第1章 転移

第1話 プロローグ

西暦2138年――。


数多あるDMMO‐RPGのなかで、かつて一世を風靡したゲーム。


―ユグドラシルー。


「プレイヤーの自由度が圧倒的に高い」と言われたゲームである。


最終的には、日本のゲームと言えばユグドラシルと言われるほどであった。


――――しかし、それももう遠い過去の話である。





質素な大広間は、小さな炎がボウッと燃える様な、心許ない明かりに照らされた。


イメージとしては小学校の体育館のような雰囲気だろうか。


そんな中を、魂ここにあらず…といった雰囲気で座り込んでいる人物がいた。短髪の黒髪を有した男である。


視界上部に目をやる。名前はウルベノム・アレイン・オードルと表示されていた。自分の名前がふと目に入り、心の中で復唱している様子を自身で可笑しく思う。特に意味はなかった。


その後、大広間を見回すようにして目線を動かすと、その質素な空間に似合わないほどの金銀財宝、高価なアイテムや装備品が目に入ってくる。


だが、それらは整理されている様子はなく、乱雑に、まるで脱ぎ捨てた洋服のように置かれていた。


ここは、ギルド『百花繚乱』の拠点『シュレイクニア大聖城』の宝物の間であった。


全盛期は、八百弱あるギルドの中で、十大ギルドの一つに数えられるほどのギルドであった。


しかし、それももう一昔前の話である。


コンソールを開き、徐に現在のギルド順位を眺める。


最高で7位の位置にまでつけていた順位は、今では187位…。見る影もないとはこのことだと、どこか納得したような表情を見せた。


それもそのはずであった。


これまた最盛期には96人のメンバーを有していたギルドメンバーも、今はウルベノムただ一人…。名前だけ残している仲間、ギルド長が1人だけいたが、もうここ1年程ログインした形跡はない。


誰がどう見ても、崩壊していた。


…とはいっても、ウルベノムもそこまで強い思い入れがあるわけではなかった。…いや、あった。


ギルドに対する思い入れというよりは、仲間と過ごした時間と思い出に…。そして自身が成し遂げた偉業に…。


コンソールのログインユーザー画面。それを開くと、ギルドメンバーの欄とフレンドの欄が表示される。


ギルドメンバーの欄には、ウルベノムともう一人の名前しかない。何が可笑しかったわけでもないが、「ふっ…」と鼻息のような笑い声が漏れる。


…しばらくした後、フレンド欄をタップする。


すると、先ほどのギルドメンバーとは違い、ズラッと表示限度いっぱいに名前が表示される。


だが、これでも少ない方であった。軽く下にスクロールすると、すぐに頭打ちのように画面は固定される。


最盛期にはフレンドが多すぎて、探すのが大変であった程なのに…。


そんな風に思いながら、フレンド欄を上にスクロールして元に戻す。上位数名に黄色い星のマークがついている。お気に入りに登録しているメンバーである。


そのうちの2人…『モモンガ』と『ヘロヘロ』というプレイヤーがログインしていることに気付く。


また、「ふっ」と笑いが漏れる。


「そうか…ヘロヘロさん…ログインしてたんだな…」


少し驚いた様子で、だが感動した様子で呟いて見せた。


「こんなことなら、早めにログインして俺もモモンガさんのところに行っておくべきだったかな?…いや、それでも…あっ…」


なにかを思い出した様子を見せる。


「そういえばあいつ、モモンガさんに伝えといてっていってたな…。アカウントだけでも残しておけばいいものを…」


呆れた様子で口を開きながら、フレンド欄のモモンガをタップする。手慣れた手つきでメッセージを開き、淡々と文章を打っていく。


少しして書き終え、誤字脱字がないかを簡単にチェックして送信する。


コンソールをフレンド欄に戻すと、すでにヘロヘロがログアウトしているのが目に入った。


「ああ…明日も仕事だしな…寝に行ったか…」


リアルでのヘロヘロを頭の中で思い浮かべる。健康…とはいいがたいほどにやつれている姿が浮かんでいた。


「そろそろヘロヘロさんもやばそうだよなー…」


そう呟きながら、数日前にヘロヘロさんの所属する会社へ訪問したことを思い出した。


そんな風にして物耽っていると、メッセージを受け取ったことを知らせるアイコンと音が鳴る。


内容を確認する。連絡をくれたお礼と、ナザリックで最後の時を過ごさないかというモノだった。


少し悩んだ様子を見せたあと、ゆっくりと返信内容を打つ。『とんでもないです』と『最後の時は、自分のギルドで過ごしたい』というものである。


送った後に、暫く後悔のさざ波が起こったが、モモンガからの気にしないでくださいというメッセージが飛んできたことで、ゆっくりと立ち上がる。


「あと1時間か…へへ…どうせ最後なんだし、久々にガチ装備にしてみるか…。」


消えそうな声量で呟いた後、目の前の宝の山に魅入られる。


「そうだ…なんならレアアイテムやらも全部インフィニティハヴァザックにぶち込んでやろ…。もう、誰も文句は言わねえだろ…そもそも存在しないしな…」


皮肉っぽく言って見せると、ゆっくりと歩み始めた。





ウルベノムが異変に気付くのに時間はかからなかった。


自身のギルドの最深部…といっても地下ではないが、そこで目を閉じてサーバーダウンを待っていたのだ。


だが、ログアウトの感覚がなく、「あれ?」という思いと共に、ゆっくりと目を開く。


…まごうことなき森が広がっていた。


「…ここはどこ?わたしはだれ?」


…半分嘘である。自分が何者なのかはわかる。ただ、一度言ってみたくて発してみた。


ゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。やはり森である。しかもなんか緑臭さも感じる。完全に異変である。ありえないことが起きていると、瞬時に理解ができる。


「コンソール…開かない…。え…これってそういうこと??」


まさか…と思いながら、思いつく限りの外部との通信手段を模索する。


「ダメだ…なんもできん…」


コンソールが開かない以上、できることはなかった。最後の手段でモモンガさんに『伝言』を飛ばしてみるものの、繋がりもしない。


「モモンガさんのことだ…絶対にサーバーダウンの予定時刻までログインしていたはず…」


伝言が繋がらない理由はいくつも上がってくる。その理由を一つずつ精査していくが、それはある呻き声に似た音で中断されることとなった。

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