第9話 Flash To Flash 3
「邪魔!」
銃声の中、女の声が響いた。邪魔って言われても!と多治比は腹で反論したが、口を開けば舌を噛みそうだったので、瞼だけをどうにか押し上げて女の姿を確認した。頭を少し上げた多治比の頭頂スレスレに彼女の放った銃弾が掠めていく。だからやっぱり頭を抱えてうずくまった。
「生きてる?生きてなかったら、撃つし、死にかけてたら殺して、あげ、る!死にたくなかったら、死ぬ気でクラスルームまで、走りな、さい!」
銃の反動に声帯を揺らしながら、女は強い口調でそう告げた。クラスルーム?外国語などに触れた経験がない多治比ではあるが、同室の大神がそんな話をしていた、と思い出した。クラスルーム、あれは確か大神と最近見た春本の話をしていた時だ、舶来の春本、春画の確か、脳の何処かがそれで繋がり、教室の事か!と理解できた。引き戸まで数センチ、体を小さく伏せながら飛び出す態勢を整えた。
「3秒くれ!」
多治比は女を見ずに叫んだ。3秒。聞きつけた女の銃撃が止まる。彼女の後ろにも、数十体の異形が蠢いている。そいつは大神の顔を、そして今や死んだ多治比の家族の顔をして彼女に迫っていた。考える暇はない。1。足を起こし、踏み出した。2。教室の引き戸に手をかけ開け放ち体を入れた。首筋が一瞬燃えるように痛んだ。女は再度銃を構え、3。多治比の肉体が教室の中に転がり込んだと同時、辺りを掃射する彼女の銃撃が始まった。教室の中から、多治比寅吉は彼女の銃撃を見学する。見事だった。マンストッピングのお手本の様な掃射だった。足を削る、或いは頭部へのヘッドショット、後退する異形どもを威嚇しつつ、振り返っての後方への掃射。だから彼女の全てに余裕が感じられた。銃声と異形達の断末魔の中、彼女の靴音が板間を鳴らす。藤色のスカートがふわりと薔薇の香りを辺りに振り撒きながら翻る。そうして彼女もまた、背中からクラスルームの中に体を入れた。何かを感じたのだろう、異形達が騒ぎ立てながら彼女の肉体に追い縋る。しかし。異形達の肉体は教室の中に入れない。鋭い爪が開け放たれた入り口を引っ掻こうとした瞬間、ばちり、と音がして鋭い爪と干からびた手を破壊する。異形達が泣き叫ぶ、何かを懇願した様に絶叫し、教室の周囲を包囲し始めた。
銃を下ろした彼女は言う。
「入れないのよ、あいつらはね。支配周波数が違うし、そもそもこのピノッキオは物理的な攻撃も無効化する」
ピノッキオ。単語を聞いて、なんとなく多治比は教室の四隅に目を向けた。銀色の光る玉が四隅に張り付いている。徐に銀色の球体の一部が開いて、そこから青いレーザーが照射され始めた。女のすぐそばだ。
「本当にムカつくわ。このユニフォームカワイイわよ?色もデザインもいいし。でもちょっと」
青いレーザーは彼女のそばに、トランジスタラジオの様なものを描き始めた。それはレーザーの幻影から段々と現実感を伴って構成され始める。青い直線のレーザーがなぞった通りに現実に生成されたトランジスタラジオは、女性の音声でこう発言した。
『ナノテクノロジー3Dプリンター、ドロシー。起動します』
「スカートが重すぎ」
異形達は更に数を増やし、クラスルームの周囲を埋め尽くしていた。ドロシーの上部には透明な箱が設置されてある。彼女もまたドロシーの前に立ち、数字のスイッチをランダムに押した。多治比寅吉にはそれがランダムに見えたけれども、恐らくは何かしらの規則性があるのだろう。彼女がドロシーに触れた直後から、トランジスタラジオの上部に設置された透明な箱の中に、何かが生成され始める。ドロシーの起動音と、異形達の騒ぎ立てる声を聞きながら、多治比が細い声で彼女に聞く。
「………あいつら、なんなんだ?」
「ツォロム。ここはウィッチのテリトリー、シバルバーってヤツよ。シバルバーに誘われた人間、迷い込んだ人間が、恐怖を啜られて壊れた結果がアレ。もう戻んないわよ」
「元は、人間、って事?」
「元っていうか、人間だわね。もうぶっ壊れちゃってるからどうにもならないけど」
ドロシーが何かを生成し終えた。透明な箱の中には筒状の黒い物体が生成されてある。それが四つ。全てを取り出し、彼女はそれを組み立て始めた。ドロシーの生成は終わらない。次には巨大な制御機構。コードが至る所にぶら下がりまるで蛇の巣の様な有様だ。一つ一つ彼女はそれを組み立てる。コードを繋ぎ、四つの筒を繋げ銃砲とした。銃砲は更に6つの砲身を束ねてあった。束ねられた砲身を制御機構に乗せる。まるで最初から一つであったかの様に、砲身と送弾機構はピッタリとくっつき融合した。
「可哀想とか思わないでよね。ちなみに私は可哀想だなんてカケラも思ってない。これが私たちの仕事だし、村正からの依頼。助かってよかったわね。死んでても同情しなかったけど」
彼女は語る間にそれを設置し終わった。その合間にも壁を殴る異形達の叫び声が聞こえてくる。うっさいわねえ、もう、などとボヤきながら、最後の装置、取手部分を設置した。銃砲のみでも1メートル、その後ろに盛り上がった銀色の丘の様な装弾機構、外部にハンドリングの為の取手をつけたそれに、6000発の弾帯を設置して、開け放たれた入り口にその円形の銃口を向ける。六つに纏められた黒い銃砲が静かに回り始める。その銃口に灰被り姫の高らかな嘲笑を伴って。
「さあ、お掃除の時間だわ。踊りな。シンデレラ」
辺りを徹底破壊するガトリング掃射が始まった。20ミリ弾が教室の壁をガラスを扉を破裂させ破壊する。その向こうにいるだろうツォロム達も血を吹き上げながら血飛沫の中倒れていった。破壊の爽快感と暴力の歓喜をその頬に湛えて、女は笑いながら反動に全身を震わせる。彼女の大きなバストがまるで水風船の様に震える、細い腕の奥に隠れている筋肉を引き攣らせて、バルカン砲の銃口を右に左に操作する。送弾機構に飲み込まれていく弾帯はさながら開かれた経文折の如く、灰色の機関銃に飲み込まれて薬莢になって消えていく。やがてドロシーが用意した6000発の銃弾を打ち尽くした彼女は、やっと高速で回転するそのガトリング掃射を停止した。熱を持ち赤黒く光る円形の銃口から水蒸気が立ち上る頃、彼らの前には木の屑とガラスの破片、そして地にふした無数のツォロムの死体が散乱する事になる。
板間に座り込んだ多治比が誰に言う訳でもなく呟いた。
「掃除ってこれ、誰が片付けんだよ………」
振り返った女、ローズ・パーカーはそんな彼を見下げながら腰に手を添えてこう答えた。
「知らない。私の仕事じゃないし」
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