第4話 iモードとバイアグラが登場した年
「キャンプファイヤーと言えばさぁ、昔はよく一緒にキャンプとか行ってたよねー。今年は久しぶりにやろっか?」
ベッドに座り、足をブラブラさせている麻衣。いつも通り、自分の部屋かのようにくつろいでいやがる。この部屋の主である俺はそのベッドに背を預けて床に座ってるというのに……健康的な生足がちょくちょく肩に当たってイラッとする。
「だからキャンプファイヤーじゃねーって言ってんだろ。ファイヤーストームな」
「女子はみんなキャンプファイヤーって言ってるよ? 儀式だとか何とか建前言ったって、実質はレクリエーションじゃん、あんなの。大部分の女子は参加したがってるけどなー。二高とか三高行った子らに聞いたんだけど、やっぱ後夜祭で彼氏できたりとか、既に付き合ってる子らは一番いい思い出になったりとかするみたいじゃん?」
まぁ、それもまた正論だろう。だが、
「男女がイチャつくために伝統廃止だなんて通るわけねーだろ」
「……通るくない? 過半数が望むんなら、それで。民主主義ってそーゆーもんじゃない?」
確かに。
「そういう面もあるかもしれねーけど……むしろ俺らは、廃止派がその点を強調してきたときこそがチャンスなのかもな。女性差別的な意見には表だって賛同を示せないイケてないグループの奴らも、伝統の恋愛イベント化には堂々と反対の声を上げられるだろう」
「ま、実際現役生で廃止派に反対してんのなんて、八割方はそのタイプの人らだしねー。あとの二割は葉月ちゃんみたいなタカ派の人たち」
「ああ。その保守派だって、男女のイチャイチャで伝統が穢されるってのが一番受け入れられねーだろうしな。誰よりもまず葉月が」
結婚を前提とした真剣なお付き合い以外、ハレンチ認定しちゃう淑女だからな。
「でもなー、麻衣は何気にイチャイチャしたがってる人らの気持ちもわかっちゃうけどなー」
「安心しろ。対策は考えてある。何も、少数派を切り捨てるなんて言ってるわけじゃねーんだ。俺が目指すのは、最大多数の最大幸福だからな」
「……なにそれ。絶対あんたから出た言葉じゃないっしょ。また文ちゃんの受け売り?」
ちくしょう、カッコつけたのにバレた。何かムッとした顔してやがるし。いいだろ、たまにはカッコつけたって。
「言葉は受け売りだが、対策案は俺が考えたものだぞ。イチャつきたい奴らにはな、イチャつける場を作ってやればいいんだ。陰に――見えねぇとこにな。ファイヤーストームが見渡せる旧部室棟の屋上と物理準備室が、生徒会のミスで開放されてるって噂をそいつらに流しとく。っていうか、お前が流すんだ。うん、麻衣に頼もうと思ってた。元コギャルだし得意だろ、噂流すの」
「……ふーん、そーゆーこと言っちゃうんだー。麻衣、噂話とか一番嫌いなのに。哲也の小さいころの恥ずかしい話とかも広めないよう頑張ってきたのに」
確かに。見た目によらず、そういうところあるよな、こいつ。
「すまん、俺が悪かった。だから引き続き頑張ってください、末永く頑張り続けてください、お願いします」
「うん、しょーがないから哲也の恥ずかしい話は一生麻衣ちゃんだけの秘密にしといたげる」
よかった。満足げな顔してやがる。なんか機嫌直してくれた。この機に乗じて、引き受けてもらおう、この仕事。
「まぁ、何だ。お前の友だちの彼氏持ちコギャルとかに軽く聞かせておくだけで充分だから。それならいいだろ? これは誰か
「そーかなー。好きな人とはもっと堂々とくっつけた方がいいに決まってんじゃん。そんなコソコソした場所でイチャつけたとこでさー」
「ふっ、まぁ説明してやろう。お前は文と違って、俺の裏の意図まではわからんだろうしな」
「は?」
「結局こっちの方が恋愛目的の奴らのためにもなるんだよ。禁止されていることを秘密裏にやった方が、あいつらにとってもより良い思い出になるってもんだろ? 上に恵んでもらった炎を囲むよりも、雰囲気はずっと燃え上がるってわけだ」
「…………」
それが人間心理ってものだ。
そもそも女人禁制反対なんて意見自体に、これと似た心理が働いていると思う。
結局、本気で男女差別撤廃という正義を持ってる人間なんかは少数で、ほとんどの奴らは体制に歯向かう自分に酔っているだけなのだ。
なら、酔わせておけばいい。
映画か漫画の主人公になったような気分をたっぷりと堪能させてやる。最終的に体制に負けたことも含めて、青春の輝かしい1ページにしてしまうのだろうから。
「何なら、情報流布への報酬として、お前もそっちに参加したっていいんだぞ? 本番時の監視の指揮は、葉月と文でやってくれるだろうし」
「……ねぇ、なんかムカつくんだけど」
「え」
麻衣はベッドから降りて、そして何故か俺の太ももに
「また不機嫌に……俺、怒らせるようなこと言ったか?」
「ずっと言ってる」
「ずっとか……」
「うん。四年間くらいずっと」
「そんな長期スパンで……」
「罰として七歳までいっしょにお風呂入ってたこと葉月ちゃんに言っちゃうから」
「おい、そういうのは嫌いって話はどこいった。やめてくださいお願いします」
「やだ。九歳まで普通にキスしてたことも文ちゃんに言っちゃう」
「まぁ文には別に言ってもいいが」
「やだ。言わない」
「どっちだよ……」
「やっぱムカつく」
麻衣はおもむろにショートパンツのポケットから何かを取り出し、
「ねぇ、文ちゃんにも言えないようなこと、しちゃおっか?」
そして、それを咥えた唇で、俺にキスをした。
「――――」
口内に侵入してくる、柔らかな舌。俺の舌を犯すように絡みついてきたそれは、
「はい、ごっくん……♪」
「――――っ、……おい。何だ今の。ほんとに飲み込んじゃったぞ、俺」
何やら小さな粒を、俺の舌の上に滑らしてきたのだった。ウィスパーボイスによる合図に、反射で従ってしまう俺なのであった。さすが幼少期から調教されてきただけある。
「よくできましたー♪ 上手におくすり飲めたね♪ えらいえらい♪」
「ナデナデすんな。お前マジで何だ今の。フリスク?」
「ううん。さっきお姉からもらった東京旅行のお土産。何かエッチな気分になるお薬だって」
「何てもん飲ませてんだ、お前!! あのアホ姉!!」
吐き出そうとするも、もう遅い。とっくに胃に到達しちゃってる。
「そんな焦んなくたっていーじゃん。バイアグラ? ってやつっしょ。ちょっと前に話題になってたじゃん」
「バイアグラかよ……だとしたら勝手に妹に譲渡したあのアホとそれを勝手に俺に飲ませたお前に説教しなきゃいけねーな。思いっきり法に触れてるからな、それ」
バイアグラと言えば、三ヶ月前に日本でも承認されたED治療薬だ。異例なほどのスピード認可が話題になっていたのも記憶に新しい。特に、なかなか承認されないピルと対比され、男尊女卑の象徴として槍玉にあげられることもある。と、夏目に教えてもらった。
「ね? ムラムラしてきたっしょ?」
「バイアグラはそういう薬じゃねぇ。血管広げてペニスに血液が流れ込みやすくするだけだ。これ自体にムラムラとかさせる効果はねぇよ」
「え、そーなんだ……」
「だから心臓に問題を抱えてる人には絶対飲ませちゃならんし……ってか、そうじゃなくても医薬品を人に渡すな、マジで」
「え。え。え。ご、ごめん……ど、どーしよ……救急車!」
「違う違う違う。危ない薬って言ってるわけじゃなくて」
慌てふためいた様子で、ポケットから携帯電話を取り出す麻衣。「でもでも、哲也になんかあったら……!」とか言いながらオロオロしている。ご自慢のN501iをパカパカしている。そんな風に折りたためる携帯と違って、所有者の守備力は低い。いつも攻める側だからだ。相変わらず予想外の出来事に弱い。
「大丈夫だって。俺は超健康体なんだからよ」
「ほ、ほんとに?」
まぁ、もしかしたらちょっと気持ち悪くなったりするかもしれないが、そんな大げさな話ではない。バイアグラぐらいで、と言ってはなんだが、やはりこんなことで大事な幼なじみが気に病んだりしてしまうのは我慢ならない。
「ああ。でも、俺以外には絶対すんなよ、イタズラでこんなこと」
「う、うん……ごめん……」
「あとお風呂とかキスの件は葉月には……」
「言わないし。冗談に決まってんじゃん。そんな動物のマウンティングみたいなダサい真似したことないじゃん、あたし」
それのどこがマウンティングみたいなのかはよくわからんが、まぁ、しゅんとしてる麻衣は可愛いから良しとしよう。
「でも、一応心配だからそばで見てる。この部屋泊まってくから」
「……まぁ、葉月に言わないならいいが」
本気で心配してくれてる顔なので、さすがに断れない。麻衣もピリピリした家に帰らなくて住むし、一石二鳥だろう。まぁ結局おじさんに叱られることになりそうだが。俺も一緒にな!
「だから言うわけないじゃんってば。婚前の男女がお泊まりだなんて、あのお堅い副会長が許してくれるわけないもん。こーゆーのって校則でも禁止されてるし、二人だけの秘密にしなきゃ」
「まぁ死文化した校則なんだけどな。それでも葉月は厳守を訴えてるからなぁ……バレたらマズい」
そんな何気ない俺の返答に、麻衣の口角はニマっと上がり、お目々が意地悪げに細められていく。
「えー? つまり校則で禁止されてる、葉月ちゃんに言っちゃダメなようなことを、これから麻衣ちゃんとしちゃうってことー? あはっ♪ 不純異性交遊……♪ 不健全性的行為……♪ しちゃうんだー……♪」
「…………! バッ……、そっちじゃねーよ! 生徒のみでの外泊禁止の校則の話だ!」
「うぷぷっ♪ 焦っちゃって焦っちゃってー♪ 顔真っ赤だぞ、童貞くん? やっぱ、おくすり効いてんじゃないのー?」
日本男児のほっぺをツンツンしまくってくる小悪魔スマイル元コギャル。
くそぉ、またからかわれた。絶対いつかやり返してやる……!
って15年間くらいずっと思ってるな、俺。
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