第10話 すれ違い
聖王国の女王であるカルカは、自身が滞在していたカリンシャの城下町に悪魔が襲来したとの報告を受け、すぐさま部隊を編成し、出撃した。
なぜ悪魔がカリンシャの街の、しかも城壁の内側に出現したのかはわからなかったが、タイミングは悪くなかった。
なぜなら、聖王国の最高戦力がカリンシャに滞在しているときに出現したからである。
自身もそうだが、最も近い側近の姉妹がいることがとても心強い。
首都ホバンスでこの知らせを受けていたら、カリンシャ到着までにはどんなに急いでも2日はかかる。加えて、敵の足止めなどがなくても、部隊進行ともなれば、3日は見なければならない。
悪魔の強さや数によっては、その3日でカリンシャが落ちる可能性もあったからだ。
不幸中の幸いとは、まさにこのことであると、噛みしめながら馬を走らせる。
城下町に降りたところで、街の被害状況が目に入る。
そこでカルカは違和感を覚えた。
衛兵の話では、立ち向かうほど恐ろしいような悪魔が多数出現していたとのことであった。
カリンシャの兵士団長であるユーゴを通して伝えられた伝令だったため、そこに嘘はないだろう。
そうすると、少なくとも難度60以上の悪魔が出現していることになる。
となると、やはり私とカストディオ姉妹が前線に立つ必要があった。
それがこの国の、聖王国の最高戦力であるからだ。
…だが、目の前に広がる街並みは、所々破壊された建物が見られるものの、倒壊にまで至っているものは少ない。
また、見た限りではあるが、死傷者に関しても非常に少なく感じられた。
これに関しては、兵士たちが戦うことを恐れて逃げたとも捉えられるが、それでも少ないことに変わりはない。
死傷者が少ないことは幸いなことだが、懸念が残るものであった。
その懸念は、側近であるケラルトも感じている様子であった。
「カルカ様!!これは一体何が起こっているのでしょう!!!」
馬を駆けながらの会話であるため、ケラルトは声を張り上げる。
どうやらケラルトも、この異変に気付いている様子であった。
「どうしたケラルト!何かあったのか!!」
その姉であるレメディオスは、何も気が付いていないらしい。
「わかりません!!…とにかく急いで…ッ!!」、『しm…あああああぁぁぁぁぁ…!』
「「「……ッ」」」
カルカ達は、思わず口を閉ざし、目を見開く。
進行方向前方…。恐らくはこの先の十字路を左折した先から叫び声が聞こえてきた。
「戦闘準備!!!!」
その声を聴き、レメディオスは部隊に向けて声を張り上げる。
悪魔との戦闘に身構え、件の十字路を左折する。
…しかしそこには、この場にいる誰もが想像もしていない状況が広がっていた。
「カリンシャ兵士団団長ユーゴ・アルテン…その報告に、嘘偽りはございませんか?」
「はい。大いなる四大神の名にかけて、嘘偽りはございません」
聖女王カルカは威厳ある言葉で、ユーゴに尋ねる。
ユーゴから齎された報告は、にわかには信じがたいものであった。
いわく…
・悪魔を倒したのは、聖騎士のような白銀の全身鎧を身に着け、珍しい刀と呼ばれる剣を、2本腰に差した男性である。
・難度100を超えるような悪魔含む、200体近い悪魔を単騎で、それも一瞬にしてうち倒した。
・ユーゴが見た限りでは、一度も攻撃を喰らうことなく倒した。
・負傷した兵士や市民に対し、中傷治癒、広域中傷治癒魔法を施した。
・横暴な態度はなく、誠実で優しく、謙虚な男であった。
・上記偉業を成し遂げたのは、冒険者登録をしたばかりの銅級の冒険者だった。
というモノであった。
信じられないのも無理はない。
もしこれが本当であるとしたら、英雄と言われる存在、いやそれを超える存在であるからだ。
冒険者で言えば、最高位のアダマンタイト級冒険者を優に超えるものである。
…しかし、カルカもレメディオス姉妹も、ユーゴが嘘をつくとは思えなかった。
彼は30年以上聖王国に仕えてきた、いわば古参の忠誠心厚い兵士であった。
聖王国の名誉でもある『九色』に名を連ねる程ではないが、その実力と誠実さ、そして真面目さから、ここ北部聖王国の最重要防衛拠点であるカリンシャの防衛を一任されている。
カルカは、少し目を尖らせると、隣にいるケラルトに声を掛ける。
「どう思いますか…。ケラルト」
「わかりませんが…状況だけを見るに真実でしょう…。ユーゴ兵士団長だけでなく、居合わせた兵や民も同じように申しておりますし…」
カルカは、ケラルトの言葉に耳を傾けながら、もう一人に声を掛ける。
「レメディオス!…どうですか?」
レメディオスは、まるで山のように積み上げられている悪魔の死体を見て、真剣な面持ちで答える。
「…間違いない。難度100を超える悪魔…。戦車の悪魔だ…。わからない悪魔も多いが…強大な悪魔であることは間違いない…」
レメディオスは、剣と戦闘以外はまるでダメな聖騎士である。
所作も言葉遣いもその他諸々、聖王女の傍に仕えるには足りていないところが多い。
レメディオス自身もそれは自覚しているところである。故に、いつもであれば、適切でない言葉を用いたとしても、なんとなく修正をしようとする。
だが、今はその素振りすらない…。少し遠目で分かりにくいが、冷や汗をかいているようにも見える。
「…では、その戦車の悪魔…一対一であれば、あなたは勝てますか?」
「無理だ」
迷いないその言葉に、カルカだけでなく、ケラルトやその後ろで待機する聖騎士団と神官団も驚きを隠せない。
聖王国の聖騎士団団長…つまりは聖王国最強のレメディオスをもってしても勝てないのであれば、単騎で倒せるものなどこの国にはいないからである。
「しかも…見える範囲ではあるが、全てただの一太刀で仕留められている…。もちろん、戦車の悪魔もだ…それも4体全て…。おい!一体何者なんだ、そいつは!」
レメディオスは、鋭い眼光と大声をユーゴにぶつける。
「…冒険者の、ウルと名乗っていました。それ以外はなにも…」
「ウル…」
質問をしたのはレメディオスであったが、何かを考え込むようにして小さく口を開いたのはケラルトであった。
「…少なくとも、一度そいつに会う必要があるな…いや、ありますね」
レメディオスのいつもの悪い癖が戻った。どうやら少し余裕ができた様子だ。
「そうですね…それで、そのお方はどちらに?」
カルカは、首を回し探すようなそぶりを見せる。
「それが…聖王女様一行と入れ替わる形で、この場を離れまして…何やら青ざめた様子で大声を出しながら、カリンシャの東門の方向へ駆けていきました」
ここで、直前に聞いた大声の正体が、ウルであったことカルカ達は知ることになった。
「あの大声は、そいつの仕業だったのか…」
「ちょっと待ってください…なぜ彼は大声を発して走り去っていったのでしょう…」
レメディオスが怪訝な様子を見せるが、カルカはそんなレメディオスを気にも留めずにユーゴに疑問をぶつける。
「わかりません。わたしが気付いた時には、もう引き留められないほどに離れていましたから」
その言葉を聞き、カルカは小さくため息をつく。
悪魔が討伐されたことは喜ばしいことである。
死傷者も、侵攻してきた悪魔の力と数を考えるとありえないほどに少ない。
加えて、レメディオスを超える力を持つ聖騎士…さらには自身やケラルトを超えるような信仰系魔法詠唱者である可能性もある。
もし本当にそうであれば、聖王国にとって、特に北部聖王国にとっては非常に大きな戦力となる。
だが、それを確かめるにも少し時間がかかりそうだ。
なにせ、その本人がここにいないのだから。
「…何かに気付いた…?しかし、悪魔はすでに…。だが、そうでなければなぜ…」
隣にいるケラルトが、何やら小難しいそうな顔でブツブツと呟いている。
回る頭がないレメディオスとは違い、ケラルトは非常によく頭が回る。…周りの人間から腹黒女と呼ばれるほどに…。
カルカはそんなケラルトを観察するようにして暫し眺めいると、ケラルトの目が少し見開かれたのに気付いた。
「ケラルト…どうしましたか?」
「姉さま…悪い予感がします…。姉さんや私を超えるかもしれないウルという冒険者…。その彼が、発狂して、青ざめてまで駆けていった…。それも、カリンシャの東門方向…」
ケラルトのゆっくりと、自身が推察した考えを述べる。
「ん…?何が悪いんだ??」
…どうやらレメディオスは何一つ気が付いていない様子である。
カルカは目を見開くと、少し怯えの見える視線をケラルトに送る。
「ま、まさか…アベリオン丘陵から、亜人が…もしかしたら悪魔も一緒に攻めてきたと?」
ケラルトはゆっくりと、そして少し震えた様子で口を開いた。
「…それに気づき、急いで向かった…とは考えられませんか?…兵士団長達の話では、誠実で優しく、謙虚な人柄だったとのこと…。可能性としては考えられます」
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