第17話 勘違い

ウルは、質問攻めにあい、素顔を晒した後、足早に砦を去り、カリンシャへと向かったのだった。


疲労も大分回復してきたのと、その場しのぎでついた嘘が早々にバレることを恐れてのことだった。


一安心しているウルであったが、それとは逆にウルが立ち去った兵舎の中は、重苦しい雰囲気を醸し出していた。


「…どうやら、私が思っていた以上に…禍根のある内容でしたわ…」


ケラルトは、重い雰囲気のまま、口を開く。


「そうですね…。国を滅ぼされ、全てを失った…ってところですね」


オルランドも珍しく小さく、丁寧に言葉を漏らす。


「…俺には戦うことしかできない…。先ほど漏らした言葉の意味も、重みを感じますね」


パベルは、オルランドと3人で会話をしていた時のことを思い出す。


ケラルトは、彼はそんなことを言っていたのか…と更に落ち込んだ様子で答える。


「あたしは大魔皇ってのが気になるな…この聖王国にもその手は伸びているのか…」


レメディオスが神妙な趣で考え込む。珍しいこともあるものである。


「そうですね…。先の悪魔の出現は、強大なアイテムの影響である可能性が高いとの話でしたが…。そのアイテムを、大魔皇が故意に放置した…とも考えられるわ」


まったくもってその通り!大魔皇ウルの誕生である。…故意ではないが…。


「とすると、狙いはこのローブル聖王国だけではない可能性もありますね」


ケラルトの推察に、パベルが付け加えるようにして答える。


「ん?…どういうことだ??」


「もし大魔皇さんがローブル聖王国を狙いで襲うつもりなら、はなっから軍勢率いて襲ってくればいいって話じゃねーですかね?事実、カリンシャに侵入されてんですから」


レメディオスの疑問に、オルランドが静かに答える。


「…大魔皇が姿を現すのを躊躇っている可能性もあるけど、カリンシャの事件が同じようにアイテムによるものだとしても、誰がそれをもってきていたのか…よね」


「人間に化ける悪魔もいると聞きますからね…。より注意深く警戒する必要がありますね…」


ケラルトの疑問には、パベルが口を開いて応答する。


…と、ここである違和感を覚える。


この場にいて、一切言葉を発していない者がいたからだ。


それに気づいたケラルトは、横目にその人物を移す。


その人物は長い金髪に美しい顔立ちを持ち、今は両手を胸の前に絡めて固まっている。


…というより、ウルがこの部屋から退出してからずっとこの様子なのである。


いや、正確に言えば、ウルが素顔を見せてから…が正しい表現かもしれない。


すでにケラルトは先の女性、カルカ聖王女が、いかようにしてこのような姿になっているのかを理解している。


というよりも、正確に理解できていないのは姉であるレメディオスくらいなものであろう。


さすがに固まって暫くたつため、ケラルトはカルカにゆっくりと声を掛ける。


「カ、カルカ様?…その、大丈夫ですか??」


ケラルトの懸念に気付いたパベルとオルランドも、緊張した面持ちで視線を移す。


…パベルの視線が幾ばくか優しいものになっているように感じた。


「あー…えっと、カルカ様?」


全く反応のないカルカに、オルランドが耐えきれないといった様子で、ケラルトと同様に声を掛ける。


「カルカ様?…って一体どうされてしまったのだ…?」


レメディオスはいい加減、人間的な思考回路を身に着けてほしいものである。


ケラルトがそう思った矢先、カルカが小さく口を開いた。


「皆さん…。見ましたか…。ウルさん…いえ、ウル様のお顔を…」


あ、うん。やっぱり…といった様子で、レメディオスを除いた3人があんぐりと口を開く。


「え?ウルの顔ですか?あー、ものすごい美形のイケメンでしたな!!あたしが今まで見た中で一番のイケメンだな、ウルは!!」


レメディオスは、バカゆえに本質をついてしまう。


「そう!!あの引き込まれるような黒い髪!黒い瞳!!そしてあの美しい顔立ち!!それでいて圧倒的な強さを誇る聖騎士ですって!?…はぁ…。なんて素晴らしくお美しい方なのでしょう…」


カルカは自分で言っていて恥ずかしくなったのか、顔をぼっと赤らめる。


と思ったら、今度は両手を頬に充て、身体をくねくねし始める。


どう見ても、20台半ばに差し掛かろうとしている女性の身振りではなかった。


さながら、恋する14歳の乙女のような素振りを見せる。


この様子だと、カルカの頭の中にはもう先の事件のことも、大魔皇の話も耳には入っていないだろう。


不意に、「南方のどこの国の方なのでしょう…」、「許嫁はいらっしゃるのでしょうか…」、「身分の違いはどうしましょう…」…と、中々不審なことを言い始めている。


「あ、あの…カルカ様?…あまりがっつきすぎるのもよくないことかと…」


ケラルトがまるで息絶え絶えと言った様子で口にしたそれであったが、それは酷くカルカの中で反復されいていく。


「そ、そうよね…。嫌われたり失望されてはいけないわ…」


カルカはぶつぶつと呟いてみせる。


そして暫くそうしていると、何か思いついたように些少の冷静さを取り戻す。


「…そういえば、ウル様は冒険者だとか…しかし、銅級というのはいささか不相応に思います…」


「それに関しちゃ、全くその通りですな!ウルにはアダマンタイトがお似合いだと思いますぜっ!」


「むぅ…アダマンタイトなどで収まる器ではないと私は思うが…しかしどっちにしても、このまま銅級にしておくという選択肢はないように思います」


カルカの疑念に、オルランドとパベルがそれぞれ同意を示す。


「となると、聖王国初のアダマンタイト級冒険者の誕生か!!」


レメディオスは、まるで子どものように目をキラキラとさせている。


「…冒険者としての地位を確立して頂くのは、良い策かもしれません。暫くはカリンシャ…聖王国に滞在するとは言っておりましたが、追っている大魔皇の動き次第では、この聖王国を離れる可能性は高いですから…」


「そ、そんなの!いけません!!許可できませんわ!!!」


ケラルトの言葉に、カルカは酷く動揺して見せる。


目をウルウルとさせている。


「カルカ様…。御気持ちはわかりますが…聖王女としての矜持をお忘れなきよう…」


「わ、わかっているわ…。ええ…」


ケラルトは心を鬼にしてカルカに釘を刺す。


カルカは一つ深呼吸をすると、凛々しい目つきで表情を改める。


どうやら、少しは冷静さを取り戻した様子であった。


「では、我々も準備を整え、急ぎカリンシャに戻りましょう。まずはウル様の冒険者ランクの件を、冒険者組合の役員と話し合う必要もあります」


「そうですね。その後は式典の準備ですね…。今回の件、大々的に祝す必要があるかと。国民の士気にも関わって参ります」


カルカとケラルトは、聖王国の未来を見据え、動き始める。


「こりゃ!退屈しなくて済みそうだな!!なあ、旦那!」


「ふっ…そうだな…」


オルランドとパベルは、自身の舞い上がる心を抑えながら、聖王女一行を見送った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る