第9話 悪魔侵入③

ウルは、悪魔の血が付いた刀を振り下ろす。


ビシャッ!という音と共に、刀についた血が地面に零れる。


そして、ゆっくりと腰に差さっている鞘に納める。


時間にして、およそ5分…。


その短い時間で100体近い悪魔を斬り伏せた。


ウルはゆっくりとあたりを見回す。


セリンもユーゴも、兵士も市民もみな、ウルを驚いた様子で見ている。


「(…さすがにやりすぎたかな?)」


敵のレベルをもっと調整すべきだったな…などと考えながら、ゆっくりとセリンのもとに歩み寄る。膝を曲げ、目線を下げる。


「セリンさん、大丈夫ですか?」


「え…。あ、はい…。なんとか…」


…大丈夫なわけがない。木の板を二つに割り、割れた側が右足の太ももに刺さっている。


ギリギリ骨には到達していないように見えるが、激痛であることに変わりはないだろう。


「…じっとしていてください」


「え…それはどういう…」


「『麻酔(アネステェージア)』」


セリンが疑問を投げかけてきたが、それを待たずに魔法を放つ。


「い、痛みが消えて…」


そのまま木の板を引き抜く。どぷっと鮮血が飛び出すが、続けて魔法を発動する。


「『中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)』」


セリンの右足にできた刺し傷が、再生するようにして回復する。


「ち、治癒魔法…。ほ、本当に聖騎士…なのですね…」


「あー…そういえばお伝えしていませんでしたね。…まあ、何より無事でよかったですよ」


ガチャガチャと鎧がこすれる音が聞こえる。


ウルの鎧の音ではなかった。


「お初にお目にかかります。私はカリンシャ城塞都市にて兵士団団長を務めております、ユーゴと申します…」


「これはご丁寧にどうも…冒険者のウルと申します。以後、お見知りおきを…」


ウルは足を揃え、綺麗な会釈をして見せる。


その姿に一瞬目を見開いたユーゴであったが、すぐに表情を戻す。


「この度は、このカリンシャの街をお救い下さり、ありがとうございます。あなた様がいなければ、どれほどの被害が出ていたか…。それに、その素晴らしいお力…。一体あなたは何者ですかな…?」


ウルの心がチクリと痛む。


すまん…。俺がいなければ被害どころか悪魔は出現してません…。


「とんでもございません。私は、私のできることをしたまでです。それに…私はただの…流浪の冒険者ですよ…」


頑張って言い訳を考えながら、答える。


「そ、そうなのですか…」


ユーゴはどこか納得していなさそうであった。


なんとか話題を変えようと、ユーゴを観察する。


「ん…その怪我は…大丈夫ですか?…それに怪我をされている方が多いようですね…。」


辺りを見回しながら口を開いた。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


ユーゴはウルからの質問に、自身の傷を確認しながら答える。


「なに、擦り傷程度ですよ…。心配はいりませ…え…」


ユーゴは発した言葉を最後まで言い切ることなく、疑問の声を上げた。


「『広域中傷治癒(マスミドルキュアウーンズ)』


その魔法は、ウルを中心に魔方陣が展開されると同時に、負傷している者たちの足元にも展開される。


「き、傷が…」


「痛くねえ!!」


「治ったぞ!!」


各所から驚愕と嬉々の声が聞こえる。


「なっ!今のは第五位階の…ッ!!」


ユーゴは思わず声を張り上げてしまった。


「ええ、さすがにカリンシャの街全域は無理ですが…大分回復させることができたみたいですね…。私がもっと早く助太刀できていれば…苦しむ人も少なかったのに…。申し訳ありません」


一切疲労を見せない様子で答えている。加えて、自身が来るのが遅かったと謝罪までしている。


それがさらにユーゴを驚かせてしまう。


「…お、驚きました…。数多の強大な悪魔たちを撃退するだけでなく…第五位階の信仰系魔法まで行使なされるとは…。それに、あなたが謝ることなど一切ありませんぞ…。我々が対処できなかっただけのこと…」


ユーゴは開いた口が塞がらなかった。


それも当然である。


難度100を超えるあの戦車の悪魔を4体も同時に相手取り…加えてそれに劣るとはいえ自身では一騎打ちですら打ち取れないような悪魔がゴロゴロいるなかで、彼はたった一人でそれを殲滅したのだ。…それも傷一つ負うことなく。


…加えて、第五位階の信仰系魔法の行使…。剣の腕といい…、魔法の腕といい…、天才とうたわれている聖王女様やそれに使える姉妹を優に超えている。


そしてこの物腰の柔らかさと、謙虚さ…。


ユーゴはふと彼の首元にかかる冒険者のプレートを見る。


銅級である…。登録したばかりなのか…。


酷く実力と乖離しているように思えた。いや、確信であった。


この目の前の御仁は、間違いなくアダマンタイト級に匹敵する力を持っている。…いや、もはやアダマンタイト級すら優に超えるのではないかという思いさえ芽生えている。


「そういって頂けるとありがたいです」


「滅相もない…。それにしても、あなたはこの悪魔たちを知っているような口ぶりでしたな…。一体奴らがなぜ現れたか、ご存じですか?」


ウルは思わずひゅっと声を出しそうになる。


それを何とかこらえ、知らないふりをして見せる。


「どこから…それは私にも…」


わからない…そう言おうとした。


実際には召喚したのは自分なのだが、そんなことは言えないからである。


だが、ふっと忘れていた記憶が思い浮かぶ。今の今まで思い浮かばなかった記憶だ。


何をもってしてあの悪魔を召喚したのか…。


そのアイテムの形、名前、保有していた数、思っていた数とは違うアイテムボックスの表示……。


そして、気付く。


とんでもないことを忘れていたことに…。いや、その可能性に…。


「しぃ…」


「え…」


ユーゴは、ウルがゆっくりと口を閉ざし、見る見るうちに顔が青ざめているのを見て、酷く困惑した。


もしかしたら、何か重大なダメージを負っているのかもしれない…。


一番最小に浮かんだのはそれであった。


「ウ、ウル殿…だ、だいじょ…」




「しまっっったああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」




ユーゴは今までの人生で、最も強大な声をその耳に迎えることとなった。


思わず、ビクッと身体を震わせ、目を瞑ってしまう。だが、一瞬で開いて見せる。


目を瞑ったのは一瞬であった。


だが、その一瞬で先ほどまでいたウルが、遠くに背中を向けて走り去っていくのが見えた。


「ウ…ウル殿!!…い、一体何が…」


暫く呆気に取られていたユーゴであったが、少しずつ正常な思考を取り戻していく。


いや、まさか…しかしあり得る。


悪魔はまだ殲滅しきれていないのかもしれない…。


その可能性に気付き、即座に行動に移そうとする。


身体を、回復して傷も塞がった自身の部下たちに告げようと後ろを振り向く。


だが、その言葉は発することを許されなかった。


「こ、これは一体…。侵入した悪魔たちは討伐されたのですか!?」


聖王女であられるカルカ様と、その側近であるカストディオ姉妹、そして聖騎士団と神官団が姿をお見せになったからである。

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