第8話 悪魔侵入②
「よし…」
ウルは、安宿のベッドから立ち上がると、小さく気合を入れた。
昨日召喚した悪魔の提案で、このカリンシャの城壁のすぐそばで戦うことになったのだ。
正直に言えば、あまり気乗りはしなかった。
理由は簡単で、がっつりマッチポンプであるからだ。加えて、ケガをする人が出たり、城壁などの物的な被害が出ることは明白であった。
…だが、『ありといえばあり』という思いもあった。
1つは、悪魔の提案の通り、名声を高めることができるからだ。
この一週間、冒険者として活動してきたが、いかんせんランクというのは中々上がるものではない。
勿論、千里の道も一歩からという言葉があるように、直向きにコツコツと努力を重ねることが大切であることは、重々承知しているところである。
実際、リアルではそうして毎日を過ごし、あのクソみたいな世界で『平凡以上』の暮らしを得ることができていた。
…だがしかし、それは『実力に見合った研鑽』であって、今のウルからしてみれば『極限まで過小評価されている状態』なのである。
どんなに努力のできる人間であっても、自身の能力を遥かに…地の底の更に地の底ともいえる程に下回るような評価のなかでは、難しいであろう。
ウルも、この一週間でそれを味わい、理解したのだ。
2つ目は、自身の趣味でもある『正義のロールプレイ』ができるからである。
…そう、ウルはそこそこの中二病なのである。弟とはまた違った、というか真逆の正義の中二病とでもいうべきだろうか。
もちろん、ユグドラシル時代でもそれを実行してきたのだ。そう、彼がワールドチャンピオンの序列2位にまで上り詰めることができたのも、これによるものが大きい。
故に、メリットとデメリットを考慮し、悪魔の提案に乗ることにしたのだ。
しかし、この提案に乗るうえで、悪魔たちに指示したことが2つある。
1つは、市民や兵士に死者を出さないこと。怪我に関しては多少は仕方がないが、やりすぎないこと。
もう1つは、ウルの存在を知っているような態度を示すこと。まるで因縁の相手のように振舞うことである。
これにより、最小の被害で、大きな評価を上げることができると考えたのだ。…自分で考えを反復していて、とても恥ずかしくなるくらいのマッチポンプである。
恥ずかしさを拭うようにして肩を回す。と同時に、街が騒がしくなっているのが分かった。
時間だ。
あまり時間をかけず、しかし急ぎすぎずに準備を始める。正味2分といったとこであった。
準備ができたところで、窓の外を見る。今の状況を把握して、タイミングよく登場してやろうと思ったのだ。
…しかし、ここで不測の事態が起きる。
どかんっ!!という音と共に、窓から見える冒険者ギルドの建物が崩壊したのだ。
「え…?」
何が起きたのか、すぐに理解した。自分の召喚した悪魔が、冒険者ギルドを木っ端みじんに吹き飛ばしたのだ。
「……」
一瞬思考が停止する。
そして…。
「や、やりすぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
狭くてぼろい安宿の一室に、ウルの驚愕の声が響き渡った。
セリンは、自身の死を悟っていた。
冒険者ギルドの扉を雑に明け、怒号をあげながら入ってきた兵士が、『悪魔が街に攻めてきた』という話を聞き、半分パニックになりながら、必要最低限の持ち物を準備した。
すぐに準備を終え、街の東側に避難しようとした瞬間、身体が吹き飛ぶほどの衝撃を受け、自身の身体が宙を舞うのが分かった。
そして、あまりの衝撃に冒険者ギルドが隣接する大通りに投げ出された。
幸い、崩れた建物の下敷きにならなかったが、大きな木の板が、右足の太ももに刺さってしまった。
余りの痛さに、歯を食いしばって何とか身体を起こす。
…と同時に、目の前に入ってきた光景に目を見開いた。
点在するようにして多くの兵士が地面に倒れていた。
しかも、その原因を作ったと思われる強大な悪魔もいた。
(あれは、いったいなに…)
力を推し量ることもできないほどの悪魔であった。
足の痛みを忘れてしまうくらいの恐怖が襲った。
…だが、更なる絶望がセリンの前に訪れた。
なんと、それと同じ悪魔が、冒険者ギルドが崩れたことによりできた瓦礫の山を掻き分けるようにして出てきたのだ。
しかも、セリンを視界に捉え、ゆっくりと迫っていた。
「い、いやー!!やめて!!!来ないで!!!!!」
全身鎧に身を包んだ悪魔が、手に持った燃え盛る大剣を振り上げる。
(もうだめだ…)
恐怖と、これから来るであろう痛みに耐えるようにして、ギュッと目を瞑る。
…しかし、聞こえたのは痛みでも、衝撃でもなかった。
ガキンッ!と金属同士がぶつかり合うような音であった。
その音を聞き、バッと目を開く。目の前の光景を見て、更に目を見開く。
…なぜならそこには、白銀の全身鎧を身に纏った、聖騎士の後ろ姿があったからだ。
「よかった…。なんとか間に合いました…」
セリンは知っている。この白銀の鎧をまとう人物を。
目尻が熱くなり、涙が溜まっていくのが分かった。
「ウ、ウルさん…!」
「遅くなって申し訳ありません…。でも、もう大丈夫ですよ…」
優しく、そしてとても落ち着いた声であった。表情は兜で見えないが、きっと微笑んでいると想像できるものだった。
「き、貴様は…!!」
悪魔が驚いた声を上げる。
「随分と…好き勝手暴れまわってるみたいだな…悪魔ども…」
先ほど、自分に向けた声とは明らかに違う、低く、うねる様な声に、セリンは一瞬ビクッと身体を震わせた。
「まさか…、我を追ってきたのか…ウル!!」
悪魔の声は、非常に大きいものだった。
故に、その言葉を聞いて驚いたのはセリンだけではなかった。
その場にいた兵士や民も同じことを思っていたに違いない。…互いに知っているのかと。
そんな雰囲気を感じ取ったウルは、ニヤリと口角を上げた。
「(よしよし、とりあえず伏線ははれたな…)」
と思いながら、今度は口を開いてみせる。
「私を追ってきた…か…。笑わせるな…」
「なに…ぐっ…がっ!!!」
ウルの剣が、悪魔の大剣を跳ね返し、右肩から左足付け根まで、鎧ごと斬る。
「俺が追ってるのは…お前らみたいな雑魚じゃない…」
悪魔がまるで噴水のように鮮血を上げて倒れこむ。
その様子を見て、悪魔を含め、多くのモノが驚愕する。
一刀両断…。一撃で切り伏せて見せた。
斬られた悪魔は、すでに絶命した様子で、ピクリとも動かない。
…ここで、兵士団長と睨むようにして立っていた同じ種類の悪魔が、大きく口を開いた。
「全軍、あの聖騎士を…ウルを殺せーーーーー!!!!!」
民を追っていた悪魔も、建物を壊していた悪魔も、兵士と戦っていた悪魔も、その全てがウルの元に向かっていた。
それを見たウルは、セリンから離れるようにして大通りの中ほどまで移動し、刀を構えなおした。
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