第22話 新たな武功と恋煩い②

カルカは、執務室で行っていた業務をいったん中断し、侍女すら連れずに自室へと戻ってきた。


そして、そのままベッドへと倒れこむと、大きなため息をつく。


「はぁ…」


カルカは自身の身と心に起きている変化に、大きな戸惑いを見せている。


…原因はわかりきっていた。


「…ウル様…」


カルカは小さく想い人の名を口にすると、ゆっくりと目を閉じる。


すると、瞼の裏に、ウルの戦闘の光景が鮮明に蘇る。


「かっこよかったなー…」


目で追うのがやっとの身体捌きと剣捌きで、バッタバタと亜人と悪魔を斬り伏せる姿…。陽光が反射してきらめく、白銀の鎧と二刀の片刃の剣…。


そして誠実で優しく、耳触りの良い声…。


極めつけは…。


「あの美しいお顔を…いつまでも見ていたいわ…」


カルカのその言葉に、偽りはない。だが、式典の時もそうであったが、いざウルの整った顔を思い返すと、顔が熱くなるのを感じる。


「あ…♡…でも、もう、まともに見られる気がしない…♡」


長くも短くもない、丁度良い長さの黒髪…。吸い込まれそうなほどに綺麗な黒目…。そして美しい中性的な顔立ち…。


「うぅ…。でも、やっぱり会いたい…♡。色々とお話を聞いてみたい…」


聖王女という立場上、中々同じ目線で会話をすることができなかったことが、カルカの心を更に締め上げる。


自分が町娘であったら、どれだけ楽であっただろうか。


今だけは聖王女の名を捨て、ウルのところへ駆けだしてしまいたい…。そんな強い気持ちを抱いていた。


今までも何度か聖王女という立場の重圧に苦しんできたが、今回はその比ではないほど、心が酷く締め上げられているのだ。


「…♡。これが…恋…♡。はぁ…こんなに苦しいものだなんて…♡」


カルカは、ベッドの上でモゾモゾし始めると、布団を丸めて抱きしめる。


丸めた布団を、ウルに見立ててギュッと腕に力を入れる。


そして恥ずかしくなり、布団に顔を埋める。


…しかしやはり見立てて抱きしめる、を何度か繰り返し、また大きなため息をつく。


「…会えなくてさみしい気持ちはあるけれど…嫌な気持ちではないわ…♡」


今度は鼻から息を漏らす。


「あぁ…ウル様…。一体どのような女性が好みなのかしら…♡。髪の長さは今のままの方がいいかしら?…やっぱり18歳くらいの若い女性の方がいいのかしら…。で、でもあたくしだってローブルの至宝と言われているもの…。負けてないわ…、いや、まけてない…!」


そんな風にして自問自答を繰り返しながら、カルカはいつの間にか眠ってしまっていた。


…ウルと一緒に手を繋いで街を歩く、そんな甘い夢を見ながら。





ギガントバジリスクの討伐を終えたウルは、数日の休日を設けた後、首都ホバンスへと向かった。


首都ホバンスから北北東の位置にある、地図で言うとポッコリとデベソのようになっている半島のような場所にある山岳地帯に、リトルファイヤードラゴンを発見したらしい。


推定難度は120ということで、ギガントバジリスクと比較しても危険であったが、彼のドラゴンが成体になれば、更なる危険が迫るとのことで、討伐依頼が出された。


カリンシャから向かうには、少しばかり距離があったため、首都ホバンスの北側にある、海に面した街で一夜を過ごしてから、目的地へと向かった。


この街は、聖王女派閥筆頭の大貴族が統治する土地であった。


今回の依頼は、この大貴族からの依頼であった。


一日かけて山岳地帯へ到着し、1日半探し回ってようやく見つけるに至った。


リトルファイヤードラゴンのレベルは、ユグドラシル単位でもレベル50に満たない敵だったため、特に苦戦することなく、制圧して見せる。


ギガントバジリスクとの違いがあるとすれば、倒すのに一撃ではなく二撃を要したというところである。


さすがに手を抜きすぎたと反省するウルであったが、現地人からしたら凄まじい武功であることは言うまでもない。


そのため、依頼主の大貴族の街へ討伐したリトルファイヤードラゴンを運び込むことで、街中が大騒ぎになるのも無理はない。


「す、すげー…ドラゴンを討伐したのか…」


「あれが最近噂の白銀の聖騎士様か…」


「なんて凛々しいお姿なのでしょう…」


街ゆく人々は、ウルの姿を一目見ようと、街道の端に集まり、覗き込むようにして見つめている。


そうして街の大通りを城のある方向へと歩いていく。


大きな天使と思しき像がある大広場に行くと、今回の依頼主の高貴な男性が目に入る。


年の頃は35歳前後であろうか。


些少顔に皺が出始めて入るが、いかにも大貴族と言った様子の凛々しい顔立ちをしていた。


大貴族の男性は、ウルの討伐したリトルファイヤードラゴンを見て、酷く驚いた様子を見せた後、討伐に至るまでの経緯を聞いてきた。


ウルは発見から戦闘、討伐に至るまでの流れを丁寧に説明した。


大貴族は神妙な面持ちで話を聞き、時折質問も交えながら会話を続けた。


暫くそんな風にして、互いに会話をしていたが、大貴族が思い出したように、今回の報酬の件を思い出し、傍にいた執事に用意させる。


ウルはそれを快く受け取ると、大貴族がある願いを口にした。


「して、ウル殿。この街にも貴殿の名声と共に、その顔立ちについての情報も知れ渡っていてな」


「はぁ…私の顔立ち…ですか?」


ウルは大貴族の言葉に、『南方の生まれとか、黒髪黒眼ってそんなに珍しいものなんだな…』と思いながら話を聞いている。


…勘違いも甚だしいものである。


「それで、もし可能であれば、お顔の方をお見せいただけないかと思ってな」


「ええ、まあ、別に減るものでもないですし、構いませんよ」


ウルは大貴族の言葉を受け入れる形で、ゆっくりと兜を脱いでみせる。


…案の定、大貴族も、後ろに控えている執事も、そして周りの民衆も石になったように固まる。


ウルはここで初めて、中央砦城内とカリンシャの大通り、そして式典の時と周りの反応が同じであったことに気付く。


…だが、本質の部分にはまだ気づいていないのである。


「まあ、こんな感じで、髪と目の色は珍しいですが、ごく普通の顔立ちですよ」


ウルは少し気恥ずかしそうに口を開き、微笑んで見せる。


多くの民衆が、心打たれたかのように一歩後退する。


勿論、ウルの言葉に感銘を受けたからではない。


「ふ…ふ…」


「…?」


大貴族は何やら言葉に詰まっている様子であった。


ウルは頭に疑問を浮かべながら、大貴族の言葉を待った。


「ふ、普通なわけがないではないですか!!何という美しき顔立ち!!!こんな美しい男、見たことがありませんぞっ!!!!」


「(え…?)」


ウルは何を言っているのかわからず、心の中で大貴族に対して疑問を抱く。


そんな風に反応のないウルのことなどお構いなしに、大貴族の男はガバっと振り返り、後ろにいた可愛らしい女性の背中を押してウルの前に立たせる。


大貴族の男と顔立ちが似ている。


娘さんであろうか?


ウルのそんな疑問は、大貴族の怒号にも似た声に、かき消されることになる。


「こ、これは私の娘で、ユミナという!!歳は16だ!!自分で言うのもなんだが、顔立ちもよく、頭もいい、そして愛想もある!!!ど、どうだろうか!!娘を嫁に貰ってやってはくれぬか!!!」


大貴族の男に差し出されるようにして紹介された娘は、とても緊張した様子で頬を赤らめている。


確かに、顔立ちからして年の頃は16歳あたりであった。綺麗な銀髪を腰まで伸ばしている。身長は少し低めで150センチ程度といったところであった。


だが、その緊張の中にあっても、スカートの両端をつまみ、軽く会釈をして見せる。


いつものウルであれば、『綺麗なお嬢さんだなー』とか『おお、貴族の女性って感じの所作だ!』とか思うところもあったであろう。


しかし、今のウルにそんな余裕はない。


先ほどの大貴族の言葉、提案を頭の中で反復して理解しようとしていたからだ。


そうして暫くして言葉の意味を読み取ると、それは衝撃と共に言葉となって表れる。


…はい、皆さんもご一緒に…。せーのっ!!


「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!」


ウルはこの異世界に来て、2番目に大きな絶叫を発することになった。




結論から言えば、お断りをした。


大貴族が恥をかかぬよう、ユミナという少女が傷つかぬよう、最新の注意を払ってだ。


内容は、『身分の違い』と『自分にはなさればならぬ使命がある』というものであった。


これにより、その場は丸く収まり、心の中でガッツポーズのウルであったが、この2つ。特に

『自分にはなさればならぬ使命がある』という部分が後に尾ひれに尾ひれがついて、取り返しのつかない事態へと発展していくのは、まだまだ先のお話である。

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