第4話 冒険者

ウルが転移して早くも1週間が経とうとしていた。


薬草採取や警護などの簡単な依頼を中心にこなすことで、実績を重ねていった。


身に着けている鎧や、体格からカリンシャの住民や依頼者から怖がられることもあったが、持ち前の明るさと丁寧な言葉遣いや優しさも相まって、徐々に話題となっていった。


転移6日目は依頼を受けず、情報収集をすることにした。


まずは近場からということで、この世界の常識やカリンシャのこと。加えて聖王国のあれこれについて聞いたり調べたりしたのだ。


新たに知ることばかりであったが、一番の驚きは魔法の価値観について、この世界の人々との格差が大きいことが分かった。


ウルはワールドチャンピオンかつ聖騎士であり、基本的にはパワーで戦うスタイルである。職業スキルもステータスもガチガチの前衛ビルドであるためだ。


しかし、聖騎士のスキルに加えて、クレリックのスキルも有しており、回復魔法(8位階の完全治癒)や蘇生魔法(9位階の真なる蘇生)、防御魔法(第9位階の断空絶壁)も扱える。しかし、魔法は魔法力と魔力量に依存するため、特に回復魔法においては純粋な僧侶等の後衛職に比べると効力は薄い。


そんな、魔法に精通していないウルですら、10位階を除く9位階までを扱うことができる。


しかし、この世界では、第3位階が常人の限界とされ、どれほど努力を重ねようとも、人間のみでは6位階が限界だという。


これを聞いたウルは、魔法を使用する機会がなくてよかったと感じた。と同時に、最低でも原則は第6位階までの使用に留める必要があると感じた。


そしてもう一つが戦闘力である。


この世界には『難度』というものが存在し、いまだ明確な数値はわからないが、『難度3=レベル1』という式が成り立つと仮定した。


そんな中で、難度90のモンスターを狩ることができれば、アダマンタイト級、英雄の領域にあるとされていることだ。


レベルに換算すれば30レベルである。


ウルはもちろん、多くのプレイヤーが100レベルであったユグドラシル時代と比べると、酷く低く感じた。


極少数ではあるが、レベルが80~100に近い強者と予想される存在もいるような情報もあったが、信ぴょう性はわからない。


…つまるところ、レベル100であり、しかもワールドチャンピオンであったウルが全力を出せば、一気に魔王ルートである。


弟であれば、嬉々として喜んだかもしれないが…。といっても、弟の悪とは蹂躙を意味するところではないので、少しずれがあるが。


さて、そんな中でウルが最も危惧しているのは、大きなブランクであった。


いくらユグドラシルで2番目に強かったとはいえ、相手がワールドエネミーであれば勝つのは難しい。それこそ、装備、アイテム、下準備…あらゆる対策を施してようやく勝利が見える…という相手だ。まあ、そもそも一人で戦うようなものではないが…。


しかし、ブランクがあれば、同格、同格以下の相手に負ける危険性があった。


ユグドラシルが衰退していくのと同時に、戦闘行為に身を置くこともしなくなっていた。


加えて、レベル30程度で英雄であるならば、強敵との戦いに身を置く機会は少ないだろう。…そんな中で自身と同格の相手と戦闘になれば…敗北の確率は上がってしまう。


これは早急に解決しなければならない課題であった…。


まあ、ウルが戦闘狂…という面も否定はできないのであるが…。






転移7日目に、昨日出た課題を解決することにした。


今ウルがいるのは、カリンシャから10㎞程の場所にある忘れ去られたであろう墓所であった。


いくつもの墓石は倒れて苔むし、長期間にわたって放置されている様子が見て取れた。


もちろん、周りには、少なくとも半径5㎞圏内には誰もいないことは確認済みで、盗み見対策もばっちりであった。


なぜそこまでするのか…。


それは、ウルが考えた簡単ですぐに実行できる解決方法が、『自身でその敵を召喚すること』であった。


もしもそんな場面を見られてしまったら、カリンシャでは、いやこの国では生きていけないことははっきりとしている。確実に牢屋行きである。


思いっきりマッチポンプとなるため、あまり気乗りはしなかったが、この世界ではフレンドリーファイア解禁…というかそれが当たり前であることを知ったので、この手が使えると考えたのだ。これも、ゲームではないことを裏付ける決定的な証拠でもあった。


ここで、サーバーダウン前に宝物の間から持ち込んだアイテムが活躍することになる。


その中にはもちろん、スクロールを含めた魔法発動のアイテムもあった。


ウルは特に品定めせずに選んだつもりであったが、自身の使えない魔法や効果のあるものをより多くインフィニティ・ハヴァサックに詰め込んでいたのだ。


その一つが、第十位階魔法『最終戦争・悪(アーマゲドン・イビル)』である。


これに関しては、何十回という回数を発動できるのである。


これには深い意味があるのだが…一言で言ってしまえば、『弟が沢山作っていた』のである。


趣味の悪い、悪魔像がその効力を宿しているのだが、ここで一つ疑念が生まれた。


「あれ?宝玉が3つしかないやつも持ってきていたはずなんだが…」


この悪魔像、完成品は6この宝玉を有したものである(弟曰く)。宝玉の数によって、最終戦争・悪の発動回数が決まる。


その完成品を作るまでに、何度も失敗をして、ようやく完成したものであった。


その話を聞いた時のことを思い出しながら、アイテムボックスを確認するが、やはりなかった。


「んー…持ってくるの忘れたのか?…まあ、完成品ではないからまあいいか…」


宝玉が2個と5個のものは複数ある。1-6までの像を綺麗にアイテム欄に並んでいないことに些少のむず痒さを感じながらも、宝玉が一つのみの悪魔像を取り出す。


「最終戦争・悪」


ウルの呟きと共に、目の前に多くの悪魔たちが出現する。


この魔法は、レベル10~70台の悪魔を召喚できるものであった。それに加えて…


「レベル60、70の悪魔、キャンセル」


60、70台の悪魔の召喚をキャンセルすることで、レベル10~30の悪魔を倍召喚できるのだ。


まずは戦闘時の動きの確認をするためにとこの魔法を利用することにしたのだ。


この魔法を選択した理由は3つある。


・大量に召喚できる代わりに、さほど強くないこと。

・勝手に暴れて操作を受け付けない。

・召喚された悪魔たちは召喚者、つまりはウルを攻撃できない。


というモノであった。


そのため、試し切りや動きの確認をするにはもってこいなのだ。


「よし…」


200体を超える悪魔たちが召喚しきったのを見て、ウルは小さく気合を入れながら、腰に差した2本の獲物を両手にそれぞれ握り、抜刀する。


と同時に、些少の違和感を感じる。悪魔たちが微動だにしないのだ。


そして、一瞬のうちにその違和感は驚愕へと変わった。


「お呼びでしょうか…。我らが主様…」


「…ぇ…?」


発した自分が聞き取れないほどの小さな声を漏らす。


ウルは一体何が起こっているのか理解できなかった。


呼び出した悪魔200体が、それぞれ形は違えど、自身に対して平伏しているのが分かったのだ。


多くは言葉を発することのできない悪魔であったが、身振りだけで分かってしまう程の平伏っぷりであった。


「…主様…どうぞ我らに…ご命令を…」


様々な疑問が生まれては頭を埋め尽くしていく。


…そして、ウルがとった行動はというと…


「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!!!!」


ただ大声でビックリすることだけであった。

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