第45話 決壊した心を愛で治して。
母親の家からトールの家に帰る。
ナツが食事を作っていた。
「ユーキ、お帰り!」
「ただいま」
ニコッと笑って見せる。
「大丈夫……じゃ、ないよね」
うまく笑えてなかったみたいだ。
相変わらず表情管理が上手くならない。
ナツは慌てて私を撫でる。
「あんな感じになると思ってなくてさ。でも気にしなくていいよ」
「うん。大丈夫だよ」
きっと、二人にとっては大したことがなくて、自分が弱いから傷つくんだ。
それに、噂だって二人がモテてたのが原因で一般的にはそんなに問題じゃないと思う。
「2人って会社でモテてたんだね」
「トールはそうだろなって思ってたけど、ナツもだと思わなかった」
なんとなく、言わなくてもいいことを言ってしまう。
「あ~……ま、喰おうと思えば食える程度には、ね」
「でも、それすると元カレ達と同じになるから、興味はないよ」
気まずそうに答える顔を見ながら、やっぱり聞かなきゃ良かったと思う。
聞いた理由は、たぶん、自分の弱さだ。
「変なこと聞いてごめんね」
謝ると、ナツは少しだけ寂し気に笑った。
「持崎部長遅くなりそうだから、先にごはん食べようか」
そう言いながら、食事を出してくれる。作ってくれたのは、豚汁だった。
「元気なくても豚汁くらいなら食べられると思ってさ」
豚汁は温かくて、美味しい。
「焼き魚とかは無理っぽい?」
「美味しい。これだけで大丈夫」
「なんでこの身体がこんな細かったか、よくわかったわ」
隣に座りながら、ナツが自分の身体を見ながら言う。
心に負担がかかると、なんとなく食べなくなるんだよな。
「ナツは食欲なくなることない?」
「ないかな。病気の時ほど食べてる気がする」
元気だなぁ。ナツは。
でも、このままじゃ心配かけちゃうし、なんかこう、元気出さないと。
なんとなく食器を置いて、ナツの上にのっかる。
スマホを見ていたので、スマホを見る腕と身体の間に入った。
(人の体温。安心するかも)
「えっ、なに? 甘えんぼモードみたいなのあんの? いいけどさ」
ナツが照れながら抱きしめてくれる。
玄関からガチャ、と音が聞こえた。
「ただいま」
トールの声だった。
ナツの上で玄関の方を見ていると、トールがリビングに入ってきた。
「珍しいでしょ。甘えんぼモードっぽい」
「ユーキ君が弱ってる!!!」
ナツが自慢すると同時に、トールが叫んだ。
「え?」
「ユーキ君は弱ると人恋しくなって触ろうかなってなるんですよ」
「そういえば、前、新宿の喫茶店でも弱ってた時におっぱい触る? って聞いたら触ったな」
言われて思い出そうとしたが、記憶がぼんやりしていた。
「そんなことしたっけ」
「してますよ。本当にギリギリな時は記憶が薄くなりますね」
呆れ気味にトールが言った。
よく覚えてないけど、二人が言うってことは本当のことなんだろうな。
「まぁ可愛いからいいや」
「いや、本当に元の身体の時も可愛かったんですよ! こういう時」
「え、どんなことしてたの?」
デレデレするトールに、ナツは微妙な顔をしながら聞く。
そりゃあ今は自分の身体だから気になるだろう。
「いやぁ、その時は背中合わせで本を読むとか、膝で寝かせるとかですけど……」
確かにそういう記憶はある。
そんなにまずいことをした記憶はないんだけど、記憶が薄いから何とも言えない。
「本を読むって、へたれかよ」
「いや、下手なことして逃げられたら困るじゃないですか」
「こんなに押したらやれそうなのに」
ちょっと昔を思い出して切なくなってたのに、秒でその気分がとんだ。
ナツの上からどいて、トールの方に行く。
「あ、ごめん! 悪かったって」
「はい、いらっしゃい」
トールが抱きかかえて、そのまま腰を下ろした。
仕事終わりのトールは、いつもより男っぽいにおいがする。
「ユーキ君。よく聞いてくださいね」
身体の上に乗せたまま、トールはゆっくりと話す。
「赤の他人が言うことは、納得したとしても事実ではないんですよ」
考えていたことを当てられたような気分になった。
やっぱり、大したことない女が手玉に取っていると噂になっているんだろう。
「私も上田さんも、あなたをわざわざ選んでいるという事実は、本当ですよね」
まっすぐに見つめられながら、頷く。
自分は断ったはずだった。でも、結果的にこうなってしまった。
二人も自分を選んで、自分も男の未来を捨てて二人を選んだ。それが本当だ。
「他人より、私達を信じてください。別に恥ずべきことは何もしてないんですから」
「そーそー。他人なんて今日のニュースにだって無責任に文句言ってるよ」
確かに、そうだと思う。
無責任な人たちの言葉で、大事な人に気を遣わせてるのは、すごく滑稽だ。
他人に感情を振り回されない強さを手に入れるべきだ。
でも、それには確信が足りなすぎた。
「2人は、独り占めもできない状況で、本当にいいの?」
2人の顔を交互に見ながら問う。
考えていることを話したら、気持ちが決壊しそうで、涙が溢れそうだった。
「選べる状況でさ、損させてる気がする。だからって嫌なことは嫌だから合わせられないし」
「相手がひとりだったら応援されることも、笑われたりする」
ボロ、と目から涙が零れ落ちる。
言葉にならなかった。
初めてだったんだ。人を好きだと自覚したのも、こうなったのも。
なのに、1人で満足させられるものが、0.5しか与えられない。
でも、頑張っても、悩んでも、越えられない壁が、どうしても現実にある。
だけど、捨てられない欲深さが自分にはあって、甘えている。
「幸せにしたいのに、幸せにできる自信が、ない」
震えながら、口に出した言葉が、自分にとっての真実だった。
トールは、ボロボロと泣く身体を抱きしめる。
「別に、幸せにしてもらおうなんて思ってませんし、もう幸せです」
「それに私は、ユーキ君が嫌ならあの会社を辞めてもいいんですよ。そのくらい大切なんです」
「一緒にいることしか、願ったことがないんです。だからそれ以外は大した問題じゃない」
……そういえば、あの日居酒屋で聞いたことは、それだけだった。
「ユーキ。俺の方にも来て」
ナツが手を広げたので、顔を上げてトールを見る。
少し笑って手を緩めたので、そういうことだと思い、ナツの方に行く。
涙を服で拭きながら、ナツの腕の中に納まった。
「なんか勘違いしてるけど、ユーキが俺たちのために、色々自分のことを犠牲にしたって俺たちは知ってるよ」
「ユーキが普通にできていることが、普通の人ができないことだったりする。だからこそ共有してるんだ」
「他人の幸せの尺度で自分の幸せを測るのは馬鹿げてると思うだろ? 俺らは幸せなんだから」
こちらを見つめて微笑む顔に、また泣きそうになる。
「うん。そう思う」
2人のプロポーズは、どちらも一緒にいてほしいだった。
そしてそれは自分も同じで、誰がどう笑っても嘲っても変わらない事実だ。
(強くなろう。二人がそう思えるように、自分も強くなりたい)
きっと、幸せというのはお互いが幸せにしたいと思うから成り立つもので、たぶん、それを実現してくれる人は多くない。
「2人と付き合えてよかった」
涙を拭きながら言うと、ナツにそっとキスされて、恥ずかしくて笑う。
「ユーキ君。一緒にお風呂に入りましょうか」
「あ……うん」
恥ずかしいけど、やっぱり人肌恋しい気分みたいだ。
前まで、あんまりこういうことは良くないと思ってたけど、別にいいのだと思えた。
「あっ、俺も入る」
「ナツは入ったんじゃない? 匂いしないし」
「えっ、私は匂いしてるんですか?!」
「別にくさくないよ。人間なんだからするだろ。匂いくらい」
立ち上がってお風呂に入る準備をする。
「そういえば二人ともご飯食べてなくない?」
「いや、別に一回終わってから食べたらいいんで」
「二人でイチャイチャするのを聞いてるのはしんどいから、後でいいよ!」
騒ぎながら全員でお風呂に入る。
なんか、もうめちゃくちゃだなとか色々思ったけど、もういいと思った。
今が幸せで、未来につなげられるように頑張れば、それでいい。そう生きていこうと思えた。
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