第48話 壊れたのは、愛の証明。
その日の夜、目を覚ます。
(あれ、帰ってきて疲れて寝てた)
(シャワーと歯磨きしないと)
一人だったら別にそのまま寝てたけど、今はそれが気分的にできなかった。
着替えを持って風呂場に歩いて行くと、家が静まり返っていた。
(コンビニでも行ってるのかな)
時計を見ると、夜の十時だった。
あれだけ色々あっても、まだこんな時間なんだと思う。
だるい身体を動かして、シャワーと歯磨きを終わらせて、髪を乾かす。
玄関が開く音が聞こえた。
「おかえり~」
玄関に見に行くと、二人が帰ってきていた。
「あ、起きたんだ」
「ユーキ君、大丈夫です?」
「ぜんぜん問題ないよ」
2人は微妙な顔をしながら、室内に入る。
ナツが椅子に座って手招きしたので、その上に座った。
「イチャイチャしたい?」
「……したいかも」
相手を好きだなと思っている時は、他のことを考えなくて済む。
性欲か、愛か、それとも他の何かか。
恋愛を逃げ場にするのは良くないとは思うのに、どうも上手くいかないなと思う。
好きって感情がすごく増えてる気がするから、好きなんだってことかもしれないけど。
「やっぱ弱ってるわ」
「でも食べてないから、しないほうがいいですよね」
ナツとトールが話している様子をぼんやりと見る。
(そうかな。自分では二人が好きだから触りたいだけなんだけど)
でも、傍から見た自分はやっぱりおかしいのかもしれない。
「私、ちょっとシャワー浴びてくるので、間よろしくお願いします」
トールがそういいながら風呂場に消えていく。
今日のナツはトールが消えてもふざけることはなかった。
「ナツって今日はお風呂入ってないんだね」
「嗅いでんの? 忙しかったから仕方ないじゃん」
珍しく照れた顔をしてナツが嫌そうな顔をした。
「別に臭くないよ。覚えておきたい」
「動物かよ」
苦笑しながらナツはおでこにキスをする。
だけど次の瞬間には真剣な顔に変わって、少しだけ嫌な予感がした。
「今さぁ、持崎部長のお母さんに会いに行ったよ」
胸がざわつく。
「……そうなんだ」
「今日の話を話して、出て行ってもらうように話した。だからもう大丈夫だよ」
少しだけホッとする。
「ナツも今日の話、聞いたんだ」
「うん。で、持崎部長が殺しそうな勢いだから家まで付いて行った」
「真一さんの嘘は知らなかったみたいだけど、嘘をついたことは悪かったと言ってたよ」
「やっぱり嘘だったんだ」
「近いうち出て行って、出ていったらここのポストにカギ入れとくって」
「そっか……ありがとう」
同情できる理由があれば、まだいいと思ったけど、なさそうだ。
自分が嘘つきに簡単に騙されてしまっただけの話ではあるけど。
「ユーキが傷つくのが嫌で決断できなかったけど、もっと早くに行動しておけば良かったね。ごめん」
「ナツが謝ることじゃないよ。本当は自分で処理する問題だったし」
巻き込んだのは自分だ。二人は何も悪くない。
「そういえばプレゼントがあるんだよ」
ナツがズボンのポケットに手を入れて、何かを取り出す。
「手を出して」
言われて手を出すと、上に長さ五センチくらいの薄ピンクの筒のようなものを置かれた。
オシャレにも見えるけど、短いハンコのようにも見える。
「なにこれ」
「笛。なんかあったら危ないから。指輪と一緒につけといて」
「ありがと。でも必要かなぁ」
「この前も兄が来たばっかりなんだから、念のためにね」
確かに用心は必要か。
その場でネックレスを外して、笛をつける。
「笛に見えなくてかわいいね」
「だな。やっぱかわいくないとつける気なくなるしね」
どのくらい音が鳴るかは分からないけど、防犯ブザーより軽くて使いやすそうだ。
風呂場からドライヤーの音が止んだ。
トールが風呂から出てきて、こちらに歩いてきた。
「出たので、ユーキ君。寝ますよ」
「まだ眠くない」
「眠くなくても寝ましょうね」
「じゃ、ちょっとこっちも風呂に入るから」
はいはい、降りてと言われてナツの上から立ち上がる。
降りてと言われたら仕方ないけど、ちょっと寂しい。
(……なんだろう。やっぱちょっと自分おかしいな)
トールに連れられてベッドに行く。
気持ちがちょっと整理しにくいけど、好きな気持ちが同じくらいだから、なんとかなる。
あっちと話している時はあっち、こっちと話している時はこっちなんて都合のいい。
だけど、こうなってしまって優しさに溺れたら、もう引き返せない。
そこが地獄でも、天国でも、平然と生きる強さを身につけなければ。
メンタルが弱ってると二人は思っているけど、確実に好きな気持ちが大きくなっているのだと気付いていた。
好きだから苦しい。好きだから傷つく。
それを理解した分、触りたくなって好きになってる気がする。
「今日はそういうことはしないので、抱き合って寝ましょうか」
「うん」
ベッドに入り、二人で寝る。
どうせ映画を見たって、余計なことを考えて内容なんて入ってこないから寝るしかない。
だけど、少しだけ話を話をしたかった。
「トールは、子どもの頃、お父さん違ったって知って、大丈夫だった?」
聞きにくいけど、聞かなければいけないと思って聞く。
たぶん、聞きにくいことを聞かないっていうのは優しさじゃない気がした。
自分だって言われたら聞けばいいと思うことなんていくらでもあるのに、相手に甘えすぎていた。
「最初から自分が異分子だと思うと、自制することを覚えて辛くなくなりますよ」
なんでもないことのようにトールは言った。
こちらを見る端正な顔は、少しだけ微笑んでいて、余裕さえ感じられる。
大丈夫なことも、辛くないことも、あるはずないのに。
「トールが要望を断るのが苦手なところとか、拒否されるのを怖がるのって、そのせい?」
「拒否が怖いのはユーキ君だけですけどね」
ふふ、と笑う。
「要望は、そうですね。受け入れた方が円滑だったというか。もうやめてるので忘れました」
この人は優しすぎるんだな、と思う。
それがいわゆる重いという感情に繋がるのなら、その重さごと、全部愛したいと思った。
(これから、少しずつ長い時間をかけて聞いていこう)
頬を、そっと撫でる。
「なんです?」
困ったように笑う顔に背伸びして。
自分から、トールにキスをした。
口を外した後に見た彼の顔は、少し照れていて、優しい。
「……キスだけですよ」
心配そうに揺れる色素の瞳が、きれいだなと思った。
その日のキスは、いつもの噛みつくようなものじゃなくて、優しくて。
だからまた、泣きそうになってしまった。
気持ちの防波堤が、愛しさで壊れている。
温かな闇の中、そんなことを考えていた。
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