第47話 優しさの間違いと信じる難しさ。

クリスマスイルミネーションの中を二人で歩く。


冷えるから喫茶店にしようと言われたが、歩きたくて外にした。


歩きながら、カフェでホットのココアを持ち帰りにして二人で歩く。


ココアはストレスにいいという理由でトールが買ったが、本人は何も飲んでいなかった。


冷たい夜風に、ココアの温かさが身に染みる。


夜の街には、カップルがいっぱいだった。




「トールは、前からお父さんが違うって知ってたの?」


「はい。子供の頃、関係がバレて祖母が出ていく騒ぎになりましたから」



子どものトールが記憶してるってことは、けっこう年月が経ってからバレたということだ。


じゃあ、絶対にムリヤリされてるって線はやっぱり無い。



(真一さんに踊らされたってわけか)



「顔合わせの日のこと、ちゃんと教えてもらっていいですか?」



トールに聞かれて、ココアを飲む。


カップの中のココアは、いつの間にか空になっていた。



(もう、秘密にするのは、やめよう)



決意して、トールを見つめる。



「最初は、真一さんにトールの父親がお爺さんって言われた」


「そのあと、こっちがユーキだってバレてて、なんか、二人と関係持ってるのもバレてて」


「バレ……そんなこと言われたんですか?」



情報が処理しきれないらしく、トールは腹立たしそうな顔をした。



「それはナツが怒ってたから、大丈夫だよ」



自分にとっては、性行為のことを指摘されるのは、怒りというより、恥ずかしかった。


恥ずかしいことではないはずなのに、会社でバレた時と同じ感覚で、勝手に何かを探られるような不快感。


でも、言葉にすることが難しい。


付き合ったことが初めてじゃなければ耐えられるのだろうか。それすら分からなかった。



「なんか真一さんは全部、霊感みたいなのでわかるんだって」


「霊感?」



初めて聞いたという顔をする。


敵に弱みや強みは見せないはずだから、真一さんの敵であるトールは何も聞かされていないのだろう。



「あと、トールのお母さんが酷い目にあってるから助けてほしいって言われて」


「助けたら関係のことはばらさないって言われた」


「脅しじゃないですか!!!!」



大きな声にビクッとしてトールを見上げると、怒っていた。


怒ることなんだと思う。



(なんか、感情が鈍くて、よく分からない)



脅しと言えば脅しだけど、あの頃の自分は、母親を助けたいと思う気持ちのほうが大きかったような。


結局、それも嘘だったみたいだけど。



(人の親切心を利用した言葉にまんまと利用されたってことだ)



漠然と、すごく辛い気持ちになってきた。


でも、その辛さの理由がよく分からない。



「でも、結局、騙されたんだと思う」


「言ってくれたら」



トールの言葉に言えたら良かったと思う。


だけど傷つけることが怖かった。



「でも、言ったら、もし父親が違うことをトールが知らなかったら傷つくじゃん」



視界が緩んで、涙が落ちる。


でも、何の意味もなかった。全部無駄だった。


踊らされて、ただのバカみたいだ。



「だから言わなかったんですね」



なだめるように抱きしめられる。





空になったカップが、手から落ちた。



(……あ)



拾おうとして、身をかがめた時。


ふと、自分の内面に気付いてしまった。



(ああ、わかった)



理解してしまった。辛さの原因に。



(トールが自分に言ってほしかったという理由にも)



「ごめん。何も知らなかったの、自分が知ろうとしなかったせいだ」



なんとなくトールは父親が違うことに気付いているのではと思ってはいた。


それならそれとなく聞き出せばよかったのだ。


しなかったのは、トールではない人間の言葉を安易に信じたから。


自分の手で傷つけることが怖くて、自分の楽を優先して信じてしまったから。



「それなのに、他人の言葉を信じて踊らされて、迷惑をかけてる」



自分を利用しようとしている人間の言葉なのに。


自分に聞かずに他人を信じる。それは多分、トールにとっては裏切りだ。


聞かなかったことで、無意識に傷つけていた。



彼は、腰を下ろして、下からこちらを見上げる。



「迷惑なんて思ってませんよ」


「だけど、もう子供ではないし、私を信じて頼ってください」



声は優しくて、滲んだ視線の先にある顔も優しくて。


手を広げられて、涙が溢れた。



「ごめん……最初から、信じてるよ」



言いながら、抱きつく。


その言葉は本当なのに、できなかった人間の言い訳だと、頭のどこかで自嘲していた。


自分が悪いはずなのに、優しくされると涙が溢れるのはなぜなんだろう。


だから嫌なんだ。この身体は気分の落ち込みが激しい。


傷つけたくも、困らせたくもなかったのに。



(もう、二度と期待を裏切りたくはない)



だから、信じてほしかった。













タクシーで家に帰る。


泣いていたら、うまく立てなくなってきたので丁度よかった。


後部座席で、トールの膝で寝かされる。



「ユーキ君。もう母親には会わないでください」


「でも、もしかしたら、理由があるのかも」


「ユーキ君は善意で考える人ですが、世の中はそうじゃない人が多いんですよ」



そうなのだろうか。


自分で始めたことだから、自分でけりをつけたいという気持ちがある。


でも勝手に動いて足を引っ張るくらいなら、何もしない方がいいかもしれない。



「あと、明日は仕事は休んでください。ちょっとギリギリな感じに見えます」



あんまり考えたくはないから仕事したいけど……。



「わかった」



答えながら目を閉じる。


タクシーが暖かくて、眠気が心地よかった。


なんか、自業自得だけど、すごく疲れたな、と思いながら意識を手放した。












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