、石井も舌打ちをして去っていく。後ろ姿が妙に小さく見えた。

 この場を、いや、この学校を支配しているいるのが、この二人の美少女だということをひしひしと感じさせる瞬間であった。


 うん、俺も矢面君として頑張らせてもらおうっと! 夏目の矢、鋭くて痛いんだよなぁ……!

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