夜会開演 議題「時の神」

ノエルは緊張した面持ちで、巨大なホールの扉の前に立っていた。今日は彼女が夜会に参加する日だ。祖母から受け継いだ資格で招待されたが、自分自身がその場に立つのは初めてだ。目の前には重厚な木製の扉があり、その向こうでは世界中から集まった魔法使いたちがすでに開演を待っている。


「大丈夫、私だってこの資格があるんだし…」


ノエルは小さく息を吐き、扉を押し開けた。 中に広がるのは、まばゆいばかりの光が照らし出す大広間だった。ホールの中央には大きなステージが設けられ、その周囲に円形に並べられた座席には、すでに多くの魔法使いが着席していた。


ノエルは辺りを見渡し、その圧倒的な雰囲気に少し圧倒されながらも、ゆっくりと自分の席に向かった。


「ノエル!こっち!」

遠くからレイラの声が響いた。ノエルの友達であり、夜会の常連でもある。


「レイラ!」 ノエルは少し安心しながら彼女の隣の席に座った。


「初めての夜会、どう?緊張してる?」


「ちょっとね。でも、すごい場所だね、ここ。」 ノエルはホールの荘厳な雰囲気に圧倒されながらも、少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「今日の夜会はすごい議題が待ってるのよ。前回、時の神の存在が証明されたのは覚えてる?今日は、その証明をさらに強固なものにするため、イシュタル王国から代表者が来てるの。」 レイラは楽しそうに言いながら、期待感を高めた。


「イシュタル王国?珍しいね。確か、砂漠の真ん中に形成してるオアシス都市だったような。そんな遠くから来てるなんて…それだけ大事な議題なんだね。」


「たしかに、イシュタル王国は他国との外交に積極的じゃないし、中々聞かない国よね。都市全体が大きな日時計になってるらしいよ!」


「なにそれすごい!」

思いもよらぬ情報にノエルの好奇心はますますかき立てられた。


 その時突然、ホール全体が静まり返り、中央の壇上に現れたのは、夜会の管理者セバスチャンだった。彼は長いローブをまとい、威厳ある佇まいで壇上に立ち上がる。


「皆様、今夜もこの夜会に集まっていただき、感謝いたします。前回の夜会にて、時の神の存在が証明されたことは記憶に新しいことでしょう。しかし、我々はさらにその証明を強固なものにするため、本日、遠いイシュタル王国より新たな議題が持ち込まれました。」


セバスチャンの低く力強い声が響くと、ホール内に緊張感が漂った。全員が期待を込めて壇上を見つめ、次の発言を待っていた。


「それでは、イシュタル王国代表者、カリム・アル=ナビル、壇上へどうぞ。」


セバスチャンが招くと、長いローブをまとった男が壇上へと歩み出た。カリムは30代後半の堂々とした風貌で、その姿はまるで歴史の一部そのもののようだった。彼の登場により、ホール全体がさらに引き締まった。


「皆様、私の名はカリム・アル=ナビル。イシュタル王国より、この議題をお届けするために参りました。」 カリムは、ゆっくりと話し始めた。


その声には深い自信と経験が滲み出ており、彼の言葉一つひとつが、ホール中の者たちの耳にしっかりと届いていた。


「まずはイシュタル王国について少しだけ話させてもらおうと思う。我々の王国は古代文明と現代魔法技術が融合しており、特に星や時間に関する研究が古くから盛んである。天文学や魔法の結びつきが深く、時を司る神々への信仰も根強い。そしてイシュタル王国の人々は「時の神」を古くから信仰してきた。我ら一族は時間を流れる川のようなものと捉え、その流れを管理する神が存在すると信じている!その成果を今回この場で発表させてもらおうと思う」


カリムは静かに、だがどこか深いところで力強さを感じる声色で周囲を引き込んだ。


「3ヶ月前、ここで時の神の存在が証明されました。しかし、その証明は一部に過ぎず、さらなる検証が必要であるという意見が私たちの王国でも出ています。我々は、時の神の力がどのように作用し、どのように時間に介入するのかを理解しなければなりません。」


カリムは壇上に設置された机の上に大きな砂時計を置いた。その砂時計はどこか神秘的な光を放っているようで、ノエルは思わずそれに目を奪われた。 「


この砂時計は『時間の流れを正確に記録するための魔道具』として使われています。通常の砂時計とは異なり、この魔道具は単に時間を測るだけでなく、過去に流れた時間の履歴を残すことができる特別な装置です。そして、我々はこの砂時計を使い、驚くべき現象を確認しました。」


カリムは砂時計を指しながら、説明を続けた。


「通常は、砂時計を設定してから24時間が経過した場合、記録される時間は1日分(24時間分)ということになります。つまり、時計が動いたり止まったりした場合でも、その動きに応じた時間の流れがそのまま砂時計に記録されるのが通常の使い方です。ところが、今回の砂時計には『3日間分の記録』が残されていたにも関わらず、実際には『1日しか経過していない』という異常な事態が発生しました。これは、普通に考えれば不可能な現象です。通常であれば、1日が経過すれば、砂時計には1日分の記録しか残りません。それにもかかわらず、砂時計には同じ1日が3回繰り返されていたという記録が残されていたのです。」


ノエルは息を飲んだ。会場の空気が先ほどにもまして薄く感じる、、、


「このような時間の繰り返しは、通常の魔法ではあり得ません。この膨大な時間の操作は、時の神の介入がなければ説明がつかないのです。」


その発言に、会場内の参加者たちはざわめいた。ノエルも、そんな事象が実際に起こり得るとは思ってもみなかった。


すると、ホールの後方で手が挙がり、白髪の老魔法使いが立ち上がった。彼は緩やかな仕草でカリムに向かって質問を投げかけた。


「確かにその現象は興味深い。だが、時の神が介入しているという証拠は、それだけで十分と言えるのだろうか?他の力や存在が時間に干渉する可能性はないのか?」


老魔法使いの言葉は冷静だが、その声には疑問が込められていた。


「それはごもっともな指摘です。他にもこれだけでは不十分だという方もいるでしょう。そこで、決定的な証拠をお見せいたします。」


カリムは壇上でゆっくりと手をかざすと、魔法を使った投影映像が流れた。


「これは、繰り返されていた1日の夜に撮影された映像です。魔力の流れを撮影する特殊なカメラを使用しているのですが、ここに驚くべき事実が映っていたのです。」


魔法によって映し出された映像の中には、深夜の風景が広がり、静かな街の中に何かが”いる”ような歪みがあった。だが、それは普通の目には見えない、巨大な何かの影が映し出されていた。


「この映像には、透明で巨大な魔物?のようなものが映り込んでいます。これは魔力体カメラによってのみ撮影されたもので、通常のカメラには一切映っていません。」


ホール内はざわめき、驚きと疑念が交錯する。


「我々は、この存在こそが時の神であると確信しています。いえ、これらの膨大時間操作を行い、偶然とは思えないタイミングでの謎の影。これだけの状況証拠が揃っているのです。もはや、存在しないほうが辻褄が合いません!」


そう言い切るカリムの言葉に、ホール内の多くの魔法使いたちが賛同の声を上げ始めた。


これはまさに、ノエルがこれまで聞いてきた話とは次元の違う体験だった。目の前で展開される時の神の証明に、彼女の心は激しく鼓動していた。まるで自分がその神秘の一部に触れているかのような感覚だ。


「…これはただの伝説じゃない。本当に時の神は存在していたんだ…。」 ノエルは思わず小さな声で呟いた。横に座っていたレイラも同様に圧倒されているようだった。


そして、カリムは一瞬の静寂を挟んで、再び口を開いた。


「さて、ここで話題を変えましょう。最近、巷でも騒がれている話があります。天空都市エレシアについてです。」


ノエルとレイラは一瞬目を見合わせた。エレシアの話が出てくるとは思ってもみなかった。


「エレシアが時を止めたのは禁忌魔法による崩壊なのは広く知られていますが、実はその都市では、時間に関する魔法や研究が長年にわたって行われていたという記録が残っています。そして、その研究は、今の我々の研究を遥かに超えるものであったという話もあるのです。」 カリムの言葉に、ホール全体が再び静まり返った。


「エレシアの時が止まったとされる理由は、彼らが時の神の力に関わる何かを発見し、介入を受けたのではないでしょうか。我々が今研究しているこの現象が、もしも彼らの失敗と関連しているとすれば…時の神はもっと古くから、この世界に介入していたことになるのです。」 その煽るような言及に、会場は再びざわめき始めた。エレシアと時の神の繋がり――


それは、今まで語られてこなかった領域だった。そして、それをカリムはあえてここで口にしたのだ。


「エレシアが時の神と何らかの関係を持っていた可能性は、今後の我々の研究において重要な鍵となるでしょう。これまでの伝承を紐解きながら、エレシアが本当に時の神の力に触れたのか、さらなる証拠を追い求めるべきです。」


そのの言葉に、会場は一層の緊張感に包まれた。多くの参加者がその仮説に耳を傾け、これが新たな研究の道を切り開くのではないかという期待感を抱いていた。


しかし、その瞬間――ノエルは突然、頭の中がぐるぐると混乱し、耐え難い頭痛に襲われた。あまりに膨大な情報と新たな事実が次々と語られ、彼女の脳が処理しきれなくなったのだ。 「う…」 ノエルは額に手を当て、フラフラと体を揺らした。


「ノエル、大丈夫?」 レイラがすぐに彼女の肩に手を置き、心配そうに覗き込んだ。


「少し…頭が痛くて…」 ノエルは力なく答えたが、同じようにふらついている参加者が他にも数名見受けられた。


「こんな話を一度に聞かされたら、誰だって頭が痛くなるわよね…」 レイラは軽く笑いながらも、ノエルを心配そうに見守っていた。


「ごめんね、レイラ…ちょっと考えすぎちゃったみたい…」 ノエルは苦笑しながら、頭を振った。 周りでも、複数の魔法使いや研究者たちが混乱している様子が見られた。カリムが持ち出したエレシアと時の神の繋がりという仮説は、あまりにも突拍子もなく、同時にあまりにも壮大な話だった。


「無理しないで、私がついてるから大丈夫だよ」 レイラの優しい声に、ノエルは少しだけ安堵した。


「皆さん、今夜の議題は我々の研究にとって新たな一歩となるものです。時の神に関するさらなる調査と、エレシアに関する新たな発見を通じて、我々はこの広大な魔法の世界をもっと深く理解していくことができるでしょう。以上です。今回の発表はイシュタル王国代表カリム・アル=ナビルが務めさせていただきました。ご静聴ありがとうございます。」


セバスチャンが再び壇上に立ち、夜会の終わりを告げた。「皆様、今宵の夜会はこれにて終了となります。これからも共に知識を探求し、この世界の謎を解き明かしていきましょう。」


ホールには拍手が広がり、参加者たちはゆっくりと退席し始めた。ノエルも頭の痛みを抱えながら、静かにホールを後にする。


「すごかったね、ノエル。これからもっと世界が広がるのかもしれない。」 レイラは明るく言ったが、ノエルの頭にはまだ情報の波が押し寄せていた。


「うん…すごかった。でも今回の夜会で一つだけ分からないことがあったの」


「ん?」


「ねえ、レイラ。あの砂時計、本当に動いてた?」


「え、砂時計?あんまり良く見てなかったけど...動いてたんじゃない?」


「私結構見てたけど、途中から止まってたように見えたんだよね」 レイラは驚いた表情を見せた。


「時間止まってたの!?」


「わかんない。砂時計自体が時間の干渉を受けない魔道具だから意図的に止められてたみたいな?」


「意図的に?なんのためにそんな事するの?」


「それもわかんないけど、例えば魔法使いの中に時を止められる人がいて、その形跡を残さないためとか?」


「んーー、ありえなくもないけど砂時計が動いてないならみんな気づくんじゃない?考えすぎだと思うけどなー」


「たしかにそう言われれば、なんで動いてないように見えたんだろう」


「今日は情報が多すぎてきっと頭が疲れてるんだよ。ゆっくり休んで、また次の夜会に備えよ。それまでには何か答えが見つかるよ!」 レイラは明るく笑いながら、ノエルの肩を軽く叩いた。


「そうかもね…ありがとう、レイラ。」


「うん!じゃ、私はこっちだから、またね!次の夜会も一緒に行こうよ!」


「もちろん。また一緒にね。」 レイラが去っていく後ろ姿を見送りながら、ノエルは深く息を吐いた。


確かにレイラの言う通りかもしれないが、それでも頭から離れない違和感が、心の中に残っていた。


「砂時計が止まっていたのは…本当にただの気のせいだったのかな?」


軽く頭を振り、夜の冷たい空気を吸い込んだ。夜会に行く前にポーションを飲んだせいか、ひどく疲れがたまっていたようだ。


「頭痛はポーションのせいだろうけど、配合間違えたのかなー。効果あったのかもよくわかんないけど...帰ったらおばあちゃんの本読み返してみようかな」 夜の市場が賑わうなか、ノエルは一人重い足取りで帰路についた。

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