第十七章 ループ

アダムは冷たい地面の上で目を覚ました。自分がどこにいるのか、どうやってここに来たのか、まるで思い出せない。暗闇の中、唯一彼を照らすのは、ぽつんと点灯する古びた裸電球だった。それが揺れるたびに、彼の影が壁に映し出され、不気味な形を刻んでいた。


「ここは…どこだ…?」アダムは震える声で自分に問いかけた。しかし、返事をする者は誰もいない。周囲にはただ、冷たいコンクリートの壁と、その奥から響く微かな水滴の音だけだった。


彼が立ち上がろうとした瞬間、足元で何かが転がった。見下ろすと、それはエリカのスマートフォンだった。画面は割れており、血に染まっているように見えた。しかし、電源はまだ入っていた。彼は震える手でそれを拾い上げ、画面を覗き込んだ。


画面にはメッセージアプリが開かれていた。そこには、送信者不明のメッセージがいくつも並んでいた。


「見ているの?」「逃げられない」「あなたも彼女たちのように」


「これは…なんなんだ…?」アダムは恐怖で喉が詰まりそうになりながら、必死に画面をスクロールした。すると、最後のメッセージにたどり着いた。


「真実を知りたいなら、あの場所へ戻れ」


その言葉を見た瞬間、彼の中で何かが爆発するような感覚があった。あの場所、あの小屋。すべての悪夢が始まった場所だ。逃げたいという本能と、真実を知りたいという欲望が彼の中でせめぎ合い、彼はその場に立ち尽くした。


だが、その時、背後でかすかな物音が聞こえた。振り返ると、暗闇の中に誰かが立っている。アダムは恐怖に駆られながら、その人影に目を凝らした。


「エリカ…?」彼は絞り出すように言った。しかし、その人影はエリカではなかった。


長い髪、濡れた服、そして真っ黒な目。それは…リサだった。彼女は無表情でアダムを見つめていたが、その目の奥には何か冷たい怒りが燃えているようだった。


「なんで…俺の前に現れるんだ…?」アダムは後ずさりした。


リサは一歩一歩、彼に近づいてきた。そして、その冷たい手をアダムの頬に触れさせた瞬間、アダムの視界がぐらりと揺れた。


彼は気づくと、あの小屋に立っていた。雨が激しく降りしきり、雷鳴が空を引き裂く中、小屋の扉がギィィッと音を立てて開かれた。


「リサ…お前は…」アダムは言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。


その時、突然彼の目の前に映像が浮かび上がった。それはまるで過去の記憶が再生されているかのようだった。


リサとエリカが崖の上で口論している姿。エリカがリサを突き飛ばす瞬間。そして、彼女の叫び声が闇の中へと消えていく様子。アダムはその光景を目の当たりにし、背筋が凍りつくのを感じた。


「これが…真実なのか…」アダムは震えながら呟いた。


だが、その時、映像が一瞬で切り替わった。そこにはアダム自身が映っていた。小屋の中で何かを探し、焦ったように何かを手に取っている。


「なんだ…これは…?」彼は混乱した。


映像の中のアダムは、エリカのスマートフォンを手に取り、その画面を見ていた。そこには彼とリサの写真が写っていた。そして、スマートフォンに映るリサの目が、アダムに向かって瞬いた。


その瞬間、アダムは激しい頭痛に襲われ、膝をついた。「何が…何が真実なんだ…!」


「あなたは…何も知らないのよ、アダム。」


声が耳元で囁かれた。顔を上げると、リサが彼の目の前に立っていた。彼女の顔は歪み、涙と血が混ざり合っていた。


「なぜ…俺は…」アダムは必死に問いかけた。


「あなたは…私を見捨てた…」


リサの言葉と同時に、小屋の壁に無数の手が現れ、アダムを掴み始めた。冷たく、力強いそれらの手が、彼の身体を引き裂こうとしていた。


「やめてくれ…やめてくれ!」アダムは叫び、必死に抵抗した。しかし、リサの声はどんどん大きくなっていく。


「あなたは、私を救えなかった…あなたは私を見捨てた…」


「違う…違うんだ…!」アダムは絶叫した。


その時、再び電球が点滅し、明かりが消えた。辺りは完全な闇に包まれ、アダムは何も見えなくなった。


だが、暗闇の中で、リサの冷たい指が彼の手を優しく握った。「一緒に来て…アダム…もう終わりにしましょう…」


その言葉に、アダムの全身から力が抜けた。もはや何もかもが遠ざかっていくような感覚に包まれながら、彼はゆっくりと目を閉じた。


そして、次に目を開いたとき、彼は小屋の外に立っていた。雨は止み、夜空には月が輝いていた。だが、彼の手には何も残っていなかった。


「これは…一体…?」アダムは独り言を呟いた。しかし、彼の耳にはもう何も聞こえない。ただ静寂だけが、彼を包み込んでいた。


それはまるで、すべてが幻だったかのように。しかし、彼の足元には、赤く染まった泥と、エリカのスマートフォンが転がっていた。


そして、スマートフォンの画面に、文字が一つだけ浮かび上がっていた。


「もう逃げられない」


アダムはその言葉を見つめ、微笑んだ。


「そうか…結局、こうなるんだな…」


彼はスマートフォンをポケットにしまい、静かにその場を後にした。闇が彼を飲み込み、アダムは再び消えていった。


だが、その足跡は、いつまでも消えることなく、小屋の周りを取り囲んでいた。



そして誰もいなくなった。



残されたのはアダムの…





悲しみと怒りが混じった魂だけ。

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