第19話 祝典

戦勝と英雄の誕生を祝う宴が行われた日から、一夜と一日が空けた今日…。


ウルがこの異世界に転生してから10日目を迎えた。


現在ウルは、カリンシャの城に招待され、その一室で待機をしている。


どうやら、先のカリンシャの街での悪魔討伐と、アベリオン丘陵での亜人と悪魔の撃退に対する功績を称え、聖王女から褒美を頂けるとのことであった。


暫く待機した後、ドアをノックする音が聞こえた。


「はい、どうぞ」


ウルが入室を許可すると、2人の男が入ってきた。


一目で聖騎士であることが伺える。


加えて、その身なりと佇まいから一聖騎士とは違った風貌であることがわかる。


「お初にお目にかかります。私、本日ウル様のご案内を仰せつかりました。聖騎士団副団長のイサンドロ・サンチェスと申します」


「同じく、聖騎士団副団長のグスターボ・モンタニェスと申します」


「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。私はカリンシャで冒険者をさせて頂いております、ウルと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


イサンドロとグスターボの挨拶に返す形で答える。


「ウル殿。早速ですが、聖王女殿下の準備が整いましたので、ご案内をさせて頂きます」


「さあ、こちらへ」


「承知いたしました」


グスターボとイサンドロに案内され、部屋を出る。


通路を何度か右左折し、所々に装飾が施された長い階段を上がる。


階段に差し掛かったところで、ウルが雑談とばかりに口を開く。


「イサンドロ殿とグスターボ殿は、聖騎士団副団長ということは、レメディオスさんのところにいらっしゃるのですか?」


「ええ、その通りでございます」


「なるほど…」


ウルの質問にイサンドロが答え、ウルは少々神妙な顔つきになる。それを見て、グスターボは不安な様子を見せる。


「うちの団長が、何か失礼を?」


「ああ、いえいえ。そういうわけではないのですが…中々個性的で愉快な方だなと思いまして…」


ウルは乾いた笑いを浮かべながら口を開いた。


「ああ、それは…そうですね。申し訳ない…」


グスターボは平謝りをして見せる。


「いえ、本当に大丈夫ですから。私は特に何か実害を受けたとかではないので…」


「…感謝いたします」


イサンドロとグスターボは、今まさに全く同じ感情を抱いていた。


この2人は、レメディオスのパワハラに似た言動と、頭の悪さに振り回されているのである。


それにより、胃痛が絶えない日はなかったと言っていい。


恐らくは、ウルも胃痛…という程ではないにしろ、その一端を垣間見たに違いない。


…しかし、当の2人は、数日前から大分胃の調子が良かった。


それはもちろん、今目の前にいる英雄のおかげである。


2人は、首都ホバンスにいたことで、聖騎士団一行とは別動隊でこのカリンシャへと到着した。


当初はカリンシャに出現した悪魔の二次攻撃隊としての出兵であったが、ウルのおかげでその必要性はなかった。


加えて、聖王女一行と合流した後も、いつもであれば謂れのない叱責と無理難題を押し付けられているところであったが、それもなかった。


なにせ、レメディオスから齎される話は、ウルの話ばかりであったからだ。


戦いぶりと強さから始まり、性格や素顔など多岐に渡っていた。


レメディオスが嬉々として、まるで子どもが親に話をするかのような口調だったため、驚いたものである。


そんな風にしてぼんやりと考えていると、聖王女が待つ大広間の前の扉へと到着する。


イサンドロが入室の許可を取ると、ウルに入るように促す。


ウルはゆっくりと開かれる扉を前に、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。


その先には急ごしらえの玉座があり、そこまでの道のりには、左右対称に聖騎士と神官たちが列をなして並んでいる。


ウルは、ゆっくりと歩みを進める。


カルカの横には、レメディオスとケラルトの姿も見られた。


玉座の前にある台座へ後2m程度と言ったところで歩みを止め、カルカの前に膝を着いて頭を垂れた。


「面をおあげください」


カルカが、透き通るような声をウルに向けて発する。


「カルカ聖王女陛下より許可が出た。ウル殿、面をおあげください」


隣に控えるケラルトが、綺麗ながらも威厳のある声を発する。


ウルは、ゆっくりと顔を上げる。


カルカの顔を見ると、まるで女神のような微笑を浮かべながらウルを見つめていた。


そして、ほんの少しだけ頬を赤らめた。


一瞬目をそらされるが、またすぐに目線が交差する。


「ウル様。改めまして、今回のカリンシャでの悪魔の討伐、並びにアベリオン丘陵での亜人と悪魔の討伐。大変に見事な活躍でした。聖王女として、心からの感謝を申し上げます」


「恐れ多くも、ありがたいお言葉」


「ウル様の働きは、北部城塞都市カリンシャだけでなく、聖王国を救うに至るご活躍。それに伴い、褒美を与えます」


「はっ!ありがたき幸せにございます」


カルカが横にいるレメディオスに目配りをすると、小さなプレートのようなものと短剣をウルの前へと差し出す。


ウルは、それを両手で仰ぐように受け取る。


「まずは、オリハルコン級の冒険者プレートになります。ウル様は今日まで、カッパー級の冒険者であったと聞いています。ですが、それでは実力、実績に対してあまりにも不釣り合い。そのため、冒険者組合と相談の上、この私、カルカ・ベサーレスの名の元に、ウル様をオリハルコン級冒険者へと推薦し、承認を得ましたのでお渡しいたします」


カルカは一呼吸置くと、続けて口を開いた。


「さらに、今回の功績に際し、ウル様にはローブル聖王国聖王女の名の元、九色の一色、『白銀』の称号を与えます。加えて、聖王女、および聖騎士団団長、神官団団長の連名で短剣をお送りさせて頂きます」


「大変にありがたき幸せにございます」


ウルにオリハルコン級の冒険者プレートと、九色の『白銀』、そして3者連名の短剣が与えられた後、大広間は盛大な拍手が起こった。


ちなみに、このうち短剣の付与を提案したのは神官団団長であるケラルトであった。


聖王国において、聖王女が短剣を褒美として取らせることは、騎士の中で素晴らしい功績を挙げたものに対する褒美である。


本来であれば、国に仕える貴族や聖騎士、騎士に対してもたらされるものであるそれを、冒険者であるウルに取らせたのには大きな意味があった。


それは、ウルが『聖王女陣営』であることを『南部貴族陣営』に知らしめるのが大きな目的である。


万を超える亜人や悪魔を討伐できるほどの実力ともなれば、聖王国内だけで見ても、ウルは引く手あまたの実力者となる。


そうなれば、南部の貴族が引き抜こうとするのは目に見えている。


それを牽制するため、聖王女に加え、聖騎士団団長、神官団団長の連名の元に短剣を与えたのである。


砕けた言い方をすれば、聖王女とカストディオ姉妹が有する英雄のため、手出し無用という意味である。


暫くして拍手が収まりを見せると、カルカは何やら意を決したように口を開いた。


何やら少し緊張している様子である。


「ウル様…ど、どうかもう一度、素顔をお見せいただけませんか?」


カルカの言葉に、ケラルトが「えっ」と言った様子で振り返る。


どうやら、元々の流れにはなかった発言らしい。


「素顔…ですか。…承知いたしました」


ウルは少し悩む素振りを見せたが、もう今更いいか、と言った様子で兜を脱ぐ。


それによって現れた黒い髪と瞳、そして美しい顔立ちに、カルカは息を呑み、頬を真っ赤に染上げる。


ケラルトも2回目だというのに少し頬を赤らめている様子であった。


レメディオスに関しては、関心はあるものの、頬の赤らみはなかった。


「やはり…とてもお美しいお顔立ちであられますね…」


カルカは真っ赤になった顔を、反らすようにして目線を外す。


「とんでもございません。ローブルの至宝とうたわれるカルカ聖王女殿下の美しさに比べれば、大したことはございません」


ウルにとっては、社交辞令のつもりであった。


しかし、当の本人であるカルカにとっては、非常に甘美な言葉であった様子で、まるでゆでだこのように更に顔を赤らめる。


そしてそれは、目線を下に落とし、俯くこととなった。


「ぁ…ありがとう、ございましゅ…」


カルカは顔から煙を出すがごとく、恥ずかしさを滲みだしている。


まともに口も回らず、言葉を噛んでしまう程であった。


公式の場でこれ以上の失態を晒すことはまずいと判断したケラルトは、自身も見惚れてしまっていた気持ちを振り切り、式典を締めくくるに至る。


「そ、それでは以上で式典を終了とさせて頂きます。ウル殿、本日はご足労頂き、感謝いたします」


「とんでもございません。素晴らしい、数々の褒美、心から感謝申し上げます」


その後、ウルは大広間から退出し、イサンドロとグスターボの見送りをもって、城を後にした。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る