第20話 恋心

「カルカ様…あれはどうかと思いますよ…」


ケラルトは、カルカに対し、少しきつめに言葉を発した。


ここは先ほど式典を行った大広間から扉一枚挟んだ、聖王女の執務室。


ここ北部要塞都市カリンシャは、聖王女一行が滞在することが多いため、宮殿と同様に執務室が設けられていた。


聖王女の主たる執務室は、首都ホバンスの宮殿内であるため、大した装飾や設備があるわけではないが、北部要塞都市カリンシャで執り行う執務に関しては、問題なくこなせる設備は備わっていた。


そんなカリンシャの執務室で、ケラルトがカルカを叱責している理由はただ一つ。


先ほどの式典での、ウルに対してのカルカの言動であった。


最後の最後に『顔を見たい』と言った際には、些少の疑念で終わったが、その後の言動がまずかった。


聖王女としての言動ではなく、ただの恋する乙女のモノであったからだ。


「だ、だって…仕方ないじゃない…。ほ、惚れた殿方の前で聖王女でいろというのが無理な話よ…」


カルカは今だ顔を真っ赤にして俯いて見せる。


恐らくは、ウルの素顔を思い出しながら、色々と想像を膨らませているのだろう。


「限度ってものがあるじゃないですか…」


惚れた殿方の前で、素が出てしまうのは致し方ないであろう。


カルカやレメディオスと同じように、男を知らないケラルトであったが、さすがに時と場合における節操くらいはわきまえているつもりであった。


「んん?別にいんじゃないか??仲良くなれば、色々と協力を頼めるではないか!」


…レメディオスはケラルトが何をそんなに怒っているのかよくわからず、頓珍漢な質問を繰り出す。


「はぁ…姉さまはちょっと黙っていてください…」


ケラルトは呆れたようにガックシと頭を垂らす。


「そ、そんなこと言って…ケ、ケラルトだって見惚れていたじゃない!!」


カルカは小さく頬を膨らまし、ケラルトに抗議する。


「なぁっ…。そ、そんなことありません!!私は、そんな…」


突然のカルカの反撃に、ケラルトは一瞬で頬を赤く染め、全力で否定して見せる。


しかし、分かりやすいほどに表情に出ており、カルカはそれを見逃さなかった。


やはり男性経験どころか、付き合ったことすらないというのは、痛手であった。


「ふふっ!ケラルトだって…好きなんでしょ?ウル様のこと…見ていればわかりますわ!」


「うぐぅ…。で、ですが、カルカ様ほどではありません!!わ、わたしはただ…人として素敵だなと…思っているだけで…その…ふ、深い意味はありません!!」


カルカとケラルトの言い合いがヒートアップしている中で、レメディオスも何かに気付いたようにはっとした表情になる。


「私も好きだぞ!ウルのことは!!あの強さに惚れこまないわけはないからな!!!」


「「レメディオス(姉さま)は黙ってて!!!」」


「ひっ…」


レメディオスは2人の話題に入ろうとするが、なぜか口裏を合わせたように怒られてしまい、今まで出したことのない呻き声を上げて、完全に委縮してしまう。


「と、とにかく…。公式の場では慎んでください!!私的な場では…その…まあ、ある程度は仕方がありませんが…」


「う…そ、そうね…。それに関しては気を付けるわ…」


ケラルトが話をまとめるようにして釘を刺すと、カルカもそこは納得せざる終えないといった様子を見せる。


「な、なんでそんなに怒るんだ…。あたしだってウルのこといい奴だと思っているのに…」


レメディオスは、酷く落ち込んでいる。


そんなレメディオスを見て、カルカとケラルトは顔を見合わせると、クスクスと笑い始める。


「な、なにが可笑しいんだ!」


「ふふ…ごめんなさい、姉さん」


「でも…あなたにもわかる時が来るわ。きっとね…ふふっ…」


どうやら二人はそこまで怒っていないらしい。


少し安心したレメディオスであったが、肝心なことは理解できず、頭にハテナマークが発生したままであった。





式典を終えたウルは、足早に安宿に戻ろうとするが、宿の主人に宿泊を断られてしまう。


なんでも、英雄を御泊めできるような宿屋ではないから、勘弁してほしいとのことであった。


ウルは、最低限横になれればいいやぐらいに思っていたので、特に気にしていなかったが、ユーゴ兵士団長に他の宿屋を紹介するように頼まれていたと聞いて、あまり強く言えなかった。


安宿の主人に紹介されたのは、カリンシャの街で最も高い宿屋であった。


余り手持ちのなったウルは、正直にそれを高級宿屋の主人に伝えるが、『暫くのお代は兵士団からお支払い済みです』という話を聞いて酷く狼狽した。


部屋を案内され、一通り見回した後、すぐさま兵団屯所に行き、ユーゴを訪ねた。


幸いユーゴとはすぐに会うことができ、お礼もかねて挨拶をすることができた。


『さすがに宿代をお世話になることはできない』と告げると、『聖王女陛下の意向もあるので受け取って欲しい』と言われてしまう。


国のトップの恩情とあらば、あからさまに断ることもできず、半ば強引に受ける形となった。


その翌日、先の式典でウルがオリハルコン級の冒険者となり、九色の一つ、『白銀』を有したことが、カリンシャの街に知れ渡ることになる。


首都はもちろん、他の街にも伝令は行くが、それが伝わるのはまだ先になるだろう。


しかし、カリンシャに関しては即座に話が伝染し、国が正式に『白銀』を与えたことで、ウルは皆から『白銀の聖騎士』という二つ名で呼ばれることになる。


また、冒険者として登録する際に、本来であればチーム名を登録するところを、『一人だからチームも何もない』と言ってチーム名を決めていなかった。


だが今回の一件で『白銀』という名で広く知れ渡ることになったことに加え、冒険者ギルド長とその娘である受付嬢のセリンが、勝手に『白銀』と登録したことで、冒険者の中でも『白銀』としてのチーム名が浸透していくこととなった。





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