第7話 蚊帳の外

 「あや……の……?」


 一樹は思わず愛する妻の名を口に出してしまっていた。(あってはならないことが起きた)とでもいうように、そのショックを隠しきれない。


 抱くという言葉の意味はシチュエーションや文脈によって変わる。そんなことはわかっているつもりの一樹だった。つまり、今目の前にある光景はのだ。


 そして、寝取られの文脈ではどうだろうか。


 一樹は、それぞれの行為の名称の周辺に付随する心情、そしてその移ろいまでは想像が及んでいなかった。


 息遣い。

 声色。

 目線。

 目つき。

 肌の紅らみ。

 肢体それぞれの動き。


 そうしたことが表現してしまう、感情の機微。


 頭ではわかっていたが、寝取られが何たるかを心ではわかっていなかった。一樹は今それを思い知らされている。


 そんな一樹の脳裏に、息を呑む沈黙の後の光景がフラッシュバックする。

 まるで亮介から、

 

 「君たち夫婦さぁ、こんなところまでちゃんと想定できてた?」

 

 と問われたかのようなあの沈黙。流れからして亮介は綾乃を腕力で押さえつけにかかる、一樹はそう確信していた。


 ところが、だ。


 亮介が押さえつけたようには見えなかった。むしろ、スッという音が聞こえるかのような、意思が読み取れるような綾乃の動き。させられたのではない、したいから行動したのだ。


「……あやの……あやの……」


 声はかけてはいけないというルールの設定はしていない。なんとなくダメな気がするから暗黙の了解として控えていただけだ。綾乃も亮介もきっとそうだろう。そんなことはどうでもいい。今の一樹には目に涙を浮かべながら譫言うわごとのようにその名をつぶやくことしかできなかった。

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