第24話 日曜日よりの使者

(コン、コン)


 9時もゆうに過ぎた日曜の晩。そんな時間帯に独身男性のアパートを訪ねる用事はなんだろうか。ちょっと不安げにドアを開けた亮介の目に映るのは、少し緊張した面持ちの綾乃だった。


「綾乃さん! ……どうしたの、なんか……困ってる? ていうか、一人?」


 あんな別れ方をしたその翌日なのに、いつもの綾乃のようなウブさに安心する亮介だった。


「うん、一人、大丈夫。……困ってなくもないんだけどね、あはは。ちょっと用事が有って、来ちゃった」


 苦笑いしながら、手提げの紙袋を小さく掲げる綾乃。そんな些細なことでも胸を昂らたかぶらせる亮介だった。


 「そう……そうなんだ。うん、どうぞ、いらっしゃい」




 綾乃を二人がけソファーに導いた後、亮介はやかんを火にかけた。

「一樹に何かあったってこと? だからいないの?」


「いや、一樹は今夜からヨーロッパ出張なの。そろそろ離陸する頃だよ。まずはアムステルダムなんだって」


「え! まずはってことはいろんなとこに行けるってこと? いいなぁ〜。さすがエリート」


「これ、一緒に食べようと思ってもってきたんだ。マラスキーノチェリーって大丈夫? パウンドケーキなんだけど」


「あ、あの砂糖漬けのやつね。食べたことないけど大丈夫と思う。切ってくる」


 包丁を取り出しながら、亮介の頭に邪念がふと思い浮かぶ。

 

(え、それって今日から綾乃さん一人ってこと……だよな?)

 

 お湯はまだまだ沸かない。


(先にケーキだけ持っていこう。うわ、小さいフォークが無い)


「ごめん、デカいフォークしかなくて……」


「あはは、いいよ全然。上手に切れたね」


 綾乃のこういう大らかでポジティブなところが好きだ、亮介はあらためて惚れ直している。


「ありがとう。ところで、用事ってどんなの? ゴキブリでも出た?」


「ううん、そんなんじゃないの……。」


 だんだん、綾乃がモジモジしてきた。亮介はなんとなく、エロ系の話ではないかという気がしてきたのだった。


 やっとのことでやかんから勢いよく湯気が噴き出す。立ち上がりながら亮介はブラフをかけてみた。


「あ、また俺に二人きりで寝取られして欲しいとかかな。俺はもちろん大丈夫」


「ちょっと……違うかな」


(違うか〜。ま、確かにそうだ。既に昨日やってしまったわけだし。わざわざそんなこと言いにくるわけないよな)


「ふーん。ちょっと違うって、どういう風にかな」


 亮介は小声で(せーの)と言ってから、ちょっと淹れいれ過ぎたコーヒーの入ったマグカップ2つを同時に持ち上げる。


「……今度、3人でしようって……一樹が。」


(!!)


 綾乃の言葉に驚き、カップからコーヒーが溢れこぼれた。

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