海底都市「ニライ」の伝承

ノエルがカウンターでティーカップを磨いていると、店内のベルが控えめに鳴り、ドアが静かに開いた。彼女は一瞬手を止め、誰が来たのか確認しようと顔を上げた。


「いらっしゃいませ」


ノエルの声に応えるように、ふわりと銀色の髪が揺れ、若い女性が入ってきた。彼女は店内をゆっくりと見回し、そのまま窓際の席に向かった。どこか柔らかい雰囲気があり、店の静けさと見事に調和しているようだった。


「こんにちは。ちょっと休憩させてもらってもいい?」彼女は静かな声で言い、軽く微笑んだ。


「もちろんです。お好きな席へどうぞ」ノエルも同じように微笑み返し、彼女にメニューを手渡した。


「このカフェ、すごく素敵な雰囲気ですね。初めて来たんですが、とても落ち着きます」


「ありがとうございます。気に入ってもらえて嬉しいです」ノエルは少し照れながらも、話を続けた。


「このあたりにお住まいなんですか?」


女性は一瞬考え込んだ後、優しく答えた。

「実は、最近引っ越してきたばかりで…。まだこの辺りをよく知らないんです」


「そうなんですね!どちらから来たんですか?」

ノエルが興味を持って尋ねると、彼女は少しだけ笑みを浮かべながら答えた。


「ケルディアっていう場所なんですけど…あまり聞き馴染みがないかもしれませんね」


「ケルディア!それなら、私の友達も同じところの出身ですよ!レイラって言うんですけど、知ってますか?」


「えっ、本当ですか?ケルディア出身の方がこの辺りにもいるんですね!レイラさんという方は残念ながら知りませんが、なんだか親近感が湧きますね」


「偶然ですね。私も驚きです!そういえば自己紹介が遅れましたね。私はノエルです。このカフェのオーナーしてます」


「あ、私ルナっています。よろしくお願いします!」


ノエルはにっこりと笑い、少し親しみを込めて言葉を続けた。


「ケルディアってどんなところなんですか?レイラからはそんなに詳しく聞いたことがなくて…」


「そうですね…」ルナは少し考え込むように目を細め、懐かしそうな表情を浮かべた。


「広大な海があって、空がとても澄んでいるんです。特に夜になると、海に星が映るんですよ。それがすごく綺麗で…なんていうか、海と空が一つになるような感じです」


「すごく素敵な街ですね。教えていただいてありがとうございます。」


「いえいえ、自分の故郷に興味を持ってくれて私も嬉しいです。」


「へへ、ではごゆっくり」


そのとき、再び鳴りドアのベルが鳴り、馴染みの商人とおばあちゃんがカフェに足を踏み入れた。彼らはノエルに向かって軽く手を振り、笑顔で応えた。


「いらっしゃいませー。お二人が一緒なんて珍しいですね」


「たまたま街であって、ノエルちゃんのお店に行くって言ったらばあさんがついてきたんだよ」


「この商人さんがまた、変な骨董品を持って歩いてたから気になってね」


「変な骨董品じゃねえよ!」


ノエルは軽く微笑みながらカウンターに近づきいた

「今日はどんな品を持ってきたんですか?」


商人は得意げに頷き、鞄から小さな壺を取り出した。「これさ、砂漠の向こうで見つけたんだけど、ただの壺じゃない。古代の都市で使われていたって言われてる品なんだよ。ちょっと変わった模様があるだろ?」


「たしかに、面白い模様ですが...。ただの小さい壷じゃないですか?」


「ノエルちゃんもばあさんと同じ意見かよー。そこの嬢ちゃんもみてくれよ。珍しいもんだと思わないか?」


その言葉にノエルが慌てて答えた

「やめてくださいー。私のお店には珍しい新規のお客さんなんですから、そんな雑な絡み方したら居酒屋と勘違いされちゃいますよ。」


ノエルの心配を他所にルナは商人の持つ壺に興味を示し、軽く微笑みながら近づいた。


「ええ、たしかに面白い形ですね。模様がどこか不思議な感じです。何か特別な意味があるんでしょうか?」


商人は得意げに胸を張りながら、

「おお、わかってくれるか!これはな、古代の都市で儀式に使われてたんじゃないかって噂なんだ。俺の友人が砂漠の奥地で見つけてきたんだが、そこは普通の人じゃ行けない場所らしくてさ。中には何も入ってないけど、模様が独特だからきっと重要な品だと思うんだよ」


「すごいですね。それだけ遠い場所からこんな品を持ち帰るなんて、大変そうです」

ルナは驚いた表情で壺を眺めた。


「こういう珍しいものを見つけると、疲れも吹っ飛ぶもんだ」


商人は笑いながら壺をカウンターに置いた。


「私もいろんなところに行きましたが、こうしてお話を聞いているだけでも十分楽しいですね。旅の話って、聞いてるだけでワクワクします」

ルナは目を輝かせながら言った。


「俺もこうやって色んな人と話すのが楽しみなんだ。特にここ、ノエルちゃんの店は落ち着いてていい雰囲気だから、つい長居しちゃうんだよ」

商人はにこやかに笑い、カウンターに腰を下ろした。


おばあちゃんもニコニコしながら、商人に続けて話した。「そうそう、ノエルちゃんの店はほんとに居心地がいいよね。私もここに来るとついつい長話しちゃうのよ」


ノエルはそんなやり取りを聞いて、少し照れくさそうに微笑んだ。


その様子を見ていたルナも、心が温かくなるのを感じた。


「確かに、ここはすごく落ち着く場所ですね。こんな素敵なお店を持ってるなんて、ノエルさんはすごいです」


「そう言ってもらえて嬉しいです。皆さんがこうやって来てくれるからこそ、店も続けられているんです。感謝してますよ」


商人が茶化すように、「そんなに照れるなよ。俺たちもお前のコーヒーが飲みたくて通ってるんだ」と言い、皆で笑い合った。


その後も4人は和やかに話を続け、日常の些細な話題で盛り上がった。商人は旅の面白い出来事を語り、おばあちゃんは昔の街の風景を懐かしんだ。ルナも、ここでの新しい生活に期待を込めながら、積極的に会話に加わった。


「ところでよ、ケルディアって言えばニライの伝承で有名だが、あれって本当なのか?」


「ニライ?なんですかそれ?」

ノエルが不思議そうに尋ねるとおばあちゃんが懐かしげに言った。


「ニライは夢の都だよ。夢と現実の狭間に存在すると言われている場所でね」


「ふふ、では、私の故郷に伝わる昔の話をお聞かせしますね。」


ルナは少し微笑みながら話を始めた。


「古代、海の底には『ニライ』という、神秘的な都があったと伝えられています。ニライは、地上の人々から『夢見る都』とも呼ばれ、現実と夢の狭間に存在していたそうです。都は、昼も夜も輝く光に包まれ、青く透き通った海の光が宮殿や都市全体を美しく照らしていました。」


彼女の声は穏やかで、まるでその情景が目の前に広がっているかのように感じさせた。


「ニライの住民たちは、特別な『夢の魔法』を使うことができたと言われています。この魔法は、彼らが夢の中で見たものを現実に具現化する力を持っていたんです。その魔法のおかげで、ニライは豊かに栄えていました。住民たちは、夢と現実の境界を自由に行き来し、地上では見ることができない不思議な生き物や、幻想的な景色が広がっていたと伝えられています。」


ルナは一息つき、優しく微笑みながら言葉を締めくくった。


「そんな不思議な伝承が、今も私たちの故郷では語り継がれているんですよ。」


「その、ニライって都市は今も存在しているのですか?」


「わからないです...でも、存在してると信じて街を転々としながら情報を集めてます!」


「嬢ちゃんはニライを見つけようとしてるのか?」


「はい!ケルディアで生まれ育った人たちはみんなそうだと思いますよ。少なくとも私はそうでした。小さい頃からの憧れ?のようなものです。」


「そうなんだ、じゃあルナちゃん。今度一緒に古本屋に行かない?おすすめのお店があるの!」


ルナは思いがけない提案に少し驚いたが、ノエルの優しい笑顔に安心して頷いた。

「ぜひ一緒に行きたいです!」


「じゃあ決定だね!」


その後も4人は楽しいひと時を過ごし、ノエルとルナは、いつか二人で古本屋巡りをしながら、ケルディアやニライの謎に迫る冒険を夢見て話し込んだ。


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