第25話 封手(ふうじて)

「ぁあ熱ッ!!」



 

 必死の我慢でテーブルにゆっくりとカップを置くやいなや、亮介は蛇口へ走り勢いよく水流に手を当てる。


「だ、大丈夫? 早く冷やさないと!」


「う、うん、あの、3人って、まさか一樹と3人でするってこと?」


 亮介の横に、綾乃が床に目を落としながら立っている。


「……ねぇ、亮介くんはしたことあるの、それ?」


「無い無い無い無い、あるわきゃない! え……、まさか一樹は経験有るって?」


「無いんだって……。もちろん私も無いよ……」


 


 

「ごめんね、あたし変なタイミングで言っちゃった」


「いやいや、大丈夫大丈夫。しかし驚いたね……」


 そう言って、亮介はまだ赤い指でカップの把手とってを握ってコーヒーを啜る。


「一樹、他に何か言ってた?」


「ぁ……、ちょっと命令……されちゃった」


「命令?」


 眉間に皺を寄せてあえて大袈裟に意地悪な表情を作る亮介。ちょっと吹き出した綾乃だったが、顔は赤い。


「あのね……、なんかあたしドMらしいの。一樹が言うには」


(だろうね)


 と亮介は心の中で言う。


「それで、命令というか指令というか、酷いことばっかりさせるんだよね」


「例えば?」


「いろいろ……ね。ちょっと! 恥ずかしい!」


 両手を顔の横でひらひらさせる綾乃。


「でも、気持ちいいんでしょ?」


(――!!)


 言葉が出てこず、苦笑いしかできない綾乃。


「で、今日の命令は何?」


「さっき空港まで、送っていったんだけど」


「うんうん」


「おうちからずっと、下着……つけちゃダメだって」


「……今も?」


「……うん」


「そのまま亮介くんとこに行け……って」


 これが何を意味するのか。

 考えてみたら、貸し出し指令メール以来一樹からメールも電話ももらっていない。それ以来やり取りは全て綾乃経由だ。しかも今日は直接の訪問。


「現地には何時に着くって言ってた?」


「えっとね、こっちの時間で昼の3時半頃って言ってた」


「そっか。じゃ、時間たくさんあるね……。綾乃さん、ちょっとそこに立ってもらえる?」


「え……、あ、うん」


 カーテンが閉まっている掃き出し窓はきだしまどの前に綾乃がまっすぐ立つ。亮介は、棚にあるコンパクトデジタルカメラを持つ。


「もうちょい右に寄れる? うん、そう」


「なになに、撮ってくれるの?」


 ニコニコしながら綾乃が言う。


「綾乃さん、両手でスカートを左右に広げながら肩ぐらいまで上げてもらえる?」


「……ダメ! そんなの、丸見えになっちゃうじゃない……」


 微笑んで目を合わせたまま、左右にゆっくりと顔を振る亮介。


 何かを悟り、諦めた綾乃は無言になり、頭だけを徐々に自分の足元に落としながら目を閉じる。


 まるで、舞台の幕開けのようにフレアスカートが上がっていく。


 ナチュラルベージュのパンスト。その、ももの付け根周辺は乱雑に裁断されていた。

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