第7話 悪魔侵入①

カリンシャは、普段のほのぼのとした雰囲気とは違い、混乱した様相を見せていた。


突如として、大量の悪魔が街の中に襲来したのだ。


それも、衛兵が隊列を組めば倒せるような低位の悪魔だけでなく、対峙することすら躊躇う強大な悪魔もいた。


しかもそれは、1体だけではない。


聖王国聖騎士団最強と謳われるレメディオスでも、一騎討ちで何とか倒せるであろうと思われる悪魔が、少なくとも10体はいる。


さらに最悪なのが、そんな悪魔をも超える…全身鎧を身に纏い、炎を纏う大剣を持った凶悪な悪魔がいた…。


そんなものだから、カリンシャの街は悲鳴と混乱でごった返しているのだ。


「逃げろ!!街の東部にはまだ悪魔たちはいない!!!」


カリンシャの街で兵士団団長を務めている男、ユーゴは逃げ惑う老若男女に怒号を浴びせる。


悪魔たちが一体どこから来たのか。なぜこんなにも強大で多数の悪魔が出現したのか。


分からないことだらけであったが、自身がやらなければならないことはよくわかっていた。


前方で戦う兵士が強大な悪魔に次々と倒されていく。


倒されている兵士を視界に入れると、呻いたり身体を少し動かす動作が見られる。


死んではいない…。それがユーゴに少しばかりの安心を齎す。


自身の前方に展開した兵士の集団は、今や無残にもちりじりになり、隊列を組んでいたとは思えないほどの惨劇であった。


隊列が崩れたことで、悪魔の様相がより明確に見て取れる。


兵士を蹂躙した悪魔…。知識としては知っている。


「戦車の…悪魔か」


推定難度100を超える、強大な悪魔である。1体で国1つを滅ぼしかねないほどの凶悪な悪魔だ。


加えて、戦車の悪魔には劣るものの、嘆願の悪魔や腐敗の悪魔など、聖騎士団団長でも苦戦するような悪魔が数多くいるとの報告を受けている。


…勝てるはずもない。


ユーゴの足が震える。


今すぐにでも逃げ出したい…。


だが、それは許されない。


自身の後ろにいる兵士たちは、自分などよりもさらに震え、恐怖しているのがわかる。


…ここで、カリンシャで兵士団の頭を張っている私が逃げ出せば、一瞬にして戦線が崩壊し、カリンシャが悪魔の手に落ちることは明白であった。


だからこそ、逃げ出したい恐怖とは裏腹に、兵士たちに激を飛ばす。


「聖王女様一行が到着されるまで!!何としても持ちこたえるのだ!!!このカリンシャの街を!!!悪魔どもに渡すな!!!!!!」


ユーゴがそう叫ぶと、後ろに控える兵士達から『うおーーー!!!!』と耳を塞ぎたくなるような怒号が鳴り響く。


その声に、ユーゴも心を決める。きっと生きては帰れないだろう。


愛する妻と娘の顔が浮かぶ…。はは…っと笑いを漏らす。


決断する…。前方の絶望に突撃しようと…。


心を決め、一歩踏み出したところで、左後ろにあった建物が吹き飛び、崩壊する。


「ぐっ…」


それによって生じた砂ぼこりや瓦礫で視界が悪くなる。


「キャー!!!」


と同時に、女性の悲鳴が聞こえる。


吹き飛んだ建物には見覚えがあった。


そう、冒険者ギルドである。


…このギルドに、足を運ぶ女性はそう多くはない。


もしかしたら…とユーゴの心がわずかに揺れる。


地面を転げまわる女性を見て、それは確信に変わる。


「セ、セリン!!!」


「う、うぅ…」


砂ぼこりが晴れ、セリンの姿を捉える。右足からおびただしいほどの血を流し、地面に伏している。


それを確認し、すぐさま駆け寄ろうとしたが、思わず足が止まる。


そう…。


先ほどまで対峙していた悪魔と同じ…戦車の悪魔が崩れた冒険者ギルドから出てきたのだ。


「バ…バカな…もう1体…だと…?」


持っている剣がカチャカチャと震える。自身の身体の震えが剣にまで伝導していた。


あり得ることではなかった。難度100を超える悪魔が、前方と後方に2体…。


…徐に先ほどまで見ていた方向…前方を見据える。


…目に光を失った。


さらに戦車の悪魔が2体…ゆっくりと近づいているのが見えたからだ。


ユーゴは、腕の力を抜き、持っていた剣を地面に落とす。


…終わりだと…。絶望が心を支配する。


…無理だ…。一体であれば、聖王女様一行が到着されてから総力をもっての討伐も叶ったであろう。


だが…4体…。聖王国の総力をもってしても…勝てる見込みがない…。


それは、30年という長い期間、聖王国に仕えているユーゴであったからこそ、容易に理解できた。


聖王国は終わりだと…。


為す術はなしと…。


そのまま絶望し、命を諦めたその時…。


「い、いやー!!やめて!!!来ないで!!!!!」


セリンの声を耳に入る。


それを聞いて、ユーゴは些少の勇気を取り戻す。


「セリン!!!!」


彼女はかつて、自身が冒険者をしていた際…そのギルドの長をしていた友人の娘なのだ。


赤ん坊の頃から知っている…。助けなければ…。


その気持ちだけで、絶望から全てを諦めかけていた心が動く。


だが、間に合わない…。


戦車の悪魔の…凶悪な炎を纏う大剣がセリンに襲い掛かろうとしている。


「やめろーーーーー!!!!!!!」


また一歩、ユーゴは踏み込む。


やめてくれ!どうか、どうかその剣を私に向けてくれ!!


だが、無慈悲にも、その剣はセリンを捉えようと、刻一刻と迫っている。


セリンはギュッと目を瞑っているのが分かる…。


しかし、それとは逆に、ユーゴは思わず、目を見開いた。…それはガキンッ!という金属がぶつかり合う音が耳に入ったのと同時だった。


一呼吸置く…。


そして、もう一度目を凝らし、そして見開く。


セリンを襲うはずだった炎の大剣は…銀色の鎧をまとう騎士の剣によって防がれていた。

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