FIND YOU~バロン・クラウド 過去編~

第11話 summer end 1

 10年前の話だ。


 ランドマリー共和国北部、首都のリベラフェデラーに程近い学園都市ロックウッドにあるパブは、若者達でごった返していた。

 カウンターに並べられたエールは次々とひったくられ消費される。当然だ、今日は新入生の歓迎パーティ、名門であるロックウッド大学に更なる知識と頭脳が蓄積された記念すべき日である。磨かれた木製のカウンターに肘をかけ、一口エールを口に運んだのは身なりのいい一人の青年だ。栗毛の巻毛が、パブの柔らかい光を受けて輝く。比較的整ったチャーミングな目元、頬のそばかすが目立つウルタニア系の特徴を備えた人物だった。そんな彼の隣にいる背の高い不機嫌そうな顔をした青年は、五月蝿そうに顔を顰めて周囲を警戒している。オールバックに撫で付けた髪は黒、目は鋭く神経質だ。その癖上背は高くて筋肉質。太い眉を顰めてジョッキがぶつかる音と人々の喧騒をこらえていたが、遂に耐えきれず隣の青年に不満を露わにして吐きつけた。


「アレーックス!」


 アレックスと呼ばれた身なりのいい青年は、緑色の眼球だけを背の高い男に向けた。カウンターに掛けた腕は外されない。口元には皮肉を満たしたスノッブの笑みを浮かべている。


「バロンはまだ来ないのか!」


 眉を上げて目を伏せたアレックスは答えない。答えないまま視線を前に向ける。すると人間でごった返すパブの入り口に特徴的なあの白い髪が見えた。人々の渦の中を頭ひとつ出た長身が、合間を縫いながらこちらに向かってくる。そうしてやっとアレックスはカウンターから肘を下ろした。


「YO!すまん、遅れた!親父に捕まっててな!」


 そう叫んだバロンの声を受け入れて、アレックスが微笑み、耳元で声をかける。彼の口元に耳を寄せる為、バロンはその長身を屈ませた。


「親類縁者への自慢だろ、前日に済ましておけ!見得と体裁は奴らの本質だからな!俺とトニーは前日に済ましてある!」


 トニーと呼ばれた長身の男は答えずに、バロンの前で肩を竦めた。それを笑ってバロンが続ける。


「成金仕草だ、多目に見ろよ!」


 今度はアレックスが爆笑した。


「成金も三代続きゃ名家だ!さあ、呑めよバロン!俺達の時代の始まりだぜ!」


 ロックウッドは名門大学ロックウッド大学を包括する学園都市だ。50万人の人口を抱える都市の中に、広大な敷地が開かれ、中に文科、数学科、物理科、社会科、法科、工科、魔法科、美術科、音楽科、軍科、医科、などの様々なジャンルのキャンバスが建設されている。そして周囲には寮と下宿先、学生達の制作した美術展示館や、映画館、オペラハウス、病院から魔術院までもが存在する。学生通りにはパブや軽食屋、或いはウェルマートなどのマーケット、ディスカウントストアや本屋が立ち並び、街の全てがこのロックウッドに入学できた子弟の為に機能する。

 ロックウッドはランドマリーの上流階級、あの広大に栄える国の上位数パーセントである金持ちの為の大学だ。つまりここに入学できる金を支払える稼得能力を持つもの、その子弟たちの最終教育機関、人生最後のモラトリアム期間であり、その先の人生を勝ち続ける為の人脈を獲得する期間、彼らの最初の政治的闘争を開始するチュートリアル期間でもある。


 パブの奥にあったソファに陣取って、三人はエールと会話を楽しんでいた。口元にはチャーミングで皮肉げな笑顔、栗色の巻毛を品よくセットしている。顔にはウルタニア移民の気配があった、彼の名前はアレックス・フィッツ。ランドマリー政府の中枢、代々続いている政府官僚の息子だ。


「さて諸君、女を物色しろ。ここにいる何人を孕ませられるかで将来支払わなきゃならん養育費が決まってくる。リスク?よしてくれ、リスクを回避して男が立つか?男の働く理由の八割が養育費だ、ハードルを上げてこそ仕事の質が上がる」

 こういうタイプの人間だ。


 彼の前で足を大きく開き前のめりに鋭い瞳と太い眉を吊り上げ、その批判精神を崩さない長身のマッチョが、トニー・エンデバー。彼の父親は、ランドマリー政府、特に軍部関係の役職についている。彼もまた卒業後は軍隊への配属を望んでいた。


「何が女だ。貴様の頭の中にはすぐにそれだ。違うんだ、警戒すべきはフェニスだよ、フェニス。あいつはそのうち軍部を乗っ取るぞ。そうなった時、俺もお前も路頭に迷うんだ、今すぐあいつを逮捕すべきなんだ!」


 酔っ払ったらすぐにこれだ、とバロンは腹を抱えて笑う。随分前、一貫校のサウザランハイスクールで陰謀論を信じ込んだ時もこうだった。世界が終わると信じ込んだ彼は、宝物の一切合切を捨ててしまった。そんな彼の終末思想洗脳を解いて、アレックスと二人で捨ててしまった彼の大切なフィギュアを買い戻した。男子寮の彼のベッドサイドにはその時のフィギュア、彼の愛読書であるコミック『ダンブルウッド』の主人公、ダンブルウッドがケースに入れて飾ってある。


「フェニス如きに何が出来るんだ、今からでも銃規制をやるってんなら話は別だが。そういやこないだ、銃規制派の家にキマイラが出たらしいな。結果は聞くな、不幸な事件だった」


 そして彼がバロン・クラウド。世界の銃火器を一手に担う、クラウディアコーポレーションの御曹子である。祖父が作り出したグレイフィアというマスケットは世界中に頒布され、様々な冒険者、隊商、ギルド員の命を救った。そのグレイフィアを更に改良し、グローブラストを開発、グローブラストはランドマリー軍正式採用銃となっている。


「銃規制派に関しては心配するな。どうせモンスターどもに取って食われる。どうしてもってんなら俺が駆逐してやったっていい」 


 アレックスが言いながらエールを煽る。


「お前、リヴェール派から出るんだろ?選挙。銃規制の本拠地じゃねえか」


「ハッ!リヴェールの内情知ってるからこそだ、奴ら銃と寝てるんだぞ?俺が言うんだ、間違いない」


「じゃあ、プロバンス派は銃を寝取られたって事か?」


 アレックスの会話に飲まれたトニーが半笑いでそう言った。それを受けて返すのがアレックス。自分で言っていた、お袋は俺の心臓を作るよりも先に舌を作りやがったんだよ、と。


「リヴェール派は銃を強姦してやがる。それを見ながら世間はファックしてるリヴェール派を称賛し、プロバンス派はその動画を見ながらマスをかいてるだけだ」


 騒がしい店内にまた弾けるような爆笑が加わった。


 数時間が経った。ちらほらと家路につくものも見られはじめた午後22時、バロン・クラウドは酔っ払った目で落ち着きはじめた周囲を眺めている。トニーは日頃のトレーニングが祟って今にも寝落ちしそうになっていた。揺れるトニーの肩を揺すったバロンの視界に、ある女が飛び込んでくる。


 美しい女だった。白いドレスも儚い金髪の女だ。三つ編みを後ろにまとめ上げて留めている。酔ったバロンの冒険心が疼く気配がした。席を立つついでに、アレックスに耳打ちをする。


「アレックス、俺も将来の養育費の額を上げてくるぜ」


 背広の襟を引いた彼を、アレックスが止める。


「やめとけ、バロン。あの女だまりを見ろ。ああいう女だまりの中心には王子様がいるぞ?色白で素直で金持ちだ」

「何が王子だ、こちとら男爵バロンだぜ?」


 揺らぐ足元を正しながら、バロンは歩を進めた。真っ直ぐに彼女に向かっていき、先ずは声をかけた。

「ハイ」

 女の大きな水色の目が彼を見た。はにかみながら彼女も答える。

「ハイ」

「呑んでる?」

 手の中にはエールのジョッキだ、彼女はそれを見て体を揺らしながら笑った。

「エールは嫌いだからサングリアを呑んでる」

「楽しめてる?」

「それなり」


 OK、ファーストインプレッションは成功だ。


「俺はバロン・クラウド。君は?」

「マリア。マリア・ロス」

「マリア。いい名前だ」

「男の人ってみんなそういうのね」

「本当さ、聖母だろ?男はみんな理想を求めてる」

 笑った彼女を見て、バロンは更に踏み込んだ。

「学生?」

 YES、を伸ばしながら彼女は答えた。

「学部は?」

「声楽」

美術アートか」

美術アートね」


 そう言った後、彼女は後ろを向いた。金色の後毛がパブの柔らかな光に反射して、魔法の様に鈍く光った。そしてバロンに向き合った彼女は、何処か熱っぽい表情で彼に言ったのだ。


「学部の友人と一緒にきたの。彼の演奏が始まるわ、貴方にも聞いてほしい」


 彼、の言葉に一瞬身が引けたが、友人という言葉がそれを打ち消した。OK、と伝えたバロンの前方、パブに用意されていた簡易な舞台に一人の青年が立った。バイオリンを手にしたその青年は、華国人の特徴を有していた。黄色の美しい肌、流れる黒い髪、エキゾチックの美を讃えた美しい青年。その青年が徐にバイオリンを肩に担ぐ。


 バロン・クラウドとバイロン・クーパーはこうやって出会った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る