第十八章 始まり
アダムはどこへ向かうべきかもわからず、闇の中をただ彷徨っていた。冷たい風が吹き抜け、彼の背筋に寒気を与える。目の前に広がる森はまるで無限に続いているように思え、どれだけ歩いても同じ風景が続くばかりだった。
「逃げられない…逃げられないんだ…」頭の中で繰り返される言葉に、アダムの意識は徐々にぼやけていく。気がつけば、彼の耳元でささやく声が次第に大きくなり、その響きは彼の中に根を下ろしていくようだった。
そんな中、ふと視界の端に何かが映った。振り返ると、そこには一軒の古びた教会が立っていた。朽ち果てた木の扉が半開きになっており、中からは微かな光が漏れている。「あそこなら…何か手がかりが…」彼はまるで誘われるように足を踏み入れた。
教会の中は薄暗く、埃と湿気が充満していた。壁には古びたステンドグラスが埋め込まれており、その光がかすかに空気を照らしている。だが、異様なのは、そのステンドグラスに描かれている人物だった。
それは、アダム、エリカ、そしてリサ…3人が並んでいるように見えたのだ。しかも、全員の目がアダムの方向を向いている。
「なんだ…これは…」彼はゆっくりと歩みを進め、祭壇に近づいた。そこに置かれていたのは、一冊の古びた手帳だった。埃を払うと、表紙には「リサ」と書かれている。
アダムの指先が震えながら手帳を開くと、そこにはリサの文字でびっしりと日記が綴られていた。
「あの日、エリカが私を崖から突き落とした時、私は死を覚悟した。でも、目を覚ましたら、ここにいた。私は、まだ生きている。けれど、なぜかこの世界は現実とは異なる…」
「リサ…お前は…」アダムはその文字に心を奪われ、ページをめくり続けた。日記には、リサが何度も自分の存在を認識できない人々と接触していたことが書かれていた。そして、最後のページには、こう書かれていた。
「この場所に閉じ込められているのは私だけではない。彼もまた、同じ運命を辿るだろう。でも、私は彼を見捨てない。彼だけは、真実に気づいて欲しい…」
その瞬間、教会全体が揺れ始めた。ステンドグラスが一斉に割れ、破片がアダムの周りに降り注ぐ。アダムは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだが、その時、後ろから聞き覚えのある声がした。
「リサはもういないのよ、アダム。」振り返ると、そこにはエリカが立っていた。彼女の手にはナイフが握られており、その目はまるで何かに取り憑かれたように光っていた。
「なぜだ…なぜお前がここにいるんだ…?」アダムは必死に問いかけた。しかし、エリカは微笑むだけだった。
「私はあの瞬間からずっとここにいたのよ。あなたが気づいていなかっただけ。」
アダムはゆっくりと立ち上がり、エリカと対峙した。「お前がリサを殺した…全ての元凶はお前なんだ!」
「そうね。でも、あなたはどうなの?自分の罪から逃げられると思っているの?」エリカはナイフを持つ手をゆっくりと持ち上げ、アダムに向かって一歩ずつ近づいてくる。
「やめろ…近づくな!」アダムは後退しながら叫んだが、その時、何かに足を取られて転んでしまった。頭を打ち、視界がぼやけていく中、彼は目の前に倒れたステンドグラスの破片に映る自分の姿を見た。
そこには、アダム自身がリサを崖から突き落とす姿が映し出されていた。「…嘘だ…こんなはずはない…!」彼は絶叫しながら、必死にその破片を払いのけた。
「リサを殺したのは…お前じゃない…俺が…?」
エリカは静かに頷いた。「あなたもまた、真実から逃げていただけ。でも、もう逃げられないのよ、アダム。私たちは皆、この場所に縛られている…」
アダムはその場で絶望の淵に立たされ、涙が頬を伝った。その時、背後から聞き慣れた鈴の音が鳴り響いた。振り向くと、そこにはリサが立っていた。彼女はアダムを見つめ、優しく微笑んでいた。
「リサ…俺は…」
「もういいの、アダム。あなたがそのことに気づいてくれたから…」リサの姿は徐々に薄れ、そして消えていった。
その瞬間、アダムの目の前に教会の扉が開かれた。外には闇が広がっていたが、その先にはかすかに光が見えた。彼はその光に向かって歩き出した。
「これで…終わるのか…」
だが、足元にはまたあの手帳が転がっていた。拾い上げて開くと、最後のページには新たな一文が書かれていた。
「真実はいつもあなたの中にある。逃げても、忘れても、それは決して消えない。あなたがそれを選んだ瞬間に…すべては始まる。」
アダムはその言葉を読み終えると、手帳を閉じ、ゆっくりと歩き出した。そして、気づいた時には、彼は再び教会の外に立っていた。
闇はすでに消え、ただ静かな夜が彼を包み込んでいた。遠くで鳥の鳴き声が響き、森の木々が風に揺れていた。
アダムは微笑みながら、静かに呟いた。
「もう…逃げる必要はないんだな…」
だが、彼の背後には、まだ影が一つだけ残っていた。その影は微笑みながら、再び彼の後を追いかけていった。
それは、終わりのない悪夢の始まりだった。
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