第2話 把握
寂れたような家屋…。その中にある、清潔とはいいがたいが、身を預けるのを躊躇う程汚いわけではないベッドに、一人の男が身体を預けるようにして寝っ転がっていた。
ウルベノムであった。
…いや、実は先ほど改名をしたのだ。
先ほど貰った銅色の小さなプレートをポケットから取り出す。
これは冒険者のランクを示すプレートらしい。登録したばかりなので、もちろん最下層のものであった。
…そう、その際に名前を…いやそもそもこの国と街に入る際にすでに名を偽っていた。
「ウル…か。自分で言うのもなんだが、くそみたいな偽名だな」
偽名というにはあまりにもお粗末で、どちらかといえばあだ名に近かった。実際、ユグドラシル時代にそう呼ぶ者たちが多かった。
そんな風にして自身の改名を皮肉りながら、サーバーダウン後の異変から今に至るまでを振り返ることにした。一つひとつ整理するかのように思念する。
・GMコールを始め、ログアウトや外部との通信手段がないこと。
…何をしてもダメだった
・ユグドラシル時代のステータス等を有していること。
…異変直後、亜人に襲われたが羽虫の如く撃退できたこと。加えて装備やアイテムを有していたこと。
・ここはユグドラシルでも他のゲームでもなく、『現実』であること。
…五感をしっかりと感じられること。
・美しい自然があり、空気が死ぬほどうまいこと。
…ブルー・プラネットさんに見せてあげたかったこと。
・ユグドラシル時代には聞いたことのない国であったが、言葉が通じること。
…バカでかい砦?にいた兵士や、冒険者ギルドの受付嬢との会話に何ら問題がなかったこと。
その他にも、振り返って考えなければならないことが多々あったが、一度思考を止めて口を開く。
「現状からすると、間違いなく異世界転移…ってやつか…」
この結論に至り、自分の中でかみ砕くまでには時間がかかった。ありえない。そんなはずはない。と自身に何度も言い聞かせてきたが、現実が、自身に起こっている全ての出来事が悉くそれを肯定する。
「でも…考えようによっては…いや、でも…」
ウルはリアルの世界を思い出していた。行くところまで行ってしまった環境破壊と汚染。不条理な世界と貧困…。これもまたあげればきりがない。
そんな世界よりも異世界の方がよいのでは?と考える。何より、自然が美しかった。それだけでこの世界には大いなる価値があると感じた。
だが、同時にリアルの世界への未練もある。
「くっそ…こんなことなら無理にでもアカウント作らせて付き合わせるべきだったな…」
ウルには大事な弟が…たった一人の家族がいた。ウルにとっては、リアルで生きていく上で、最も重要な人物だった。…だが、先の考えに確証はないとすぐに気づく。
「といっても、あいつだけログアウト…ってことも考えられる」
そう呟きながら、モモンガさんに伝言を送る。
…やはり通じない。だが、伝言が発動していることは確定している。不通を知らせる音が耳に入るからだ。
「…俺だけってことはないだろ…?…遠い?…時間軸のずれ?」
また思考の時間が訪れる。だが、そのどれもがいくら考えても解決にはならないことに気付く。
「情報が少なすぎる…。そういう結論に至ったから、冒険者登録をしたんだがな…。考えすぎるのが俺の悪い癖…」
現状ではどうにもならないとわかっていても、やはり考えてしまう。こればかりはどうしようもないとため息をついて見せる。
「…少しずつ…少しずつ着実に…すすめて…」
ウルはゆっくりと目を閉じながら、夢の世界へと身をゆだねる。
…寝て起きたら、リアルに戻っていることを願いながら…。
結論から言おう。
リアルには戻れなかった。
睡眠から目を覚ますと、そこはボロい掘っ立て小屋のような場所だった。…そう、自分が昨日身を寄せた安い宿屋である。
リアルでは大した稼ぎはなく、ほとんどその日暮らしではあったが、それでもリアルの方がまだマシな部屋だったなと思った。
ゆっくりと身を起こし、伸びをする。窓…とは呼ぶにはあまりにもお粗末な木の板で遮られただけのものをゆっくりと開ける。
暖かな日だまりと、活気に満ちた街の音が耳に入ってくる。
…素晴らしい。
これだけは…豊かな自然と活気にあふれた街並みは、リアルとは比べ物にならない。
思わず笑みが溢れる。
こんな豊かな世界を、弟と共に共有できたら、どれほど幸せなことか…。
だが、それを為すには、リアルに帰る必要がある。
なぜなら、サーバーダウン時にログインをしていたことが条件であるならば、弟がこの世界に来ている可能性は0だからである。
だが、帰るにしても手段がないのも事実。現状としては、この世界で生きていくしかないというのが昨日出した結論である。
「リアルからこの異世界に転移できるのであれば、異世界からリアルに転移する手段も必ずある」
活気に満ちた街並みを眺めながら、決意を確固たるものとする。
「待っていてくれ…ウルベルト…いや、○○」
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