第46話 真実に、嘘つきは弱者の顔をすることを知る。
次の日、疲れながら会社に行く。
もう開き直って三人で出社した。
やっぱり平日二人はきついなぁと思っていたが、気が晴れたので良しとする。
結局、知らなかっただけで、自分も欲の生き物なのかもしれない。
(でも、こうなる前も弱ってる時はトールにくっついてたらしいから、無意識に好きだったのか?)
(あんまり記憶がないし、身体が違う時のことなんてさらに記憶が薄いな)
昨日のも、今思えば醜態だし。
いきなりくっついてくる友達とか人によっては嫌だろうし、注意しないと。
会社では、噂を終わらせる為にトールとナツが上司に直談判しに行った。
自分はというと、来なくていいと言われたので行かなかった。
ペンとか、そういうものが無くなっている気がしたが、気にしないことにして仕事に専念する。
気にしたところで、仕方ない。
男が絡むと女は怖いと思うことがよくあるが、相手に向ける好意の分だけこちらに嫌がらせがくる可能性が高かった。
ユリちゃんの時の嫌がらせがそうだったように、歴史は繰り返されるものだ。
ユリちゃんとお昼を食べながら話す。
今日は割引クーポンが手に入ったので、ファーストフードだ。
「ユリちゃんって、クリスマスあたりとか予定ある?」
クリスマス会をしようかなと思い、聞いてみる。
「あ~不動産めぐりしてるから、それが上手くいけば引っ越しかも」
「こんな時期に引っ越すの?」
「最近、元カレが家の周りをウロウロしてるから怖くて」
「どの元カレ?」
「私のコレクションをパクったアイツですよ」
「あ~、佐倉って人。また付き合いたいのかな」
「そうみたい。絶対嫌だけど」
そりゃあ、あんなことになった相手とまた付き合いたくないよな。
ユリちゃんが刺されたらどうしよう。うちの部屋を使ってもいいけど、いま使えないしな。
「危ないから別にうちの部屋使ってもらいたいけど、今トールのお母さんが使ってるからな」
「えっ、相手のお母さんが部屋使ってんの? どういう状況?」
「なんか、深刻な状況だと思って呼んだら、浮気で喧嘩中なだけみたいな感じで」
「だる。あんまり知らない人に貸すなんて、あっちゃんも親切だね~」
「最初は深刻だと思ってたんだって。ユリちゃんの方が状況は深刻だから、ユリちゃんに使ってもらいたいよ」
「嫌なら出てってもらえば?」
「自分で呼んでおいてそれはなぁ。これからずっと付き合っていかなきゃいかないし」
「いろいろ気にしすぎだと思うけどな~」
「早めに出てってもらうけど、刺されそうならすぐ言って。どうにかするから」
「ありがと。そうならないことを願ってるけど」
2人でしんみりしながら、ハンバーガーを食べる。
ブブブ……
スマホにメッセージアプリの三人のグループメッセージに、トールから連絡が入った。
(今日の夜に、父親に会うことなった……?)
早い! いつも展開が早い!
了承の返事をする。
ナツからは、家に一回戻るから行かないと返事があった。
急遽、夜はトールの父親に会うことになった。
夜八時
待ち合わせに指定された場所は、高そうな個室がある和食の店だった。
記憶通りのトールの父親がそこにいた。
「はじめまして。トールの父です。この前はお会いできずに申し訳ありません」
「はじめまして上田愛夏です。トールさんとお付き合いさせていただいております」
促されて席に座る。
高級そうな御膳が目の前に並んだ。
食べて、と促されていただきますと言ったが、食事ができる気分ではなかった。
「話は聞いているよ。うちの家内が迷惑をかけているそうで」
「いえ。私が呼んで、来ていただいたので」
どう切り出せばいいんだろう。
率直に言ったほうが分かりやすいか。
「あの、図々しいことを聞いても良いでしょうか」
「もちろん。なんでも聞いて」
「夫婦喧嘩とお聞きしているのですが、仲直りは難しい感じですか」
「夫婦喧嘩? もう離婚することになっていてあいつがゴネてるだけだが」
……。
……え?
「夫婦喧嘩で家に居づらいと聞いていますが」
「いや、あいつが何度も浮気するから、いい加減愛想が尽きただけだよ」
「浮気は旦那さんじゃなくて?」
「好ましい人はいるが、別れてからじゃないと相手が責められるだろ」
まともな価値観。
じゃあ、騙されてたってことか?
「だから信じるなと言ったのに」
トールが眉間に皺をよせながら言った。
その言葉に、なぜか心臓がドクンと跳ねる。
「あの人は祖母が出ていった原因なんですよ。祖父は情があるみたいですが、自分の母親に言いたくはないけどクズです」
……トールは、父親が違うことを知ってる?
「えっ……と」
なんて言えばいいかわからず、下を向く。
「祖父に母が色仕掛けして、生まれたのが私です。父はそれでも分け隔てなく育ててくれました」
「でも、もうすぐ50だってのに、あいつは落ち着かないから、もう幸せな余生を暮らしたいなと思ったんだよ」
父親の言葉を聞きながら、事実を緩やかに理解していった。
予想はしていたけど、やっぱり知ってたんだ。
必死に悩んだり、隠したりする必要はなかった。
「……父親が違うことを、知ってたなんて」
ぽつりと言うと、トールがこちらを見て眉を顰める。
「え、ユ……愛夏こそ、知ってたんです?」
「真一さんに聞いて。でも、もしトールが知らなかったら、傷つくと思って言えなかった」
話すうちに、トールの表情が険しくなっていく。
どこかで、木が折れるような音が聞こえた。
「脅されたんですか?」
「……どうだろ。わからない」
トールの顔があまりに険しくて、問題が起きてもいけないと思って濁す。
この前のことを思うと、どうなるか分からなくて怖かった。
「トール。落ち着け。真一は昔から性格が悪いからな~」
父親に言われて、トールは折れた箸を置く。
「とりあえず、愛夏ちゃん。こっちは離婚するつもりだから」
「だからこそ前回は顔合わせに出られなかった。顔合わせると騒ぐからさ。ごめんね」
旦那が仕事で失敗云々は、ただの嘘だったみたいだ。
単純すぎた自分が恥ずかしい。
それと同時に、トールへの申し訳なさみたいなものが胸にあった。
母親は、なぜ自分に確認したらすぐわかるような嘘をついたのだろう。
結婚には反対で、嫌がらせをすれば結婚をやめると思ったのだろうか。
(真一さんと言ってることが違うから、共犯ではなさそうだけど。)
考えながら、父親に頭を下げる。
「わかりました。お母さんの方には、ちゃんと説明して出て行ってもらいます」
「こちらこそ迷惑かけて申し訳ない。さ、食事でもして気を楽にして」
父親に促され、あまり手を付けていない御膳に目を向ける。
(そんなこと言われても、食べられそうにもない。)
とはいえ、豪華な食事にはそれなりの手間と食材が使われている。
食べなかったら破棄されてしまうのはあまりに申し訳ない。
「ユ、あ、愛夏、無理して食べなくてもいいですから」
「でも、料理してくれた人に悪いから」
もそ、もそと食事をする。
食べている間、どうしても色々考えてしまい、胸が苦しかった。
一口ずつだったけど、半分程度は食べられたが、残りは無理だったのも辛い。
食事会は、そんな残念な気分で終わった。
父親は優しくて、別れる時まで気遣ってくれて、元気付けてくれた。
自分が一方の話を聞いたたけで行動して元気をなくしただけの話なのに。
それが情けなくて、申し訳なかった。
2人だけになった路上。
「ユーキ君。ちょっと話しましょうか」
心配そうにこちらを見つめる瞳を見上げて、小さく頷く。
北風が吹いていた。
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