黄金色の秘密基地

夕方、ノエルの喫茶店には柔らかな光が差し込み、穏やかな空気が店内を包んでいた。カウンターでノエルがティーカップを磨いていると、ベルの音が控えめに鳴り、扉が静かに開いた。


「いらっしゃいませ!」


入ってきたのは、約束をしていたルナだった。彼女は軽い足取りで店内に入り、ノエルに向かって微笑んだ。


「お待たせしちゃったかな?」


「ううん、ちょうど今、準備ができたところだよ。」ノエルは微笑み返しながら、ルナに向かってコーヒーを差し出した。


「ありがとう。ところで、今日行く古本屋さんって、どんな場所なの?このあたりにはあまり見かけないけど…」


ルナの疑問に、ノエルは少しだけいたずらっぽく微笑んだ。「まあ、普通の古本屋とはちょっと違うかもね。


「えっ、どういうこと?」ルナは驚いた様子でノエルの顔をじっと見つめる。


「行けばわかるよ。ちょっとした秘密の場所だから、夜になるのを待っててね。」ノエルは意味深にそう言い、軽く肩をすくめて話題を流した。


少しして、外が暗くなり始め、ノエルは「そろそろ行こうか」とルナを促した。夜風が心地よく吹き、二人は静かな住宅街を抜けて、少し離れた広場に向かう。


「ノエルー、やっぱり昼のほうがよかったんじゃない?グリテンモールの夜は外に出たら危険だよ。魔法使いだらけなんでしょ?」


「危険じゃないって!魔法市場に行くいい機会だしさ。でも、ルナが一人で歩いてたら連れ去られちゃうかもね」


「こわ!ぜーったい夜は外出しない...」


「冗談だって。たぶん...」


「たぶん!?」


「ニライの伝承について知りたいんでしょ?だったら誘拐ぐらいで怖気づいちゃだめだよ。」


「すごい覚悟だね。とか言ってたらノエルこそ後ろから...わっ!って連れて行かれたりして」


「......ルナがそこまでどうしても怖いって言うならとりあえず引き返そうか!」


「怖気づいたよねっ!」


「ちがうよ!ルナが帰りたいんだよ!」


「そんなこと言ってないんだけど。早く広場に行こ」ルナがあやすように笑い、突然広場に向かって走り始めた。


「待ってよー!ルナ〜」


広場につくと、どこからともなく現れた露店や魔法具の商人たちで賑う、魔法市場が広がっていた。まるで昼間の姿が嘘のように、賑やかで幻想的な光景が広がっている。


「すごい…昼間は全然こんな雰囲気じゃなかったのに、夜になるとこんなふうになるんだね。」ルナは目を輝かせながら、市場の光景に見入っていた。


「はぁ……はぁ……ふぅ……ここが魔法市場の一角だよ。この市場は、魔法使いにしか開かれない場所だから、昼間はなにもないけど夜になると魔法で出店を作って一気に活気づくの。目的の場所はこの奥だよ」


ノエルは広場を指しながら、魔法市場を横切り、奥の古びた建物へと向かった。


「クローズド?ノエルーこの本屋閉まってます!」


「ちょっとしたトリックがあるの」ノエルは軽く笑い、ドアの前で立ち止まった。


「おばあちゃん直伝の特別な扉の開け方を見せてあげる。」


ノエルは静かに手をかざし、懐から取り出した銀のペンダントを掲げた。


「アペリオ・ポルタ・ヴェリタティス」


ノエルが魔法を唱えると、銀のペンダントが淡く小さな星のように光を放ち、扉の文様がゆっくりと浮かび上がった。すると静かに音を立てながら扉が開かれ地下へと続く長い階段が姿を現した。


「え?すごっ、ノエルもしかして天才じゃん」


「えへへ。一緒に降りよっ!」


階段を降りるごとに、空気が徐々に変わり、まるで別の世界に入り込んだかのような感覚に包まれた。


「さっきの魔法私にも使えるかな?」


「大丈夫だと思うよ!センスない私でも3ヶ月ぐらいでできるようになったし」


「そっか!練習してみようかな」


2人の会話が階段に響いた。一歩ずつ降りるごとに、周囲の空気がひんやりと冷たくなっていく。壁には古びたランプが等間隔に取り付けられており、青白い光がぼんやりと階段を照らしていた。光に揺れる影が、まるで生きているかのように彼女たちの足元で踊る。


「なんだか、この階段、終わりがないみたいに感じるね…」

ルナは少し不安げに呟いた。


「大丈夫、もう少しで着くよ。」ノエルはそう言いながら、ペンダントを握りしめ、足取りを確かめるように進んでいく。


やがて、遠くの先に微かな明かりが見えてきた。その光は、昼間の太陽とは異なる温かな黄金色で、まるで誰かが二人を優しく迎え入れているかのようだった。


「見えてきたね…」ノエルが微笑みながら言うと、ルナも安堵したように息を吐いた。


階段を最後まで降りると、二人の目の前には巨大な木製の扉が現れた。扉は何世紀も前からそこにあるかのように朽ちていたが、細かな彫刻が施され、その中央には不思議な文様が輝いていた。


「これが、夜だけ開く魔法図書館の入り口だよ。」ノエルは再びペンダントを掲げ、優しく魔法を唱えると扉が静かに開き、中から温かな光と共に、古びた書物の香りが二人を包み込んだ。


一歩足を踏み入れると、そこには信じられないほど広大な図書館が広がっていた。


高くそびえる天井から柔らかな金色の光が降り注ぎ館内を暖かな雰囲気にしていた。中央には一本の大きな木が立ち、その枝葉が淡く光を放っており、木の周囲には、無数の小さな光の球体が漂いながら、まるで生命を持つかのように優雅に空間を舞っている。


天井近くまで積み上げられた本棚は、古びた巻物や魔法書がぎっしりと詰まっていた。本棚全体が薄い光をまとい1冊1冊から魔法の力が流れていることが感じ取れる。


この空間は知識と魔法が交差する場所であり、まるで夢と現実の境界が曖昧になるかのような幻想的な世界が広がっている。ノエルとルナは目の前に広がる美しい世界に圧倒されていた。


「すごい…こんな場所があったなんて」

ルナは驚きの表情で呟き、目を輝かせた。


「私もここに来たのは久しぶりだから、すごくきれいになってる気がする...とりあえず見て回ろっか!」


「でも、本が多すぎてどこを見て回ればいいか全然わかんないね」


ルナが戸惑いながら辺りを見回していると突然ローブを身にまといスラッとした体型の老人が近づいてきた。


「魔法図書館へようこそ。私はここの館長を務めておりますセバスチャンと申します。」


「えー!セバスチャンさん!どうして!?」

ノエルの驚いた声が館内に響いた。


「私はずっとここで館長をしてますよ。ノエル殿」


(たしかに私が夜会に行くまではただのおじいさんぐらいにしか思ってなくて全然気にしてなかったかも、まさかこの図書館の館長だったなんて)


「と言うか、どうして私の名前を?」


「あなたは珍しい方ですからね。嫌でも印象に残りますよ。それとあのパステルブルーの髪をした彼女もね」


「レイラのことですか?」


「ええ、そうです。お隣の方は新しいお友達ですか?」


「はい!私、ノエルの友達のルナといいます。」


「そうかい。ところで君ケルディア出身だろう」


「なんでわかるんですか!いつの間にか私もノエルみたいな有名人になってたのかな...」


「勝手に私を有名人にしないの!」


「見ればわかりますよ。その白みがかった水色の髪。ケルディアには多いだろう」


「言われてみればそうかも知れないですね」


「あまり知られていない話だが、その人の髪の色は血統を現しているといわれている。これも伝説上の話になるが、今から1000年前は髪色がきっかり分かれており、各種族ごとに違ってた。その後、多様な者が混ざり合い、今では黒に近い色が世界の大半を占めるが今でも純血は残ってるという話だ。」


「えーそうなんですね、ノエル激レアじゃん!」


「あなたも十分珍しいですよルナさん。純血さで言えばレイラさんには敵わないでしょうがね。彼女はおそらく、海底都市の生まれです」


「海底都市ニライですか?」


「さすが、ケルディア出身です。あそこは今でもあの都市を熱心に探し続けてますから。詳しいんですね。」


「海底都市ニライはあるんですか!?」

ルナが食い気味に尋ねた


「はっきりとは言えませんね。まだ証明されたわけではありませんから。ただ、私は1000年前の伝説とひっくるめて海底都市があることは信じていますよ」


「ほんとですか!それを聞けただけでも嬉しいです!!」


「ところで今日はどのような本を探しに来たのですか?」


するとそれまで静かだったノエルが急に言葉を発した。


「その、1000年前の伝説について調べに来ました!」


「えーノエル?ニライは...」


「ニライの話はまた今度ね。それよりも今日はもっと大事なことがあると思うの!」


「それでしたら、Aブロックの奧にいくつか記述された本がありますよ。」


「どうもありがとうございます。探してみますね。」


2人はセバスチャンに礼を言いその場を離れた。


「ノエルー。どうして方向転換したの?」


「急にごめんね。すごく気になっちゃて。セバスチャンさんも言ってたけどもしもその伝説があるとすれば海底都市ニライもその頃から実在してたことになるし、いいヒントになると思ったの。それと...」


「ふふ、自分の髪色が気になるんでしょ」


「うん。家族のみんな銀髪だったし、さすがに気になるかも」


「セバスチャンさんに聞けばよかったじゃん」


「絶対教えてくれなかったと思うよ。さっきもはぐらかされたし、ルナの話ばっかりだったから」


そう話しながら、2人は館長セバスチャンの案内に従い、図書館のAブロックの奥へ向かった。長い通路には、年代を経た古い本が並び、静かな空気が漂っていた。本の表紙には、風化した文字や不思議な紋様が刻まれている。


「ここがAブロックか…。どれが伝説に関する本だろう?」

ルナは本棚を見上げ、わずかに不安げに呟いた。


「全部調べるのはさすがに無理そうだね…ここの本は魔法が付与されてるからタイトル分かれば自然に見つかるけど」

ノエルは当てもなくそれっぽいタイトルを言いながら手をかざして、棚の隙間から一冊の古びた本を引き寄せた。それは、青い革の表紙に金色の文字が刻まれた重厚な本だった。


「『古の種族と色彩の神話』…これ、伝説っぽいかも?」

ノエルが呟くと、本が彼女の手の中で軽く震え、ふわりとした光を放った。


「すごい…まるでこの本自体が呼んでるみたい。これを読むことで私たちの髪の秘密がわかるかもしれないね!」ルナは嬉しそうに微笑みながら、ノエルを見つめた。


「でも…」ノエルは少し考え込むように表情を曇らせた。「ここに書いてあることが本当だとしても、知るべきじゃないこともあるかもしれない。」


ルナは不安げなノエルの肩を軽く叩き、優しく笑った。


「大丈夫だよ!一緒に冒険しよ。」


二人は黄金色の光が降り注ぐ図書館で、まるで新たな冒険の扉を開くかのように、静かに本のページをめくった。

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