第18話 素顔
ウルがカリンシャの街に着いた頃には、すでに辺りは22時を少しまわっていた。
馬車による帰還だったため、6時間程かかったが、戦闘での疲労が蓄積していたウルにとっては、簡単な仮眠も兼ねた、格好の休憩時間であった。
カリンシャの都市は、所々に街灯のような明かりが灯るマジックアイテムのおかげで、街の大通りのみは頼りない明るさを見せている。
しかし、今日に限っては普段とは違い、多くの酒場や店が時間にしては賑わいを見せていた。
そのおかげで、店の明かりでいつもより大通りが照らされている。
賑わいを見せているのは当たり前で、街が滅びかねない悪魔が出現したにもかかわらず、死者は1人も出ていないからである。
些少の負傷者や家屋等の建物が被害を受けたが、微々たるものであった。
加えて、先ほどの早馬によりもたらされた、1万を超える亜人と悪魔の軍勢を、同じくその白銀の聖騎士が打ち倒したとの報を受けたことで、もはやお祭り騒ぎであった。
戦勝と英雄の誕生を祝しての宴であった。
人口20万人を誇る都市だけあり、その賑わいようは言うまでもない。
さて、そんなカリンシャの街で話題になっているのは、もちろんウルである。
白銀の全身鎧をまとった、聖騎士風の冒険者。
その男が、カリンシャを襲った凶悪な悪魔を1人で打ち倒したとなれば、さらに話題で持ちきりになるのは当然のことであった。
特に、それを直接見て触れ回っているのが、カリンシャの兵士団長と冒険者ギルドの看板娘であるため、誰もがその話を疑わなかった。
そんな風にして盛り上がりを見せている夜のカリンシャの街であったが、更なる盛り上がりを見せることになる。
…その噂の騎士が、カリンシャの街に帰ってきたのである。
噂通りの美しい白銀の全身鎧に、珍しい剣を2本腰に差した聖騎士の登場に、酒場や街道沿いでだべっていた市民は歓声を上げる。
「キャー!!ウル様!!」
「白銀の聖騎士さまー!!」
「あれが白銀のウル…!!」
「カリンシャの英雄!万歳!!」
「顔を見せてくれー!!」
あちらこちらから聞こえる歓声に、ウルは片手を軽く上げて答える。
「(自分で招いたこととはいえ…こっぱずかしいな…)」
リアルでは、一般人だったウルにとって、これほどの歓声を受けるのは初めての経験であったため、無理もない。
だが、その恥ずかしさによって齎された所作は、市民たちからすると、驕りのない高貴な佇まいに感じられた。
「ありゃ…どっかの貴族様か?」
「いや…まさか王族!?」
「王族で聖騎士!?…たまんねえなおい!!」
「ばっきゃろー!!不敬にもほどがあるぞ!!」
「しかしあの雰囲気…だだの冒険者じゃないことだけは確かだ!!」
勘違いが勘違いを生むとはまさにこのことであった。
しかし、ウル本人もとくに嫌がって否定することをしなかったため、その噂が広まるのにそう時間はかからなかった。
「(くぅー!夢にまで見た正義の味方的扱い!!いいじゃんか!!)」
中二病を患っていたことが幸いし、次第に恥ずかしさもなくなり、市民の想像に答える形で雰囲気を作り始める。
すると、ウルの前に数名の子どもがひょこっと現れる。
「「「ウル様!!」」」
それに気づいたウルは、あろうことか瞬時に膝を降り、子どもと目線の高さを合わせた。
ウルにとっては、ひどく当たり前の行動であったが、この異世界において、その優しさある行動は当たり前ではなかった。
それを見ていた周りの市民は、感銘を受けたようにうねり声のようなものをもらしながら経緯を見守る。
「どうしたんだい??」
「ウル様は街を救ってくれたんでしょ??」
「皆が言ってたよ!!」
「ありがとう!!」
子どもたちは目をキラキラさせながらウルに話しかける。
「ふふっ!そうだね…それが私の役目だからね」
ウルは1人の女の子の頭を撫でる。
撫でられた女の子は、目を瞑りながらそれを堪能していた。
「やくめ??」
「それってなーに??」
子どもがウルの言葉を理解できず、質問を投げかける。
「お仕事って意味だよ。私のお仕事は、皆を守るというお仕事なんだ。みんなを守るために、悪い奴やっつける。それが私の仕事なんだ」
「かっこいいー!!」
「英雄だ!!」
ウルと子どもの会話であったが、傍らで聞いていた大人たちは、感動したように表情を固める。
この聖王国、引いてはカリンシャでの暮らしは、決して楽なものではない。
むしろ辛いものであった。
聖王女カルカの施策により、以前よりは暮らしやすくはなっているものの、それでも不安の種は多い。
アベリオン丘陵からたびたび侵攻してくる亜人たち。
南部の貴族派閥と北部の聖王女派閥の軋轢。
他国との交流の少なさ。それにともなう食糧や物資の不足。
そして極めつけは、娯楽の少なさ…。
あげればきりがないが、そんな不安の中で生活を営んできた市民にとって、このカリンシャの街での英雄の誕生は、今までにない一大イベントでもあり、娯楽でもあった。
加えて、先の噂や目の前で起こっている英雄の素晴らしき人格のあらわれ。
そこに感動や感銘を覚えない者はおらず、皆一様に身を震わせていた。
「かっこいいか…。とってもうれしいよ、ありがとう」
ウルがそう返事を返すのと同時に、それぞれの子どもたちの母親とみられる女性が近寄ってくる。
「騎士様、うちの子がご迷惑を…申し訳ありません」
そのうちの一人が、子どもを引きはがすようにして声を掛ける。
「とんでもない…。とても可愛らしいお子さんですね」
「いえ、滅相もございません…」
ウルは声を掛けてきた母親たちを見つめる。
年の頃は20代後半から30歳。とても若い母親たちであった。
と同時に、この世界での結婚年齢の平均が18歳あたりだということを思い出し、現実世界との乖離を感じた。
母親はどうやら緊張している様子であった。
母親たちの心の中には、自分の子どもが何か失礼なことをするのではないか、と不安があったからである。
それを察したウルは、気持ちを汲み取って、その場を離れられるように子どもに声を掛けた。
「さっ、もう夜も遅い。よいこはお家に帰って寝る時間だよ」
「えー!もっとおしゃべりしたい!!」
「こら!本当にすみません…」
別の子どもの母親が、困惑しながら子どもを叱る。
「ふふっ!私は嬉しいけれど、お母さんを困らせてはいけないよ。また今度ね」
「うー…。じゃあさ!!一つだけお願い、聞いて!!」
子どもは引き下がれない様子で声を掛ける。
「お願い?なんだい??」
「お顔!ウル様のお顔が見たい!!」
ウルは、一瞬固まって見せる。
その様子に気付いた母親たちは、血の気が引いた様子であった。
「も、申し訳ありません!!」
「大変なご無礼を…」
母親たちは必死に謝罪している様子である。
「いえいえ、お気になさらず。そうだね…お兄さんのお顔を見たら、ちゃんと帰るんだよ?約束できるかい??」
ウルの発言に、母親たちでなく、周りの大人たちも目を見開く。
これは願ってもないことだと、母親を含め、大人たちは心の中で「よくやった、子どもたちよ!!」と思っていた。
「うん!!」
「ちゃんと帰るよ!!」
「だから見せて!!」
子どもたちの返答を聞いたウルは、ゆっくりと兜を脱いで見せる。
兜を脱いで出てきた素顔に、母親と周りの大人たちはまるで石になったように目と口をあんぐりと開けて固まった。
年の頃は、ちょうど母親たちと同じくらいの20代後半。
この地域では珍しい黒髪に黒い瞳。
そして何よりも驚いたのは、その美しさである。
中性的な顔立ちの中に、凛々しさが滲み出るような顔であった。
…一言でいえば、超絶美形のイケメンなのであった。
それもそのはずで、ウルの顔は、ユグドラシル時代に作成したキャラそのものであるからだ。
キャラ作成で不細工といば、狙って作らねば中々生まれるものではない。
それこそ、キャラ作成を面倒に思うプレイヤーのために用意されたテンプレのようなキャラでも、現実ではイケメンや美女と言われる顔立ちをしているのだ。
そんな中で、ウルは極限にまで煮詰めて美形のイケメンキャラを作成したのだ。
故にその顔が、周囲を驚かせるほどのイケメンであることは、当たり前のことであった。
大人たち同様、子どもたちも固まっていたが、純粋故にその時間は短かった。
「かっこいいお顔!!」
「綺麗なお顔だ!!」
子どもたちの声に、ウルはふっと微笑を浮かべる。
その微笑が、また大人たちを惹きつけ、石になる時間を延長させる。
母親たちから吐息が漏れる。
だが、そのことにウルは気付かない。
「さ、私のお顔も見れたから、ちゃんと帰って寝るんだよ」
「うん!またね、ウル様!!」
子どもとお別れの挨拶をして、ウルがゆっくりとその場を立ち去る。
と同時に、まるでどでかい爆弾が爆発したかのような歓声が巻き起こったが、これが何を意味するのかを、ウルが知るのはもう少し先の話であった。
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