第8話 Flash To Flash 2
少年二人は耳の端に爆竹の破裂音に似た音を聞いた。
パン、パン、一呼吸開けてパン、パン。
音と同時に多治比寅吉に迫っていた異形の頭に穴が開き、そこから赤い血が吹き出した。
動けなかった大神恵一の背中から聞こえた破裂音は、一塊になった異形どもの侵攻を妨害する。
彼らは見た。
多治比寅吉の目に映ったのは可憐な少女。藤色の女子制服をはためかせ、銃を構えながら女が歩いてくる。その目に恐怖のかけらも浮かんではいない。腋を締め、しっかりと対象を見据えた女が、再度トリガーを引いた。耳のそばを走った銃弾の気配を感じて、慌てて頭を抱え床に伏せる。人など見えていなかったかの様に、女は腕を震わせながら小銃を乱射して、異形に挑んでいた。多治比は心底ゾッとする。こいつ、普通に人殺す気じゃねえか!
大神恵一は振り返る。そこには真っ黒いスーツに身を包んだ長身の男が、パンツのポケットに手を入れて銃を構えた状態で突っ立っている。口元の不敵な笑みは、融合した異形に向けられていた。彼の握る銃の大きさと言ったら。人の前腕から手首ほどの大きさ、鈍い銀色、男の目立つ頭髪と同じ色をした拳銃がその銃口から白い煙を吐き出していた。男の太い腕が引き絞られる気配がした。瞬間、大神恵一もまた頭を抱えて床に伏せる。頭上を何かとてつもない質量の物が一直線に飛んでいき、異形たちの何処かに着弾した。
銃を撃ちながら彼ら、バロン・クラウドとローズ・パーカーはまるで示し合わせたかの様に同時に発言する。
「「ピノッキオ」」
鳴らした指に呼応して、彼らの中指に装備されているリングが光り、展開する。小さな八つの浮遊する球になったそれらは、彼らの右手にある教室のガラスを割って飛び込み四方に展開して空気を揺らした。
黒いスーツの男がその長く鋭い歩幅で足を滑らす様に走り始めた。彼の相棒であろう銀色の拳銃がほえながら、一つになった異形達の侵攻を封じる。大神恵一の眼前で異形どもの肉体は被弾し、焼かれ、血を吹き出す。怪鳥の鳴き声に似た異形の悲鳴の中、ぐちゃ、びちゃ、と異形の肉体が崩れていく。頭と目を、異形どもから溢れでた体液から守り体を小さく地に伏せたまま、脅威が去るのを歯を食いしばりながら耐えた。そうこうしているうちに、自身の後方に位置していたであろう教室の扉が蹴倒される音がして、再度銃声が響く。何事かを確認しようとした瞬間、首の後ろのカラーが引かれ喉を詰まらせた。体が空中に浮いて投げ飛ばされる。首の傷跡が一瞬かっと熱く痛んで、ついで教室の板間に体を打ち付ける衝撃があった。首をあげて男を確認しようとする。直後異形が天高く腹を震わす声で泣き叫んだ。未だ教室の外で異形と対峙しているその男の銃が再び火を吹く。大きく開いた異形の口の中に銃弾をお見舞いして、痛みに肉をふるわす異形の姿を嘲笑った彼が叫ぶ。
「
銃を構えたまま背中から教室へと滑り込んだ彼は、直後踵を返し吠える異形に背を向けた。銃をホルダーに仕舞い、ジャケットの上着からタバコとジッポを取り出して火をつける。教室の板間にへたり込みながらもやっと体を起こした大神恵一の前に男はのんびりとその長い足を翻し歩いてきた。口元にはランドマリー製のタバコ「デリンジャー」を咥えている。後ろにいるだろう異形は、その体積を更に押し上げ教室を破壊しようと企んでいた。無数に開いた肉の花の一部が鋭い槍の様な形態になり、教室のガラスと柱を同時に破壊せんと突っ込んだ。しかし。
ばちり、と雷が落ちた様な音が周囲に響いて、次の瞬間、肉の槍はその先端から柘榴の様に弾け飛ぶ。やはり後には怪鳥の絶叫、その絶叫を背なで聞いたバロンは、青い瞳を異形に向けた。
「……ガキの頃、アイス屋のジジイにおちょくられた事があってな」
言いながら彼は指を鳴らした。四方に展開する銀色の球体の一部が自動で開く。そこから青いレーザーが彼の側に照射された。何かを書き出す様に一直線に空間をなぞっている。
「アイスを渡されたと思ったら、ジジイの手の中に一番美味い部分がある。俺が嫌な顔をすると笑いながらまたアイスを盛ってくれる。だけど次の瞬間取り上げられるんだ。ガキの頃は、こんなクソジジイには絶対ならねえって決めたもんだがいやはや、時間ってなぁ、残酷なモンだな」
青い光線は彼の側に何かの装置を作り出した。古いトランジスタラジオの様な装置、ラジオの上に透明な箱の設置された奇妙な機械が彼の側に鎮座する。そのトランジスタラジオが機械音声で発声した。
『ナノテクノロジー3Dプリンター、ドロシー。起動します』
「今じゃそれが一番面白ぇや」
そう発言し笑った男が、ドロシーと発言したそのラジオの一部分、数字の書かれているスイッチをランダムに押した様に見えた。突然音を立て動き出したドロシーは何かしらを書き出し動いている。透明な箱の中にまた小さな球体が発生した。書き出しの終わりを確認して透明な箱を開き、中の野球ボールほどの球体を引っ張り出す。
「おい、ガキ。耳塞いどけよ。脳が煮えるぞ」
半笑いでバロンはそう言ったけれど、大神恵一には何事かわからない。わからないけれど、この男の言うことは聞くべきだと判断した。何故なら既にその銀色の球体から、空間を震わす波動の様な物が発生していたからだ。バロン・クラウドは振りかぶってその玉を教室の外、異形たちの足元にそれを投げた。転がる玉から発される何かしらの周波数、その音が大きくなる。耳鳴りと頭痛が伴って大きくなる。大神恵一は痛みに耐えきれなくなって、思わず耳を両手で塞いだ。その隙間からも周波が侵入してくる。目の奥が膨れる様に熱を帯び始めた。喉の奥から何かが迫り上がっている様で、吐き出す様に口を開けた。異形の足元で球体は一定の間隔で白く点滅し始める。直後、球体から機械音声が発された。
『マイクロウェイブ発生装置マーメイド。起動します、安全を確保し衝撃に備え——』
どしゃり、と水風船の破裂する音が周囲に響いた。教室の外で蠢いていた異形はその内部から粉々に爆発四散してしまった。恐らくは、結界で閉じているのだろう、教室のガラス一面に真っ赤な血液が張り付いている。が、割れたガラスの先にその流血は入り込まず、透明な空間の外側を肉片と共に流れていく。
目を白黒させながら、その圧倒的な科学力に目を見張った大神恵一の側、ドロシーと呼ばれたトランジスタラジオの隣に、教室の椅子を引っこ抜いて設置したバロンが、長い足を組みながら腰掛ける。同時に口の端を意地悪く引きながら、腰の抜けた大神恵一に向けて呼びかけた。
「ところで」
絶句して目を見開いたままの大神恵一が、呼びかけに応じて固まった表情のまま座る男に視線を向ける。
男は口を尖らせて暗い空中に白いタバコの煙を吐き出した後、事もなげに大神恵一にこう言った。
「追われてるんだ。助けてくれ」
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