第6話 変質

「い、いかがなされましたか…⁉主様!」


最も後ろで控えている戦車の悪魔(ウォー・デビル)は、ひどく困惑していた。


目の前にいるお方は、神…そう、神なのだ。


私に命を与え、意志を与え、そして恐れ多いことに肉体を与えてくださった。


この矮小な身体と心で、一体どれほどのことができるのかは不明だが、それでも私を必要とし、召喚して頂けた。


であれば、私はその願いと命令の赴くままに力をふるうのみ…。


ああ、これほどの幸福があるだろうか…。


だが…。


目の前にいる主様は、どこかご不満なご様子…。驚愕の色も伺える。


そうして考えを巡らせていた戦車の悪魔であったが、一つの可能性に気付く。と、同時に、同じ雰囲気を隣に並ぶ同胞からも感じる。


自身と同じく、戦車の悪魔として呼び出されたものである。


その結論とは、『想像と違う』というものであった。


それが核心に変わった時、私は地面を割る勢いで頭を垂れ、這いつくばった。


「大変申し訳ございません!!御身の求める強大な悪魔へとなりえなかった私共の矮小な存在を、どうかお許しください!!!」





ウルは酷く困惑していた。


最終戦争・悪によって呼び出される悪魔たちには、本来意思がないからである。加えて、召喚者の指示に従うこともないからである。


「…いや、少し驚いただけだ…。すまないな」


「しゃ、謝罪など…。主様のお考えを読み違えた私共の失態でございます!」


「ああ、えっと…。確認なんだけどさ…」


「はっ!!何なりと仰ってくださいませ!」


戦車の悪魔は、更に頭を垂れて平伏する。


「改めて聞くのもおかしな話なんだけど、会話ができているということは、意志はあるんだよね?」


「はい。主様が与えてくださいました」


「そっか…。じゃあもう一つ…、敵への攻撃や撤退など、私の指示に従うかい?それに、仮に私を攻撃しろと言ったらできる?」


「主様のご命令とあらば、どのようなでもいたします」


今、考えられる可能性は1つ…。異世界に転移したことで、召喚魔法の特性が変わった…。ということである。もしかしたら他の魔法も変質しているかもしれないため、確認の必要が出てきた。


「それじゃあ最後に……」


ウルは大きく息を呑んで、そしてはいた。この発言の結果次第では、いきなり戦闘になることも考慮してだ。


「…死ねといったら、死ねるかい?」


「仰せのままに…。我らの命は、主様のモノ…。主様から死ねとご命令を頂けたのであれば、これほどの名誉な死はございません…」


…賭けに、勝った。ウルはそう思っていた。


内心はヒヤヒヤものであったが、実際は望んでいた回答と結果であった。


『一生ついていきます!!』などと言われたらたまったものではなかったからだ。


「質問ばかりで悪いんだけど、君たちは時間経過で消滅するかい?」


「その通りでございます」


「…大体わかったよ。ありがとう」


「…⁉お礼など!…我らは主様のためにのみ存在しております。どうか、いかようにでもお使いください」


あれだ…。ここまでくると、なんか逆に怖くなってきてしまう。


これだけの忠誠心に、答えられるものがないからである。


適当に持ってきたマジックアイテムの…それも弟の失敗作である。


それを消費しただけで『主様!神様!』となるのだから、たまったものではない。


そこまで考え、ウルは本題に入ることにした。


「大分話がそれたね。君たちを呼んだのは…私が君たちを殺すためだ…。目的は力試しだ」


常識的に考えれば、この発言を聞いたものは、サイコキラーか狂信者のものであると判断するだろう。


『君を産み出したのは、君を殺すためだ』などと言われ喜ぶものは、少なくともウルの知り合いにはいなかった。


だが、今この場だけは違う…。悪魔たちの間では、『おおぉ…』とか『主様自ら…』などと感嘆に至っているのである。


…あんまり考えると、精神衛生上碌なことにならないと判断したウルは、地面に向けて下げていた刀を持ち直す。


「それじゃあ、早速始めようと思うんだけど…、いいかな?」


「主様。発言のご許可を頂いてもよろしいですか?」


声を掛けてきたのは、嘆願の悪魔であった。レベルは40台の悪魔で、長い髪と青白い肌をもつ女性の姿をしている。両手に目、鼻に加え、口も糸で縫われるようにして塞がれている。何で喋れるのか不思議だったが、その疑問は聞かないことにした。


「ん?どうした??」


「一つ、ご提案がございます…」


「提案??」


思わず感心してしまった。召喚した悪魔が、意思があるだけでなく、思考も出来たからである。これは非常に興味をそそられることであった。


ウルがそんな風に考えていると、嘆きの悪魔はゆっくりと口を開いた。


「主様の腕試しを近くの人間の街で行い、主様の名声を高めるのはいかがでしょうか?」

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