第十九章 鈴

アダムは歩き続けていた。闇夜の中、月明かりだけが頼りで、彼の影を不気味に長く伸ばしている。森は静まり返っていたが、風に乗ってどこからかかすかなささやきが聞こえてくる。「逃げられない…逃げられない…」その言葉が頭の中でこだまし、彼の意識を徐々に飲み込んでいく。


「俺は…本当にリサを…?」アダムは自問自答を繰り返しながら、手元の手帳を握りしめた。手帳のページを開くと、そこには新たな文章が書かれていた。




「すべてが終わったように見えても、終わりはまだ訪れない。真実は常に見えない場所に潜んでいる。そして、あなたがそれに気づいた時、それは再び始まる。」




彼はその文章に息を呑み、周囲を見回した。どこからともなく鈴の音が再び聞こえてくる。「リサ…お前は…」彼は口を開きかけたが、その瞬間、視界の隅に何かが動くのを感じた。


振り向くと、そこにはリサが立っていた。しかし、彼女の姿はぼんやりとした影のように曖昧で、まるで現実と幻の境界を彷徨っているかのようだった。


「アダム…」リサは微笑みながら、静かに彼に手を伸ばした。「真実を知りたいのなら、もう一度ここに来て。」


「何が真実なんだ…?俺は…俺は何をしたんだ…?」アダムは叫びながらリサに近づこうとしたが、その瞬間、彼の足元にある何かが彼を止めた。


それは、教会のステンドグラスの破片だった。彼はその破片を手に取り、ぼんやりとそれを見つめた。そして、その破片に映し出されたものに、彼は息を飲んだ。


そこに映っていたのは、リサでもエリカでもなく、彼自身だった。そして、その姿はまるで狂気に取り憑かれたように歪んでいた。


「これは…俺なのか…?」アダムは震える声でつぶやいた。その時、背後から冷たい風が吹き抜け、彼の頬を切り裂くような感覚が走った。振り返ると、そこにはエリカが立っていた。


「あなたは本当に何も覚えていないのね。」エリカは冷たい目でアダムを見つめ、手に持ったナイフをゆっくりと持ち上げた。「でも、それはもう関係ないのよ。」


「待て…やめろ…」アダムは後退しながら叫んだが、その時、背後から誰かの手が彼の肩に触れた。


「行かないで、アダム…」それはリサの声だった。だが、その声はどこか悲しげで、まるで彼に別れを告げているかのようだった。


アダムはリサに振り返ろうとしたが、その瞬間、エリカがナイフを振り下ろした。鋭い痛みが彼の胸を貫き、息が詰まる。


「終わらせないといけないのよ…全てを…」エリカの言葉が彼の耳元で響く中、アダムはゆっくりと地面に倒れ込んだ。


視界がぼやけていく中、彼は手帳を手に取ろうとしたが、手が届かない。そこには最後の一文が書かれていたが、彼にはそれを読むことはできなかった。






気がつけば、アダムは暗闇の中に立っていた。辺りには何もなく、ただ無限に続く闇だけが広がっている。彼は手を伸ばし、声を上げようとしたが、何も起こらない。


「ここは…どこだ…?」彼は自分に問いかけたが、答えは返ってこなかった。彼の足元にはまた手帳が落ちていた。手に取り、ページをめくると、新たな一文が追加されていた。




「終わりとは、いつも新たな始まりに過ぎない。あなたは逃れることはできない。すべてが繰り返されるだけ…」




その瞬間、アダムは目を閉じ、深呼吸をした。息を吐き出すと、遠くで鈴の音が聞こえた。


そして彼が目を開けた時、彼は再びあの小屋の前に立っていた。すべては最初からやり直しのようだった。扉がゆっくりと開き、中からリサの姿が見える。


「また、ここに戻ってきたのね…」


「どうして…俺は…?」アダムは呆然とした表情でリサを見つめたが、彼女はただ微笑んでいた。


「これが最後だと思った?でも、真実はそう簡単には見つからないのよ。」


アダムは戸惑いながらも、一歩ずつリサに近づいた。そして、リサは彼にそっと耳打ちをした。


「この物語は、あなたが選んだ結末によって何度でも繰り返される。」


「…どういう意味だ…?」


「それは、あなたが知っているはず。」リサはそう言い残し、彼の目の前で消えていった。


アダムは一人、小屋の中に立ち尽くした。冷たい風が吹き抜け、鈴の音が遠くから響く。そして、彼は気づいた。自分が手にしていた手帳の最後のページに、新たな言葉が綴られていることに。




「さあ、次はどんな結末を望むのか?」




アダムは手帳を閉じ、静かに外に出た。そして、また一歩、闇の中へと足を踏み入れた。


真実はまだ見えない。だが、いつかきっと…彼はそれを見つけ出すのだろう。


だが、それは誰にもわからない。物語が終わることなく続くように、彼の旅もまた終わりはない。


彼の背後で、また鈴の音が響いた。

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