ティータイムと未来への一歩

ノエルは、静かな朝の陽ざしが窓から差し込む中、いつものようにカフェのカウンターでティーカップを拭いていた。先日の夜会の出来事がまだ頭の中でくすぶっていたが、休日にゆっくりして気を紛らわせようとしていた。


「ふぅ……。この前の夜会は本当にすごかったな……。」


そう呟いたとき、店のベルがチリンと鳴り、勢いよくドアが開いた。入ってきたのは、ノエルの友人であるレイラだった。彼女はいつもより軽い足取りで、楽しそうに笑みを浮かべていた。


「ノエルー!おはよう!今日お休みだったよね!」


ノエルはティーカップを拭く手を止めて、レイラに微笑んだ。「おはよう、レイラ。今日はなんか元気だね。何かあったの?」


レイラはカウンターに腰を下ろし、少し得意げに言った。


「うん、実はね、最近新しい喫茶店ができたって聞いてさ、気分転換に行かない?」


「へぇ、新しい喫茶店か。行きたいかも。」


ノエルは一度大きく伸びをして、レイラと一緒に店を出る準備を始めた。


「それで、どこにあるの?その新しいお店って。」


レイラは軽く笑いながら、「ちょっと歩いたところにあるよ。あの、大きな木がある広場の近くだよ。」


少しだけ背筋を伸ばし、喫茶店のドアを開いた


外に出ると、陽射しが柔らかく、爽やかな風が二人の髪を軽く揺らした。


「今日のカフェって、どんな場所なの?」


「噂じゃ、魔法のカクテルが出るんだってさ。ちょっとエキゾチックな雰囲気らしいよ。ノエルにぴったりじゃない?」


「魔法のカクテル?それは楽しみ!」


ノエルは微笑んだが、心の片隅ではまだ先日の夜会のことが頭に引っかかっていた。


レイラは表情の違和感に気付き、少しだけ眉をひそめた。


「ねぇ、さっきからぼーっとしてるけど、どうしたの?」


「うん、時の神の話を聞いてから、なんだか気分がまだ晴れなくて…」ノエルは一瞬躊躇したが、思い切って続けた。「でも、今日はそんなこと忘れて、気分転換したいなって思って。」


レイラは軽く頷き、「そうだね、今は楽しいことを考えよう!でさ、最近話題のアイルボールって街知ってる?」


「もちろんだよ。あの街にお店を出すことが私の夢だもん!」


「うんうん、やっぱりノエルの夢はアイルボールだったんだ。」


「なんで?レイラに話したっけ?」


「いや?聞いてないよ。でも、あそこは薬学の聖地だもん。ノエルのイメージにぴったりだよ。けどね、私も最近アイルボールに興味があるの。街についてはあんまりわからないけど話題のビックニュースが気になってね。」


「そうなんだ、あの街はね全体が巨大な黄金色の樹木に守られてるの。『生命の樹』って呼ばれるその木は、街の中心に立っていて、街中の薬草や植物の成長を促す力があるんだって。それに、その木の力で街の空気は常に浄化されているから、住んでいるだけで健康になるらしいよ。」


「さすが詳しいね。観光のガイドさんになれるんじゃない?」


「喫茶店がいいの!恥ずかしいし...あとねあの街は、観光っていうより、植物や薬の研究者たちにとっての楽園みたいな場所だから。」


「でも、行くのは大変なんでしょ?遠いし、街に入るには特別な許可がいるって聞いたことがあるよ。」


「そうそう、だからなおさら普通の旅行者には厳しいよ。ガイドさんなんかしてたら仕事成り立たなくって、あぶれちゃう...そもそも私たちも街に入れるかわかんないし」


「でも、ノエルならどうにかなるんじゃない?ほら、おばあちゃんが有名な薬学者だったでしょ?もしかしたらコネとか使えるかもよ。」

レイラは冗談混じりにそう言って、ノエルをからかった。


「まさか。でも、もしできたらラッキーかも」


二人が歩いていると、見えてきたのは、小さな木造のカフェだった。外観はシンプルだが、窓際には綺麗な鉢植えが並び、緑があふれている。


「ここが新しいお店かぁ。可愛いいね。」ノエルは感心しながら、店内を覗き込んだ。


二人は店内に入り、窓際の席に座った。店内は落ち着いた木の香りが漂い、居心地の良い空間だった。静かな音楽が流れる中、二人はメニューを見ながら会話を続けた。


「へぇ、このお店、季節ごとに限定メニューがあるみたいだね。」ノエルが目を細めてメニューを読みながらつぶやいた。


「ほんとだ。えっと、秋のおすすめは『黄金の森のティーセット』って書いてあるけど…なんかアイルボールみたいじゃない?」


「街を意識してるのかな。『黄金の森のティーセット』には、特製ハーブティーと一緒に、薬草を使ったお菓子がついてくるんだって。これ、ちょっと面白いかも。」


「じゃあ、それにしてみる?」


「うん、そうしよ。あとは、この『魔法のカクテル』も気になる。さっき言ってたやつだよね?」ノエルがカクテルの説明を指しながら聞いた。


「そうそう、魔法のカクテル。なんでも、色が変わるとか味が変化するとかって噂だけど、どうだろうね。」


「たしかに、色が変わるのは面白そうだけど、飲み物の味まで変わるなんて、ほんとに魔法みたい。」


「思い切って試してみようよ。」レイラはメニューをテーブルに置き、ウェイトレスを呼んだ。


「すいませーん!」


『黄金の森のティーセット』を二つと、『魔法のカクテル』を一つ、お願いします。」注文を済ませ、ウェイトレスは丁寧にうなずきながら立ち去った。


「この店の雰囲気、アイルボールみたいに感じるよね。自然の香りがいっぱいだし、植物に囲まれてる感じが落ち着く。」レイラは周囲を見渡しながら言った。


「うん。実際の街もきっとこんな感じなんだろうね。でも、もっとすごいんだろうなぁ…いつか絶対行って私の夢、叶えたいな。」ノエルは少し照れながらも、しっかりとした意志を込めて言った。


「普段からのお店見てても、薬学への情熱はとびきりだからきっと大丈夫だよ!」


「そうだとうれしい。もし本当にアイルボールで暮らせたら、もっと多くの人を癒す力を手に入れられるかもしれないって思うの。おばあちゃんも同じ夢を持っていたし、私もその後を追いたいんだ。お店が繁盛したら、レイラは私のコネで街には招待してあげる」


「それは楽しみだね。でもさ、一回下見に行くのも悪くないんじゃない?ほら、今からでもさ。」


「えっ?今から?」ノエルは驚いた表情でレイラを見た。


レイラは冗談っぽく笑いながら、「いやいや、もちろんすぐには無理だけどさ、何だか本当に行けそうな気がしない?」


「なんなら、行っちゃう?」ノエルも乗り気になり、笑いながら少しだけ想像の中で旅立つ準備をしたような気持ちになった。


話してるうちに季節限定のティーセットが届いた


「ふふ、楽しいね。」


レイラは楽しそうに言いながら、カップに口をつけた。


ノエルもカップを手に取り、香りを嗅ぎながら一口飲んだ。


「すごく落ち着くね。私の喫茶店じゃ、この雰囲気は出せないかも」


「そうかもね。リリーフルは店長さんがおしゃべりだから。たまにはこうやって他の喫茶店に来て夢を見るのもいいかもね。」


「否定してよ!そして、おしゃべりなのは私じゃなくてお客さんの方だよ!」


ノエルの必死な訴えもむなしくレイラの耳には届いていないようだ。


喫茶店の外には、穏やかな風が木々を揺らし、道を歩く人々がのんびりとした時間を過ごしていた。


「そういえばさ、来る途中にレイラが言ってた話題のビックニュースってなんだったの?」


「んー...今はいいかな。お店でノエルが気絶しちゃったら大変だし、うわさでしかないからね」


「そっか!(すごく気になる...)じゃあ聞かないでおく(教えて!)」


「それよりもこの喫茶店、ノエルのライバル店になるんじゃない?」


「た、たしかに...それはビックニュースかも。そうなったら、グリテンモールのガイドさんになろうかな」


「ノエルにガイドさんは向いてないよ」


「レイラが勧めてきたのに」

ノエルはその言葉に、自分なら絶対に上手くやれるという思いを乗せて、心の中で小さく反論していた。


その後、魔法カクテルの不思議な味に困惑しながらも二人は喫茶店を後にした。ノエルの心の中に広がっていた「いつかアイルボールに行ってみたい」という夢は、現実味を帯びつつも、まだ遠い未来の話であった。


しかし、今この瞬間は、レイラとの時間を楽しむことに集中し、未来への希望を少しずつ胸に膨らませていくのだった。


「ねぇ、ノエル。今度はもうちょっと遠くまで足を伸ばしてみようか。きっとまだ見ぬ素敵な場所が、私たちを待ってると思うよ。」


「うん、そうだね。次の冒険はどこにしようか……考えるだけでワクワクするよ。」


そう言って笑い合いながら、二人は再び街の中を歩き出した。ノエルの中には、夢見る力が再び大きく膨らんでいった。

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